6.君といつまでも

「調子良さそうだな」

「そう見える?」

「見える見える。心配な事はまぁあるけど、大体は大丈夫みたいな前向きな顔してるぜ」

「そ、そうかな……」


 云われて照れくささに頬をかく。

 相変わらず自分でも貴族としてどうかと思うが、色々な感情が顔に出ているらしい。

 つい自分の頬を抓っていると、ランヴァルトの心情を見抜いたアルヴィドが軽く笑った。


「善かったよ、上手く行ってさ」

「うん。……ありがとう、心配してくれて」

「ダチの心配をする甲斐性くらいはあるからな」


 エルヴィーラと前庭でお互いの胸のうちを明かしてから、一週間が経っている。

 その間もエルヴィーラは間を開ける事なくグランフェルト邸を訪れ、ランヴァルトと穏やかな時間を過ごしてくれていた。夕食を共にするだけでなく、早めの時間に来て庭を散策したり、楽団や旅芸人を呼び寄せて共に楽しんだり、世間知らずのランヴァルトでさえ知っている高名な学者を招いて勉強会をしてくれたり。

 以前であれば緊張ばかりしていただろうランヴァルトも、エルヴィーラが与えてくれる様々な物事を心から楽しむ余裕が出来ていた。


「急にごめんね。アルヴィドには、ちゃんと話しておきたくて……」

「いいって。丁度暇だったし」


 アルヴィドの言葉に苦笑する。

 栄えある近衛騎士が暇などあり得るものか。ランヴァルトが呼んだから、無理して来てくれたのだ。

 親友であり誰よりランヴァルトを心配してくれた幼馴染みに、事の顛末てんまつを話しておきたくてまたお茶会に招待したのだが。アルヴィドの都合に合わせると二日前に送った手紙に、「すぐ行く」と即日返事をくれた事には驚いた。

 こちらにも準備があるので一日間を開けたが、貴族が貴族を自邸へ招くには早すぎる。特に相手が近衛騎士だと考えれば、あり得ない速度だった。


「……隊長殿に何か云われた?」

「隊長には「ゴマってこい」って云われたよ。団長からは「失礼の無いように」って云われたけど」

「失礼の無いように……」

「今更だよなぁ」


 アルヴィドはケタケタ笑う。確かに今更だ。公爵と伯爵子息と云う間柄だが、二人にとってはそれ以前に幼馴染みの親友だ。失礼も何もない。公式の場では互いに弁えるが、私事プライベートとなればひたすらに気安い関係だ。

 前と同じく美しく整えられた中庭のガボゼの下で、ランヴァルトとアルヴィドはお茶を楽しんでいる。

 今回はアルヴィドからのリクエストで、焼き菓子とサンドウィッチが多めだ。特にサンドウィッチは肉類を挟んだ物を多く用意してある。

 ランヴァルトはプチケーキやスコーンを食べているが、アルヴィドは口を大きく開けてサンドウィッチを頬張っていた。昔からランヴァルトの前では貴族の作法をすっ飛ばしていたが、今日は以前よりさらに気楽に食べている。その方がランヴァルトも嬉しいので、何も云わないが。


(アルヴィドは僕と違って器用だから、よそではキチンとしてるだろうし)


 その辺はアルヴィドも抜かりない。「よそ様ではやめなよ」などと一々云う必要はなかった。


「噂流れてきてるけど、ベック夫人……じゃなかった。スサンナさん、有罪だって?」

「うん……」


 ズバッと会話を進めたのは、やはりアルヴィドだ。話しが早い。


「ベック男爵が相当お怒りで……強制労働施設行きは免れたけど、北方修道院行きだって」

「あー、あそこ。入るくらいなら死んだ方がマシってご令嬢たちには云われてるけど」

「うん……。でもベック男爵が、貴族女性には厳しい環境だけど、死ぬような場所じゃないって」


 ランヴァルトは裁判に立ち会う事こそなかったが――冷たいようだが、結局は他人だ。公爵の立場を使えば出来ただろうが、余計な噂をばらまくと周囲から止められた――判決後、ベック男爵夫妻が訪ねてきてくれたのだ。

 迷惑をかけたと深々詫びを入れられ、ランヴァルトの方が恐縮してしまった。むしろ話しをややこしくしてしまったのは自分だと思っていたのだから。

 一緒にいたエルヴィーラから「貴方が謝るのはよくありません。男爵側が困ります」と助言されたので、謝罪こそ出来なかったが。自分が出来る最大限のもてなしを男爵夫妻にはしたつもりだ。

 昼食を共にした時に、話題はやはりスサンナやモニカの事になってしまった。その中でスサンナが行く北方修道院の事も教えて貰っている。


「【聖地】監督の修道院だから、清貧に徹してる所なんだって。ドレスとか宝飾品は当然ダメで、食事も慎ましいものだけど、……死んで欲しい人を入れる場所じゃないって、云ってた」

「それもそうか。死んで欲しけりゃ【魔の森】や【穴】近くの修道施設へ送るよな。そこまで非道になれなかったか、ベック男爵も」

「モニカの事もあるから……あまり酷い事をすると、彼女の心身に障るだろう、って」


 エルヴィーラから貴族にしては情が深く、モニカを可愛がっていると聞いていたが、本当にそうだった。

 スサンナに対しては憤怒と云う言葉がピッタリ当てはまる程怒っていたが、モニカの事は大変心配していた。彼女の面倒を見ていたランヴァルトと療養環境を整えてくれたエルヴィーラへの感謝は深く、「そこまで……」とこちらが驚いたくらいだった。

 モニカに会わせた時も、まずは体調の心配と前より肉付きが善いと涙ぐんで喜んでいた。そこに亡き兄への親愛と姪への愛情を、ランヴァルトは確かに感じたのだ。

 スサンナへの怒りは、兄の遺産へ手をつけた事もあっただろうが、姪を連れ出した事も含まれていたのだろう。

 ランヴァルトがエルヴィーラに見初められなければ、モニカは将来路頭に迷って病を重くし、最悪死亡していた可能性が高かったのだから。


「モニカ嬢は? 元気にしてるって事はないだろうけど」

「うん……。スサンナさんの事は気に病んでたけど、自分にも怒ってると思ってたベック男爵が以前と変わってなかったから、だいぶ安心したみたいだった」


 モニカが叔父のベック男爵について語らなかったのは、母親についていった自分の事も怒っているだろうと思っていたからだそうだ。

 自分には優しい叔父であったが、母と仲が悪かった事はモニカも察していた。それでも大好きな母と別れがたかったモニカは、叔父の愛情に後ろ足で砂をかけて男爵家を出てしまった、と気に病んでいたらしい。こんな薄情な姪を叔父は許さないだろう、と。

 その叔父が少しの怒りもなく、ただモニカを心配して泣いてくれた事に、彼女は随分ずいぶんと救われたようだった。

 今のベック夫人は少し怒っていたものの、やはりモニカが置かれた環境を思えば責められないと苦笑していた。


「顔色もだいぶ善くなったよ。前みたいに……取り乱したりしなくなったし」

「……ま、モニカも追い詰められてたって事か」


 久々にモニカを呼び捨てにして、アルヴィドは半眼になると鼻で笑った。


「母親の愛情も間違えば我が子を傷付けるってな」

「アルヴィド?」

「スサンナが本当にモニカを想ってるなら、自分はさっさと修道院に入ってベック現男爵に全て任せるべきだったんだよ。それを余計な事して引っかき回して、モニカを追い詰めた。愛情深い母親? 笑わせるね。俺からすれば、ただの強欲ババアだよ」

「アルヴィド」

「大方、モニカをお前の嫁にして、公爵の義母に収まろうとしてたんだろ? 莫迦な事考えやがって、呆れるね。それでお前に散々迷惑かけて、果てはエルヴィーラ嬢に横っ面ぶっ叩かれて犯罪者の仲間入りだ。まぁこっちにはもう戻って来れないだろうから、俺は清々するけどな」

「アルヴィド!」

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