15 噂と人狼

 講義室に入るや否や、アサイが飛んできた。


「御船さん御船さん」


「いやよ」


「まだ何も言ってませんね?」


「おーっす」


「北野さん北野さん」


「いやだ」


「だからまだ何も?」


 ミナミと合流し、3人で席につく。

 アサイは何かを話したくてうずうずとしていた。

 またいつもの噂話だろう、とナギはため息をつく。


「あのですね、その、噂がありましてですね」


「でたぁ。だからオレたちは違うって」


「それじゃあないんですよ。今度は——『幽霊美女』の件!」


 メガネをクイッとあげるアサイ。

 レンズが光輝くアレである。


「幽霊美女?」


 ミナミが喰い付いてしまった。

 字面だけ見れば、気になる内容ではある。


「この大学の学生らしいんですが、全く学校に来てない人なんですって」


「それが、美女なのか?」


「はい。1000人いたら999人は二度見するぐらいの」


「この手の表現、残りのひとりが気になるよな」


「無回答、みたいなものでしょ」


「いったい何を見てたんだろうな」


 ナギたちの冗談にも、アサイは動じない。


「ずっと前からいるらしいですよ。3年くらい前から」


「そんなのが、なんで今ごろ噂に?」


「最近よく出るらしいんですよ。だから幽霊なんです」


 へえ、とナギは話を半分聞き流していた。


「つか、お前、ぼっちなのに噂には詳しいのな」


「それは……極秘の情報網がありましてですね……」


「どーせ、ネットの情報だろ?」


「う……掲示板は使えるのですよ!」


 この時代に掲示板なんてまだ生きてるのか、とナギは思う。


「そいや、ぎなっち」


「なに?」


「ヒダリさん、きれいだったよな」


「……あいつが幽霊とでも言うの?」


「幽霊かどうかはともかく、美女ではあった」


 認めるのも癪だが、ナギは小さくうなずいた。

 そういえば、ヒダリと学内で会ったことは1度だけしかなかった。

 彼女の手荷物はいつも少なく、文庫本一冊と定期券のみ。教科書の類は持っていない。そもそもカバンすら持っていないのだ。学校に行く姿も見たことがない。


「でも、3年前から入るんでしょ? あいつとは最近会ったばかりよ」


「ヒダリさんに似ている人がいるのかもしれないな」


「うーん……」


 ヒダリの顔が思い浮かぶ。確かに幽霊は白く、佐野ヒダリも白い。

 しかし、幽霊はあんなにも自由に、楽しそうに生きるだろうか?


「……訊いてみるか」


「誰に?」


「そのユーレイとやらに」


「ぎなっち……もしかして、霊媒師か?」


「違います」


「つ、吊った方がいいですよ、ミナミさん!」


「アサイ……さてはお前、人狼側だろ」


「マヌケは見つかったようね」


「え、えぇ〜〜信じてくださいよぉ〜〜」


 大学生の会話は、幽霊のように実体がない。


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