第11話 愛情のぶつかり合い

 覚悟を決めた人間は強い。香苗も例外ではなく、今ならどら焼き二十個食べられそうな気がする、と真顔で呟く。狂気に満ちた顔をしていた。胸焼けで殺されそう。

 香苗は数日間、都会を堪能して帰るのだそう。彼女とはここでお別れだ。あの事件が終わって二度と会えないと思っていたのに、血の繋がりか運命か。分からないものだ。

 母は手土産にとケーキを買って渡してくれた。会社の社長という肩書きを持つ人で、土産を見る目はある。絶対に美味しいケーキだ。

「アンタの恋人に会いたいけど、こっちも仕事なんだよ」

「今度はゆっくり来たらいいよ。千夏も紹介する。俺がさ、男性が好きだって言ったとき、嫌な思いはしなかった?」

「カミングアウトされたときは驚いたけどね。私が持ってない世界だし。少数派の生き方はしんどくなるときもあると思うよ。誰にも幸せになれる権利があるんだから、がんばりな」

 胸がぎゅっと締めつけられた。大きなハグをし、母から離れていく。別れ際の言葉は「じゃ」。涙が一瞬で引っ込んだ。これくらいあっさりした別れは、後腐れがなくていい。

 けれど、やっぱり寂しくて。母が恋しいなんて口にはできないけれど、とても甘えたい気分だ。

 俺が甘えられる相手はひとりしかいなくて、実は本気で甘えたことがなかったりする。甘えたり甘え合ったり、それが千夏は苦手みたいだ。

 ちょっとでも性的な雰囲気になると、彼は逃げる。いまだにセックスしていない。欲のためにしたいというより、愛を伝えたい。若いときと違い、俺は悟りを開いた。

 家に戻ると、千夏はケーキの箱を見るなり目を輝かせる。高速で動き、見ていて面白い。

「あれ? 僕よりケーキ? さみしー」

「ふふ……おかえりなさい」

 ケーキが潰れないよう配慮し、ハグしてくれる。研ぎ澄まされた神経はケーキへ向いている。俺よりケーキ。ケーキが憎い。食べるけれど。

「なんか……おっきいね」

「……本当に?」

「なんで照れるのさ」

「いやいや、さあ、食べようか」

 砂糖なしのコーヒーをお供に、フルーツがでかでかと乗ったタルトを出した。ワンカット千円近くする高級ケーキ。値段と味は比例するわけではないが、これは値段以上の味だ。

「母さんに会って来てさ、」

「なんで家に連れてこなかったの?」

「急に会うことになったんだって。仕事で忙しいみたいだし」

 ぜひ会わせたいが、あの親だと可愛い千夏がもみくちゃにされないか心配になる。昭和の親父をイメージするような人だ。

「今度一緒に、ケーキのお礼もしたいな」

「嬉しいねえ」

「クリスのお母さんって何が好きなの?」

「げんなま」

「ぶっ」

「自由のきかない世界にいたからね。自分でお金を稼いで、好きなお酒に変えられるのが嬉しいみたいで」

 美味しいタルトに会話が弾む。千夏はげんなま光線にやられたようで、さっきからフォークがずっと震えている。

 二杯目のコーヒーを入れて、今度はしんみりと話をした。親のこと、テレビで流れる時間のこと。……中学時代のこと。

 ときどき尻すぼみになりながら話すのは、専ら学生だった頃の話だ。このときばかりは笑顔がなくなり、彼の性格や内面に強く影響を与えた日々だったに違いない。

「クリスは、中学時代は何が楽しかった?」

「千夏が隣の席になったときかな。ドキドキして眠れなかったよ!」

「よく授業中に昼寝してたよね……懐かしいな」

「今は隣で寝てるけどね」

 ほら、まただ。

 匂わせると、千夏は萎縮する。分かりやすいほどに目を逸らす。

「千夏はさ、俺とセックスするのが怖い?」

「恥ずかしい。それに……」

 いやなわけではないらしい。

「男の身体だし、幻滅されないかなあって……」

「一緒にお風呂に入ったじゃん。隅から隅まで見たよ? 背中のほくろだって知ってる」

「うそ? ほんとに?」

「ここ」

 左の肩甲骨の辺りに触れる。くすぐったいのか、肩が上がった。

 顔を近づけると、千夏は目を瞑って顔を上げる。

 キスは嫌ではないらしい。

 背中に手を回すと、千夏も同じく俺の背中に触れる。

「ベッドいこ?」

 誘い方があからさますぎたが、千夏は小さく頷いた。

 プライベートルームに近づくたびに、千夏はまた肩を上げる。緊張の表れだ。

 ベッドに乗り、まずは俺から脱いだ。いきなり脱がせるのは相手に緊張を与えてしまう。

 脱がせるつもりだったのに千夏はいそいそと脱ぎ始めた。楽しみがひとつ減ってしまったが、白い肌は艶めかしいのでよしとしよう。

 外では犬が遠吠えを上げている。あのときのように、俺たちに進展があるたびに、生き物が声を上げる。千夏は聞こえていないのか、外を見向きもしなかった。

「痛い?」

「ううん……平気」

 胸に触れると、千夏は官能の混じった息を吐く。

 優しく、壊れものを扱うかのように、一つ一つ肌を撫でる。

「くすぐったい」

 かすれた声が耳に届くと、じんわり一箇所が熱く、重くなる。

 下着も脱がせると、頭をもたげていた。

 千夏の胸が上下に揺れ、大きく膨らんだのを合図に口にくわえた。

 美味しいはずがないのに、千夏のものは甘く感じた。

 くびれを唇で挟み、小刻みに揺らすと高い声が部屋に響く。

 千夏は快感を逃そうと、濃艶に身体をくねらせる。

「んっ……ああ……もう……」

 口の中に甘味が広がる。ねっとりとしていて、とても濃い。

 全部飲み込むと、千夏は何か言いたそうにこちらを見ている。

「お尻向けて」

 真っ白で形がとても美しかった。いやらしさというより、美術館に飾っておきたい美の象徴。

 指を引っかけて押し開くと、美しさとは無縁の卑猥な小穴が現れた。ピンクに近い赤で、ひくつかせて誘っている。

「ひっ……ちょっと……ああっ……ん」

 口の中に残った白い液体と唾液が混じり、塗りたくるように舌でこじ開ける。

 前ではぼたぼたと液体を垂れ流していて、千夏のものを掴むときゅうっと穴が縮こまる。

「う、ああ……いい……っ」

「気持ちいい?」

「すごく……そこ……っ……」

「指入れてみようか」

 返事の代わりに、穴がひくんと動いた。

 思っていたよりすんなりと入る。回転させながら根元まで入れると、数回抜き差しを繰り返した。

「もしかして……馴らした?」

 穴がすぼめり、指を締めつけた。口よりも身体が正直だ。

 前も一緒に擦ると、甲高い声が上がる。夢に見た以上に官能的で卑猥だ。それに下半身を熱くさせる。

 もういい、と掠れた声が上がり、一気に下着ごとずり下げた。

「そんな顔しないでよ」

「だって、おっきい。無理だよ」

「大丈夫。いける。痛かったらすぐ止めるから」

 赤黒い勃起したものをあてがい、大きく息を吐いた。

 桃色の萎んだ穴にのめり込むと、少しずつうめていく。

「あと少し……」

「う、うう……ん…………」

 睾丸が柔らかな臀部に当たり、熱い息が漏れた。

「すごくいいよ……中がうねって離さない。ああ、すぐにいってしまいそうだ」

「中にほしい……」

「最高の殺し文句だね」

 短く息を吐きながら、蠢く通い路を行き来する。

 全身に雷が落ちたように、衝撃的だった。

 確実に身体の相性は存在する。中も目に焼き付く裸体も、すべてが熱を放出させる。

 太股を掴み、最奥に腰を進めると、一気に熱を吐き出した。

 ベッドには、千夏の出したものがぼたぼたと垂れる。

 相性を確かめる術はあり、これが千夏の答えだった。

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監獄の穴と蜜愛の迷宮 不来方しい @kozukatashii

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