21 家族と愛

 日差しは相変わらず強かったが、少し強い風が心地よかった。


「来るなら言ってよ」


 父親が煙草に火をつける。

 彼は煙草の箱を差し出してきたが、ナギは断った。


「ママが旅行に行きたいっていうから、海のある方へ行こうとしたんだ」


「弾丸旅行ね」


「そしたら、ナギのところに行きたいって言い出した」


「そこ。そこであたしに連絡すべきなんだよね」


「オレたち、電子機器に疎くてなぁ」


「まだどっちも若いだろーが」


 父親の肩を小突いた。

 その肩はナギよりも高い位置にあった。

 自分の高身長は父親の遺伝だった。


「あの人にはいつも困ったわ」


「ママか?」


「いつも抱きついてくる。もう子どもじゃないっつーのにさ」


「はは。愛しのわが子だからなぁ」


 ナギは煙草を吸いたくなったが、グッとこらえた。

 父親の前ではもう煙草を吸わない、と決めたのだから。


「でも、よかったぞ。元気そうで」


「……うん、まあ……」


 昔のことを思い出しかけて、ナギは頭を振った。

 まだ昔に浸るのは早いし、傷が癒えたわけでもない。

 過去の自分と正面から立ち向かうには、時間が必要だ。


「ありがと、とーちゃん」


「何がだ」


「あたしを大学に行かせてくれて」


 父親は深く息を吐き出し、静かに頷いた。


「お前が行きたいと言ったんだ。それを送り出してこその親だろ」


「……あたし、とーちゃんみたいな人と結婚したい」


「恋敵はママだぞ」


「そりゃあ、大変だね」


 ナギは笑って答えた。

 父親が煙草を吸い終わり、部屋の中に戻った。


「ねーえ、ヒダリちゃん。一緒にお風呂入ろ?」


「もちろん、いいですよ……」


「はぁぁぁぁ…………」


 ヒダリと母親はまだ抱き合っていた。

 ヒダリは母親の背中に手を回していた。

 もう手遅れか、とナギは思った。

 

「ママ、そろそろ行こう。ホテルのチェックインに間に合わないよ」

 

 時計を見て父親が言うと、「えーっ」と母親は名残惜しそうにヒダリの顔をなでた。


「この子を持って帰らないと……もう御船家なんだし」


「まだ言ってるよ……」


 この母親と血が繋がっていることを、いまだ納得できないナギ。


「まあまあ。じゃあ、元気でな、ナギ。ヒダリさんも、よろしく」


 父親に引っ張られていく母親。

 「またね、絶対にね」と残し、ふたりは玄関を出ていった。


「…………はぁ」


 ナギは重いため息をついた。

 本当に重いため息だった。


「疲れた……」


 嵐はやはり大変な災害だ。

 嵐が去っても、ヒダリは正座のまま動かなかった。

 その口が開いたのは、ナギが煙草に火をつけようとした時だった。


「あったかいね、ナギの家族」


 ぽつりとそう言ったヒダリ。

 その顔は、とても寂しげなものだった。


「……そうかしら」


 ナギはそれを見てしまったが、見ていないふりをした。


「ただ暑いだけよ」


「いいね、家族って」


 ナギは煙草に火を付けた。

 知らない方がいいことだってある——そう、思っている。


「また会わせてね、ナギ姉ちゃん」


「まだ言ってるよ……」



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女子大学生ふたりはどうやら違うことを考えているようです。 ようひ @youhi0924

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