番外編 高校受験日

 私、羽咲はなさきみずきは、中学2年の事件以来、家から一歩も出なかったが、今日で終わり。

 玄関で久々にローファーを履いた。

 服装も久々の制服である。

 唯一、銀髪をなんとかしたいと考えた結果、黒髪のウィッグを使う事にした。

 憧れの黒髪。鏡で見た時は感動した。

 黒髪のボブヘア、似合ってる気がする。

 両親も黒髪の私を見て似合ってると言ってくれた。

 これは、あの時に私を傷付けた加害者達にバレないようにしたくての事。

 受験する高校側にも許可は取ってある。

 制服は仕方がないが、見た目は何とか変装出来たと思う。

 伊達眼鏡とはいえ、眼鏡をかけてみたら知的に見えて、少し気分は上々。

「じゃあ行こっか」

 送り迎えをしてくれる母が言った。

「うん」

 私は頷く。

「父さん仕事だからすまない、頑張るんだぞ」

「ありがとうお父さん」

 父は今日だけ、私の事が心配で仕事に集中出来なさそうだ。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 玄関のドアを開けた母。

 眩しい光が射し込む。

 外に出ると、天気は晴れ。雲1つない青空。

 太陽ってこんなに眩しいのかと、暑いなと、改めて思った。

 風は冷たい。手袋とマフラーを着けて正解。

 ずっと中に居たから、外に出て気持ちが軽くなる。

 良かった、出られた、順調。

 母の車で受験会場に向かった。



 車から降りて母に見送られながら校門を通る。

 受験生の人数に驚き、少し気持ち悪くなる。

 玄関で内履きに履き替えて廊下を歩く。

 私は別室で受けれる事になっている。

 とは言え、受験生達が入る教室と私の別室の階は同じ2階。

 どうしたって廊下に出たり、お手洗いは誰かと会ってしまう。

 だから、せめてお手洗いだけは他の階の方を使う事に決めた。

 別室に入る前に鞄の中を何故か確認し始めた。

 受験票、お弁当、お箸、歯磨きセット、ハンカチ、テイッシュ・・・。


 えっ・・・


 筆記具が・・・ない。


 鞄の中をぐちゃぐちゃにしながら、隅々まで見てもなかった。

 絶句する。

 どうしよう。

 キョロキョロしても、誰も私を見ない。

 それはそうだ。戦いは始まっている。

 他人に構っている場合ではない。

 皆、自分の事で精一杯なんだから。

 それでも困った。

 職員室に行けば借りる事は出来るだろうか?

 でも、知らない大人達に見られるのは嫌。

 うんうんと考えていると。

「ちゃんと前見ろよ」

「すみません」

 ちょっとしたトラブルのような会話の方向を見ると、その人を皆避けるというか、道を譲るように避けられた男子生徒が歩いていた。

 それでも、男女構わずぶつかっている。

 前を見ているようで、周りを見ていない。

 大丈夫かな?

 ハッ!私は早く解決しなければならない事を解決しないと。

 もう一度、鞄の中を漁る。やっぱりない。

 職員室に行きたくない。かと言って受験生である同い年の人に話しかけられない。

 帰ろうかな・・・とか思っていると。

「どうしたの?」

「えっ?」

 さっきのぼーっとしてる男子生徒君。

 話し掛けられた。

「困ってるよね?」

「は、はい・・・」

 聞き入ってしまう優しい声。

 見た目は眠そうな顔をしてる。

 髪の毛なんて整えてきたのだろうけど、一部は明後日の方向に跳ねている。

「筆記具・・・忘れて、しまって」

「あぁー」

 すると彼は鞄の中から筆記具を取り出し、その中から。

「はい」

 鉛筆1本と消しゴム1つを手のひらに乗せて差し出した。

「でも」

「僕のは僕のであるから大丈夫」

「予備でしょ?」

「予備の予備があるから」

 何も考えていないように見えて、ちゃんと考えている人なんだろうな。

「早くしないと遅刻になって印象悪くなるよ」

「あっ、うん」

 私は彼の手のひらにあった鉛筆と消しゴムを手にする。

「ありがとう」

「いえいえ」

 そう言って彼は教室に入って行った。


 ここを合格したら、じゃなく。

 ここを必ず合格して、この鉛筆と消しゴムを彼に返そう。

 あの人も必ず合格すると思うから。



 受験会場でまさか知らない女の子に鉛筆と消しゴムを貸すとは。

 予備の予備がある、あれは嘘。

 困っている人を見て、皆何とも思わないなんて薄情だなーと思った。

 それに、あの予備が旅に出ても、なんとなく自分は大丈夫な気がしたから。

 あの人が受かって自分も受かれば、その内返ってきそうだし、まあいっかー。


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