浜風の宅急便(女教皇の正位置)
姉妹でピクニックに出かけてからというもの、お姉さんに変化が現れた。普段なら次々と休むことなく、淡々と仕事をこなす彼女だが、あの日以来休憩時間を設けるようになった。それが判明したのは、ピクニックの感想を聞こうと、彼女の部屋を訪れた時。
「あれ、どこか出かけるところ?」
「主様、こんにちは。ただいまから浜へ散歩に行くところです。主様もご一緒にいかがですか?」
彼女からの誘いを受け、私も一緒に向かうことにした。彼女の部屋のすぐ近くには、小さいが美しい浜がある。彼女の部屋にある窓から、いつも景色は見ていたものの、実際に足を運ぶのは初めてであった。
「気持ちいい……潮のいい香りがするね」
「そうですね。遠くの景色を見つめることで解放感も得られますし、頭を休めるには丁度良いです」
そう言って、靴を脱ぎ手で持ちながら波辺を歩き始める彼女に続き、同じようにしながら一緒に歩く。時折足の裏に小さな貝殻が当たり、そっと拾い上げて彼女に見せたりしながら歩き続ける。
「……妹に、教わりました」
私が聞く前に、彼女自ら話を切り出した。なんとなく想像していたことではあったが、黙って話を聞くことにした。
「私は今まで、休み時間があるなら先に進めた方がいいと思っていました。休まずにやり続ければ早く終わると、そうも思っていました」
「確かに、いつ行ってもお姉さん仕事ばっかりだったものね」
「でも……妹と出かけたとき、いつもなら仕事を片付けている時間が、こんなにも充実感でいっぱいになるなんてと思いました。一番驚いたのは、帰ってきた後に仕事に取り組んだ時、いつもより速いスピードで片づけることが出来た事です。無駄でしかないと思っていた休息に、このような効果があったとは知りませんでした」
彼女はそういうと、私の方を振り返った。目には涙を浮かべていて、それが潮の香りのせいではないことはすぐに分かった。黙ったまま、私は彼女の手を取り静かに言った。
「貴女は無意識だったかもしれないけど、私と話す時、いつもここを見てた。この浜は、妹さんとの思い出の場所でもあるんだよね。小さい頃、ここで一緒によく遊んでた思い出の場所……違うかな?」
「どうして、それを……?」
「……浜風が、教えてくれた。なんて言ったらロマンチックなんだろうけど、何となくそう思ったの。だから、休憩場所に選んだんじゃないかなって」
無意識の行動の中には、その人が一番大事にしているものが含まれている。思い出の場所や思い出の味など、自分に強いゆかりがあるものを、無意識に引き寄せているのかもしれない。静かに涙を流す彼女をなだめるように、風が優しく私たちの髪を揺らすのであった。
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