第4話 期限は二日
三人を並んで立たせる。
「日本は今戦争ができる国へ舵を切ろうとしている。今まではアメリカが守ってくれたがこれからは自分の身は自分で守らなければという判断だろう。しかし安倍首相は重要なことを見落としていた。それは最新鋭の武器をこれからも買い続けていけるかどうかだ。君たちはこの世界にいるから日本の工業界がどれだけの力を持っているか知っているはずだ。二三十年前にはトップだった分野が軒並み後進国に追いつかれ抜かれようとしている。ワシらとて政府の想いには応えていきたいが商品の競争力が低下すれば輸出額は減る一方だ。知っての通り皇室では後胤の先細りを受けて有識者会議が行われた。彼らは男系の意味を考えずに継承方法を変えようとしている。本当に変えていいのか。変えるとどうなるのか。それは一般の国民にも当てはまることなのか。ワシが知りたいのは男系の意味だ。それも誰が言ったとか何に書いてあったかではなく理論だ。メカニズムだ。急ぐから三日で」
話が途切れた。社長にしてはかなり珍しいことだ。左の拳の上に右手を重ねて並んだ親指に額を付けた。
軽く左右に頭を振りながら顔を上げる。
「いや二日でやってくれ。明後日の九時にまたここへ来て報告をするように。何か質問はあるか」
「はい、社長」
羽黒が手を挙げる「メカニズムというのは科学的な考察が必要ということでしょうか」
「あれば申し分ないが理屈として通っていればいい。というより小学生でも理解できるまとめをすること」
「社長。それでは出所の不明な論文の引用でも問題ないと考えてよろしいですね」
「君が考えた理論ならそういうことになるだろう。問題ないから思う通りにやってくれ」
「分かりました社長」
さすがは羽黒だ。この男が一緒にいてくれれば答が出せるような気がする。
「詳しいことはそこにいる鬼谷に聞くように」
「はい」
これで社長の話が終わりかと思ったが突然後方の入り口あたりで騒ぎが発生した。
「お待ち下さい。勝手に入られては」
小村の哀願するような声に混じって力強い足音が横を通り過ぎてゆく。社長の横に今にも噛みつきそうな形相で立つ。顔は知らないが素行が悪いと言われている次女の江留に違いない。
「結構だ。君は下がっていなさい」
社長はこちらに手の平を向ける。
「申し訳ありません」
こちらからは見えなかったが何度かお辞儀をしていたのだろう、小刻みに服の擦れる音がしてドアが締まった。
「泣いてた奴がいたぜ。自分で呼び出しておいてひどいことを言ったんだろ」
鼻にかかった低い声は顔を見ていなければまるで男だ。
「メールをしっかり読まなかっただけだ。それより何をしに来た」
「メールを返信した者は呼ばれたと聞いたから来ただけさ。なんでオレはメールを返したのに呼び出しがかからないんだ。家に帰ってからゆっくり聞いてくれるとでも言うんか」
食ってかかるような江留を無視して社長は鬼谷に向き直る。
「そっちはもう始めてくれればいい」
当然のことかもしれないが社長の身内も一枚板ではなさそうだ。今の様子だと次女は社長の行動に批判的らしい。
とは言っても次女が我々に直接干渉してくるとも思えないので鬼谷の指示を待つ間に頭の中で社長の言ったことを反芻した。メカニズムを求めた気持ちは分かる。判断の材料にするための明確な結論が欲しいのだ。分からないのは決断の早い社長を悩ませた一日の差だ。
「こっちへ来てくれ」
エレベーターで降りると鬼谷が先に立って歩きだして第一応接室に入った。社長専用のこの部屋に入ったのは初めてだがレースの掛かったガラス板のテーブルとソファがあるだけの簡素な部屋だった。それらが小さく見えたのは部屋自体が大きいからだ。事によってはそのスペースに多くの者が立たされるのだろう。
社長室と同じ色の壁には70型以上ありそうなディスプレイが埋め込まれている。テーブルの周りに並ばされた。
「急に呼ばれて面食らっただろう」
社長を前にした時とは別人だ。それを待ちかねたように羽黒が身を乗り出す。
「鬼谷次長、話が急すぎませんか。一日頂けたら業務の移管ができましたのに」
「社長がすぐにとおっしゃったのだ。我々ではどうにもならない」
「別の機会に参加というわけにはいきませんか」
「帰らされた者たちと同じ扱いでよければ」
「どうなるのですか」
これは自分も聞きたかった。
「本人にその自覚がなくとも社長の貴重な時間を無駄にしたのだ。良くて賞与の減額、悪ければ人事等級の引き下げということになる。人事としては不本意だが何らかの処分は必要だ」
大水に言ったことが本当だと分かりホッとした。
「やはりそうなりますか」
「降りるか」
「いえ」
即答した「鬼谷次長、それより二日って言ってましたよね。そんな短い時間で調べられるとは思いませんが次長はなぜ落ち着いていられるんですか。何か策でもあるんですか」
「結論から言ってしまえば本気で男系の意味を解き明かす必要はない」
何を言い出すのだ。自分は本気で解き明かすつもりで来た。余計なことは言わないで欲しい。
「次長、説明をお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます