第18話 境島署のいちばん長い日16

 ハーフリング(小人)族であり、生活安全課長の足柄警部は焦燥感に駆られていた。

 魔獣管理センターと猟友会の協力を取り付けたはいいが、目当ての物が見つからないのだ。


「備品の保管台帳には、あるはずなんだろう?」


 管理センターの敷地内にある大型の倉庫を生安課員とセンター職員総出で探す姿を見ながら、足柄は傍らに立つ大柄な作業着姿のオークを見上げた。

 ちなみに、公的な機関の県や国の備品や物品には必ず必ず台帳があり、数年に一度は点検しなければならないと法令で決まっている。


「まあ……あるにはあるんですがね……なんせ最後は数百年前に使ったきりらしくて。備品台帳に登録したのはつい最近ですが、モノを見たのは誰もいないんですよ」

「勘弁してくれよ肥後(ヒゴ)ちゃん。あれが無いと今度は自衛隊のF15くらいしか太刀打ちできねえぞ」


 足柄の言葉に、作業着姿のオーク、肥後(ヒゴ)魔獣管理センター長はすいません。と頭を下げた。

 魔獣管理センターの歴史はまだ十数年と言ったところである。

 今まで魔獣などの被害に関しては騎士団か流れのハンター、傭兵などに頼っていたのだが、王国がI県との境に現れてからは傭兵やハンター達は安定と安全な仕事を求めて外に出稼ぎに行ってしまった。

 だが、魔獣の被害は変わらず発生し続け、騎士団だけでは対応できなくなり、I県の協力を経て、王国内での公的機関として、猟友会と魔獣管理センターが発足した。

 最低限の人員は確保できてはいるが、まだまだ人員的には足りないのが課題だ。

 センターの備品台帳は発足後の装備資器材や備品は登録してあるのだが、発足前の装備や備品に関してはまだ未記載の物も多々あるのは、人員が少なく手が回らないからだ。


「でもセンター長! わたし絶対見たんですよ! 去年の大掃除の時に見た記憶がありますもの!」


 備品の山の中で飛び回っていた手の平くらいの身長のピクシーの女性が叫んだ。


「飛川(トビカワ)くん……。そうか、君なら狭い場所も入れるものな!」


 飛川と呼ばれた職員はガーランドでも一番小さいピクシー族だ。彼らはその小さな身体と燕のように飛び回れる機動力を武器に魔獣の生態調査に一役買っていた。

 肥後が古い台帳を捲りながら顔を顰めた。


「ただ、使用されたのは356年前だ。それ以降はこの倉庫に保管と書かれているんだが……」

「それの大きさはどれくらいだ?」


 足柄が鋼鉄製のカゴ罠の隙間から顔を覗かせた。


「ええと、4.2メートルで……」

「そんなデカブツなら無くすはずはねぇだろ。何処か違う場所に移管されたとか……」


 その時、備品の山の中を飛び回っていた飛川が声を上げた。


「センター長!! ありました!! 此処です!!」


 足柄と肥後がカラーコーンや折り畳み鉄柵を乗り越えながらその声の方へ向かうと、倉庫の奥、棚に隠れた鋼鉄製の扉があった。


「そう、ここだわ! 前に皆んなで開けて私が一番に入ったもの!」


 飛川が大きな扉の前を飛び回った。全員で棚を動かし、肥後が扉を開ける。錆びついていたが、オークたる肥後の膂力で何とか開いた。まるで、格納庫のようなそれは、何か大きなものを保管するに相応しい程の大きさだ。


「随分とデカいな」


 足柄が大きな扉の向こうの暗闇を眼をすがめて見つめていると、肥後が懐中電灯をぐるりと照らして言った。


「なんでも、旧陸軍の基地だったそうで、こんな場所が結構あるんですよ」

「なるほどな。格納庫ならデカいものを置いておくのにぴったりだ」


 幾つもの懐中電灯の光が暗闇の中を照らす。

 すると、一際大きな何かがある事に足柄が気が付いた。


「そこ、右側だ。照らしてくれねえか」

「はい」


 全ての光が、一斉に足柄が言った場所を照らす。それを見て、足柄が手を叩いた。


「あった!これだ!」


 ――――――

「ユリウス! 大丈夫か!?」


 運転席から毒島が叫んだ。がたがたと揺れる車内でユリウスは暫く呆けていたが、すぐに我を取り戻した。


「大丈夫です! 但馬班長達は……!?」

「大丈夫だ。二人ともな。さっき無線があった」


 犬飼の真っ黒な獣毛に覆われた大きな手がユリウスの肩にかかる。


「よかった……」


 安堵の溜息と共に力が抜ける。だが、膨らんだ耐刃防護衣の胸から顔を出した真っ白で小さな翼竜を見て緩んだ緊張感がまた張りつめる。


「安心するのはまだ早いぞ、ユリウス。奴(やっこ)さん、まだしつこく追っかけてくる」


 レンガ色の鱗に覆われた逞しい腕でハンドルを繰りながら、毒島が言った。

 犬飼が腕時計を見ながら「日没まであと一時間半だぜ、クソ! 」と毒づく。

 ユリウスはカーナビに映る現在地を見て考えを巡らせた。


「毒島部長、そこのゴルフ場の入り口から中に入ってください!」

「ハァ!? なんで!」


 素っ頓狂な犬飼の声を無視して、ユリウスは犬飼を見た。


「ゴルフ場を突っ切って、ショートカットします! 犬飼部長は署にその旨をリアルタイム報告してください」

「お、おう!」


 この近くの地理に詳しい自動車警ら班の毒島がハンドルを切り、感心したように言う。


「成程な! ここの向こう側はもう特別区だ!」

「コース内は起伏が激しいのと視界が開けるのでなるべく蛇行してください」

「了解ィ!」


 グォン、とパトカーのエンジンが咆哮を上げ、誰もいないゴルフ場の簡易フェンスをぶち破る。

 がくんがくんと揺さぶられながら、ユリウスは何とかスマホを取り出して、通話ボタンを押した。


「もしもし!? 足柄課長ですか!?」







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