第4話「二人」


 ◆


 ――人と向き合え。


 それは、今までに言われたことのない言葉だった。


 ワタシの力は、「紆余曲折」。

 目に映るモノを歪めて反らして、壊す力。


 力を制御できず、辺りのモノを無差別に壊してきたワタシに、向き合ってくれる人なんて存在しなかった。


 「こっち見るな」と言われたことも少なくない。

 力に巻き込まれることを恐れたからだろう。

 それは彼等が自分を守るために必要なことで、間違ったことだとは思わない。


 だから、ワタシも彼等を見ないことにした。

 巻き込んで、命を脅かすくらいなら相互不干渉がいい。


 幸い早いうちにこの学校に拾われたおかげで、引きこもり生活を送れている。

 先生たちも無理に連れ出しには来ない、巻き込まれるのが怖いから。


 ルームメイトもいない。誰も、来ない。


 あの部屋は聖域だ。

 ワタシ、だけの。


 だったのに……つい、昨日。


 あの男子……ススムが来て、全部が壊れてしまう。


 彼に頼まれて案内をしようにも、ワタシ自身この学校には詳しくない。

 だから、向こうから見捨ててくれるように「疲れた」なんて嘘をついた。


 ベンチに突っ伏して、目を伏せて。


 ――何かを歪ませないように、視界を閉じる。


 ずっとこうして、誰も周りにいなくなったら部屋に戻ればいい。

 彼だって明日には先生に言って他の部屋に移るだろう。


 ワタシがルームメイトなんて、イヤだろうし。


 だから、ワタシはこのまま寝たふりを。



 そう、思っていたのに。




 <<拘束されていた学生が――>>


 <<付近の学生は、急ぎ退避を――>>



 耳をつんざくような警報サイレンに、身を起こす。


 辺りの子供も騒然としていて、逃げたり、腰が抜けたのか座り込んでしまっている子もいる。


 そしてワタシは……どうにも、ここを動く気にはならなかった。


 避難したら、その先には他の生徒達がいるだろう。


 数度も顔を合わせてない、顔と名前の一致しないクラスメイトたちも。

 もしそこで能力が暴走したら……そう思うと、逃げようという気は起きない。

 なに、地下から脱走したという能力者がここに来るとは限らないだろう。


 そう思っていたのだが。



「え……!?」


 突如。


 背後で、校舎の一部がした。

 教室が吹っ飛び、爆炎と煙が辺りに広がる。


 そして、その黒煙のなかから。



 <――――!!!!!>


 何かが、現れる。


 それは――炎だった。

 手、足、頭。

 その全てが、炎で構成された巨大な人。


 それは腕を振り回し、まるで模型を壊すかのように学校の一部を破壊していく。


 ……学校の外壁は、対能力用の加工が施されているというのに、それを物ともせずに、だ。


「ナニ、あれ……」


 止め、なきゃ。

 思わずそう思い、ワタシは巨人を睨む目に力を込める。


 ――瞬間。

 瞳がにわかに光りだし、真紅の光帯が溢れる。

 そして、狙いを定め……今。


 <―――――!?>


 巨人が振りかぶった右腕の炎が、徐々に捻じれ、解かれていく。

 形を維持できなくなったそれは、徐々に立ち消えて……瞬く間に、巨人は隻腕になる。



「……はぁ、やれ、た……」


 ……この数年。

 意識して、力を極力使わないように努めてきた。

 そのせいか、一回使っただけで身体の倦怠感が凄まじい。


 立って、られない。

 ワタシはその場で、思わずへたり込んでしまう。


 巨人は片腕を失うも、尚健在。

 続けて力を使えるかどうか……自分でも、わからない。


(死ぬのも、別に)


 悪くないか、と思ってしまう。


 だが。



「だいじょうぶ!?」

「え……!?」


 駆け寄る人影に、その考えは消え去る。

 それは、警報に驚いて座り込んでいた下級生の子だった。


 まさか、倒れたワタシを心配してきてくれたのか、炎の巨人が眼前に在るというのに?


「逃げ、逃げて……」

「でも、一緒じゃなきゃ……」


 駄目だ、駄目だ……駄目だ。

 ワタシだけなら、よかった。

 でも、一緒にこの子まで巻き込んだらそれは。


 そんなワタシの狼狽を、知ってか知らずか。


 巨人は学校を攻撃することをやめ、ただこちらを見ていた。


 ……まずい、狙われている。


 そして、巨人は吼える。


 <―――――!!!!!!!!>


 それと同時に。

 私が捩じ切った腕のその根本から、焔が生じる。

 それは勢いを止めず、一気にその火勢を強めると……やがて、形を為した。


「な……」


 壊した腕。

 それが完全に、再生している。


 そして巨人は、おもむろに四つん這いになり……こちらを凝視し、口を開いた。

 するとその口から亀裂が走り、それは巨人の胸元にまで到達。


 ――巨人の胴体が4つに裂け、内部の心臓らしき、太陽のような光球が露出する。


 まるでそれは、砲台のよう。

 裂けた4つの身体を開放式バレルのようにして放たれる、砲塔。


 だとするなら、その照準はワタシと、傍らの少女以外にない。


 そして巨人はすぐさま、力を充填するような仕草を取る。

 ……その完了までの時間は、数秒にも満たなかった。


「……!」


 放たれる、爆炎の光帯。

 それはまるで、濁流のように放出されて、真っ直ぐにワタシ達を狙う。


 守、らなきゃ。

 ワタシはどうなってもいい。


 でも……この子に罪はない。


「――屈折まが、れ……!」


 ワタシがそう唱えた瞬間。


 焔の濁流は、まるで壁に阻まれるかのように四方へと分散する。

 ……ダメだ、力が足りない。

 逸らすことは出来ても、捩じ切るまでには至らない。

 あの巨人はどれほど長い間、この炎を吐き続けられるのか。

 もしもあと数分も続くのなら、先に倒れるのは。


「……ご、めん……守り、きれな…………!」



 思わず吐いた弱音。


 そして次の瞬間には、ワタシたちは、焔のなかに呑まれて―――。


 そう、思ったその時。


「――――飛燕、一閃!」


 つい先程まで、聞いていた声が響く。


 遅れて、ナニカが風を切る音。

 そして……巨人の吐く炎が、止まる。



 <――――!????>



 焔が消え去ったことを確認して、ワタシは力を解除する。

 そして抱え込んだ子を見て。


「大、丈夫……?」

「う、うん!ありがとう!」

「早く逃げろ、いつまた動き出すかわからん」


 思わず、安堵する。

 どうにか無傷で助けることができた。

 その子が声に倣って逃げていく背中を目で追いつつ……ふと、振り返る。


「……え、なんで……」


 そこにいたのは、ススムだった。

 手には竹刀。

 そして巨人のコアには一文字の切り傷が刻まれていて、それを為したのがススムであることを示す。


 でも、どうして。

 あんな態度を取ったのに、なんで戻ってきたのか。


「……なに」


 その問いに、彼は。



仲間ルームメイトの危機だ、当然だろう?」


 やたら、真っすぐで。

 カッコつけたような台詞を、ドヤ顔でぶつけてきたのだった。



 ◇



 助けに入った理由。

 それは……単純だった。


 ルームメイトだから。

 同じ飯を食った仲だから。


 だが、なによりも。


 ――彼女が子供を守っていたから、というのが何より大きかった。


 自分勝手、などといったのは、どこの誰だったか。

 それは大きな間違いだ、彼女は他人の為に命を張れる人間だ。


 正反対な人間だと思っていた彼女が、途端に近い存在のように感じる。

 そうなってしまえば……今までの態度も、なにか意図があってしていたように思えて。


 あとはもう、勢いに任せ技を放っていた。



 ――そんな話をしてる間にも巨人は再生を続けている。


 復活すれば、またあの爆炎の奔流をこちらに向けて放出することだろう。

 次の狙いはヒズミか、俺か。

 ……間違いなく、俺だろう。

 ヒズミの力はあの巨人の攻撃を防ぎ切りはしたが、コアにダメージを与えることはなかった。


 間違いなく、あれが弱点。

 ならばそこに有効打を与えた俺を、優先対象としてくるに違いない。


「ヒズミ、頼みがある。能力はまだ使えるか?」

「ギリギリ、なんとか……」


 ヒズミは息も絶え絶え、つまりチャンスは一度きり。


「俺が力を溜めて、アイツのコアに突撃する。だからそれまで、あの攻撃から俺を守ってくれ」

「で、でも、あと何秒持つか!」


 初めて声を荒げるヒズミ。

 だが、これしかない。

 俺の絶技と、彼女の力。

 それを掛け合わせない限り、万に一つも勝機はない。


「頼む」


 俺は彼女の承諾も待たず、少し離れた位置に移動し、剣を構える。


 予想通り、巨人の砲塔は俺を見据える。

 力をチャージする気は最早ないらしい、すぐさま炎をこちらに発射しようとする。


 俺は、竹刀を構え、唱える。


「剣よ、覚醒めざめよ――――!」


 瞬間。

 光の波が地面から沸き立つ。

 それと同時に……巨人から炎の放射が行われる。


「守、る……!」



 ヒズミの声。

 俺の眼前にまで迫った炎は、まるで俺を弾くようにして後方の公園へと吹き荒ぶ。


 剣に纏わりつく光は、まだ充填を完了していない。

 あと、数秒。


「く、ぅ……!」


 ヒズミの悲痛な声。

 彼女の負担も深刻だ、それを無駄にしないためにも、一撃であの怪物を討たねば――!


 一秒。


 光が、やがて形を取り始める。


 ニ秒。


 分散していた炎が、少しずつ元の勢いを取り戻していく。


 三秒。


 ――光が、に変わる。




よんの剣」


 空気を裂き、焰を裂き。

 この身毎。

 真っ直ぐ、一直線に。

 轟雷の如く、敵の心臓へと斬撃を撃ち込む。


 これぞまさしく、一意専心。


雷槍らいそう突貫とっかん―――――!」


 音と景色を置き去りに、俺の身体が雷と疾走はしった。

 そして、世界は蒼白に包まれて―――、




 俺の意識は、そこで途切れた。








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