第23話 あの事

 僕の父さんは明るくて整理整頓が得意なしっかり者で子供には優しかった。

 一方、僕の母さんは天然で可愛い物好きで料理上手だった。

 そんな両親の間に僕・弦大げんたと妹の弦姫ゆずきが生まれた。

 毎日楽しかった。

 春は花見、夏はプールや花火大会、秋は紅葉狩り、冬は雪遊びやスキーを楽しむという、季節事に楽しむ家族だった。

 普段はというと、父さんは市役所で懸命に働き、母さんは内職しながら家事全般をこなす主婦。

 僕と妹は母さんとの時間が長かった為、一緒に家の庭の小さな畑で野菜を育て収穫、花壇には花を植えて水やりを毎日していた。

 僕の花好きはここからきている。

 絵に書いたような幸せな家庭だった。

 だがある日。僕が小学6年、妹の弦姫が小学4年の時に悲劇が起きた。

 月に一度の土曜授業で小学校にいた時、教室に教頭先生が慌ててやって来て、担任に声をかけずに直で僕の所に来て「今すぐ荷物をまとめてちょっと来なさい」と言われ、僕は教頭先生の指示に従い後をついて行った。

 ついて行くと保健室で、中には先に妹の弦姫がいた。

 弦姫は僕と同じく訳も分からず呼ばれたのだろう、ポカンとしていた。

 教頭先生は深呼吸をしてからこう言った。 

「今から病院に連れて行く」

 何で?親戚か誰か何かあったのかな?

「とにかく、落ち着いて聞いてくれ」

 心がモワッと靄がかかり、ざわめき出した。


「宮藤君達のご両親が事故に巻き込まれた」


 時が止まった。

 何もかも感じない。

 視界に入る情報のみ。

 妹は泣いていた。教頭先生は険しい表情をしている。

 何も感じないまま、僕と妹は教頭先生の車に乗り病院に向かった。

 あっという間に着いてしまった。

 あれよあれよと、感じとれるようになった頃には、隣で思いっきり妹が泣いていた。

「お父さん!お母さん!起きてよ!おーきーてー!」

 聞いたこともない、悲鳴のような泣き声。

 僕は目の前の2人をやっと見た。

 父さんと母さんはベッドに寝ていた。

 これは何だ?妹の声に反応はない。

「父さん・・・母さん・・・」

 呼んでも反応はない。

 手を触ってみた。びっくりするくらい2人共、とても冷たかった。

「これは、一体・・・」

 夢かなと思って頬をつねる。痛い。

 頬を叩く。やっぱり痛い。

 人は必ず死ぬのは分かっていたけど、身近な大切な2人が突然いなくなるなんて。

「うぅっ・・・」

 僕は漸く涙を流した。



 両親はその日、月に一度のデートの日だった。

 ランチデートである。

 洒落たお店には行かずに、ファミレス、ラーメン屋、牛丼屋、デパート内のフードコートと言った身近な場所。

 それが2人にとっての幸せな時間であり、特別な時間なのだ。

 その後、交差点に差し掛かり、歩行者用の信号は赤。

 信号待ちしていたのは、父さんと母さんの他に部活の帰りであろうか中学生が1人いた。

 青に変わり、横断歩道を渡る。

 渡っていると、右から猛スピードで走る車が来た。

 咄嗟の事だった。

 母さんが中学生の背中を思いっきり押して、横断歩道を渡りきらせた。

 その後、2人は間に合わなかったのか、そのまま轢かれた。

 中学生は掠り傷程度で済み命に別条なし。

 轢いた車は止まり、運転していた若い男は呆然と立ち竦むだけで、父さん母さんに救命処置をせず、警察にも連絡していなかった。

 近くにいた人達が駆け付け、救命処置をする人、警察と救急車に連絡する人、近くのコンビニからAEDを持ってくる人、中学生を必死に落ち着かせるべく寄り添っていた人など。

 たくさんの人達を巻き込んだ。

 と、これは今の祖父母が葬式が一段落してから数日後に教えてくれた事。

 この話を聞いて、僕は両親がいない事を実感した。

 そして、これから僕と妹はどうなるのかを祖父母に聞くと、お祖父ちゃんがこう言った。

「お祖父ちゃんお祖母ちゃんと暮らすけど、良いかな?」

 てことは、母さんの妹夫婦と父さんの弟夫婦は、僕と妹を受け入れてはくれなかったのか。

 それはそうだ。いとこの中には小さい子もいる。

 1人子供が増えたら費用も増える。

 だね、そっか。

 少し悲しかった。

 会えば遊んでくれたのに。正月にはお年玉をくれたのに。

 これが、現実なのか。

 でも、祖父母で良かった。

 大変だろうけど、僕と妹は育ててもらう分、一緒に暮らすからには家の手伝いは欠かさずやる事を決めた。

 最初は祖父母は遊んで来なさいだの勉強しなくて大丈夫?だの、手伝いはいいからと遠慮された。

 でも僕と妹は積極的にアプローチをした結果、祖父母が根負けして、それからずっと手伝いを欠かさずやってきている。

 妹はお祖母ちゃんの料理を手伝っている内に上手になり、僕はお祖父ちゃんの畑や花壇の手伝いをしていたら、より一層、野菜と植物に対する愛情が増した。


 僕はこの話をしても可哀想と思われたくなくて、両親がいない事に対して変な事を言う人が少なからずいて、ずっと黙っていた。

 もちろん、親戚にはあの日の事を話す事はない。

 誰にも話さず、僕の事なんか放っておいて。

 一時の自暴自棄のような感じ。

 少しずつ同級生との距離は生まれ、卒業式がある3学期には誰とも話す事なく小学校を卒業した。

 中学生になってからは、授業で誰かとペアを組む事や集団行動以外は1人で過ごしていた。

 高校生になっても1人で過ごすと思っていたが、さとし優愛ゆめが話し掛けてきたお陰で、少しずつ普通の高校生へとなれた。



「今では、みずきさんもいて、僕はやっと普通になれたかなと・・・」

 ガバッとみずきさんが僕を抱き締めた。


「まだ、思いっきり泣いてないでしょ?」


 えっ・・・


「涙を流したけど、声を出して泣いてないでしょ?」

「それは・・・」

「思いを出して!」


 戸惑う。


「だ、大丈夫だよ・・・大丈夫、大丈夫、だい、じょ・・・」


 何だか、みずきさんの優しさに触れたら。


「・・・うぅっ・・・ごめ・・・ん・・・」


 涙がぽろぽろと流れて止まらない。

 だんだんと声が大きくなっていた。

 みずきさんが優しく僕の頭を撫でる。

 この優しさに、涙を堪えたくても出来なくなった。

 部屋の戸の向こうで、妹の弦姫が泣いている声が微かに聞こえた。

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