第8話 化け猫退治と街への帰還

「はぁ、はぁ、はぁっ……ヤァッ!」


 右に左にジグサクに動いて突撃していく。

 通路の横幅は二メートル程で、化け猫の横幅は七十センチはあると思う。

 化け猫の下も横も通りにくいなら、上しかない。

 化け猫の左前足のひっかく攻撃を高くジャンプして、回避すると同時に背中に噛み付いた。

 

「グゥガァァ! ガァアア!」

「むぐ、むぐぐ、ペェッ! もう一撃!」


 化け猫が振り落とそうと、身体をめちゃくちゃに動かしている。

 なんとか顎の力で背中に噛み付いたまま耐え切ると、肉を引き千切って、もう一度噛み付いた。


「グゥガアアッッ‼︎」


 化け猫が悲鳴を上げるけど、もう遅い。

 顎の力もジャンプ力もアップした。


(うぐっ、うえっ……もう吐きそうです)


 でも、口の中に毛が混じった肉と臭い血が流れてくる。

 非常に気持ち悪くて吐きそうだけど、生き残る為には我慢しないといけない。

 それでも、もう二度と生き物には噛み付く攻撃はしたくない。


「チャロ、今行くから! ヤァッ!」

「フゥガァッ!」


 フラフラだったエイミーが盾を構えたまま突っ込んで来た。

 そして、そのまま盾体当たりで化け猫の顔面を強打した。

 あれは痛そうだ。化け猫の首が大きく仰け反った。


「こっちも負けてられないぜ! はぐっ!」

「グゥゥゥ、ガ、ガァアア!」


 地上と背中からの連携攻撃だ。

 噛んで殴って、飛び降りて、また噛んだ。

 化け猫が鉄柵に体当たりして、俺を押し潰そうとしたけど、そんなの喰わらない。

 素早い噛み付き攻撃と攻防一体の盾攻撃で化け猫を翻弄する。


「グゥルル……ルルゥ……」


 体力が切れかかっている化け猫は防戦どころか、一方的な的に変わってしまった。

 特に矢尻のような形の盾攻撃は強烈だ。

 丸く尖った部分で殴ると普通に肉が抉れている。

 間違いなく、盾は防具ではなく武器に含まれると思います。


「グッ……ガァ……」

「……ぺぇっ。倒したみたいだ」

「はぁ、はぁ、はぁっ……終わったぁ~」


 決着はついたようだ。口の中から化け猫の肉を吐き出した。

 地面に倒れた化け猫の身体から、白い煙が上がって消えていく。

 疲れ果てたのかエイミーは盾を枕代わりにして、地面に寝っ転がっている。


(風邪は治ったみたいだ)


 契約後は一時的に体調が悪くなるみたいだけど、もう大丈夫そうだ。

 これなら問題なく外に出られる。あとは財布の回収だ。

 財布代わりの茶色の布は丸めて棒状にして、鉄柵の向こう側に置いていた。

 忘れていたけど、ちょうど化け猫が通路を作ってくれたから回収可能だ。


「チャロ、どこに行くの? 街に帰るよ」


 こっちもそのつもりです。お財布を拾いに行くだけです。

 エイミーが呼んでいるけど、お金がないと食べ物も買えない。

 とりあえず犬なら問題なく、買い物は出来そうだ。


「んっ? その茶色いのは何?」

「あっ……!」


 口に咥えていた棒状のお財布を奪われた。布を広げて調べている。

 まさか、母さんが言っていたように、街の女は金を根こそぎ奪う習性があるのだろうか?

 流石に犬の持っている金目の物を奪うような事はしないと信じたい。


「わぁぁ~! スライムの核だね。チャロが集めたの?」

「ワン!」

「凄いね。お利口、お利口——」


 ポケットの中から出て来た青色の玉を見て、エイミーはビックリした後に俺に聞いてきた。

 そうだよ、みたいな感じに吠えると伝わったようだ。

 頭を撫でて、褒めてくれた。


「じゃあ、私が大切に預かっておくね」

「クゥーン……」

「あっ! あそこに何か落ちているよ! もしかしたら、怪物の物かもしれないね」


 白いエプロンの裏ポケットの中に、お財布は消えていってしまった。

 悲しそうな声で鳴いてみたけど、俺の声はまったく届いていない。

 エイミーは地面に落ちている金色に光る玉を見つけると、嬉しそうに拾いに行った。

 あれも没収されるんだろうな。


「チャロ、見て見て! 金色の瞳だよ」

 

 エイミーはスライムの核の二倍ぐらいはある金色の瞳を二つ持っている。

 その瞳を親指と人差し指で挟んで、自分の両目の前に置いて、眼鏡のようにしている。


(わぁー、凄い。目が大きくなっちゃったね)


 普通の犬ならビックリするかもしれないけど、こっちは人間だ。

 赤ちゃんじゃないんだから、そんな事されても喜ばない。


「これで怪物の正体が分かるかも。それにまだまだ中にいるかもしれないから、早くギルドに報告しないとね。チャロ、付いて来て」

「ワン」


 やっぱりエプロンの中に金色の瞳は没収された。

 エイミーは街に帰ろうと手招きして、俺を呼んでいる。

 素直に言う事を聞いて、エイミーの左隣に並んで、洞窟の外に向かって歩いていく。


「チャロ。これから街に帰るんだけど、チャロはどこか行く所とかあるの?」

「クゥーン」


 そんな場所はないので、悲しそうに鳴いてみた。


「そうなんだ……もしも、どこにも行く場所がないなら、私の家で一緒に暮らさない?」

「な、何だって⁉︎」


 突然の申し出にどう反応すればいいのか分からない。

 女の子の家に一緒に暮らすという事は、それは恋人になるという事だ。


 ま、人間同士ならね。俺の場合は飼い犬にならないかというお誘いだ。

 首輪を嵌められて、毎日、同じ食べ物を食べされられて、自由なんてないと思う。


「私のお父さんもテイマーをやっていて、家にはチャロと同じ魔物がいるんだよ。きっと楽しいと思うよ。どうかな?」

「ワ、ワン! ワゥ~ン!」


 エイミーがもう一度聞いてきたので、急いで左足に擦り寄って、ジャレついてみた。

 野良犬と飼い犬なら、やっぱり飼い犬の方が幸せだと思う。

 タダ飯、タダ宿は大歓迎だ。

 

「良かったぁ~。一緒に来てくれるんだね?」

「ワゥ~ン!」

「えっへへへへ。今日からチャロは家族だね」

「クゥ~ン、クゥ~ン!」


 エイミーはしゃがんで、俺の背中を嬉しそうに撫で回している。

 嗚呼、もう一生犬でいいかもしれない。これはこれで悪くない。

 こんなに女の子にモテたのは生まれて初めてだ。

 もう一生モテないかもしれない。


 それに街に戻れば、街中の女の子達から寄って来て、身体中を撫で回してくれそうだ。

 人間に戻る方法を見つけるには時間がかかりそうだし、犬生活を楽しみまくってやる。


 ♢


 急いで報告しないといけないので、森の中の一本道は軽く走る事になった。

 体力とスピードは俺の方が上みたいだけど、パワーと器用さはエイミーの方が上みたいだ。

 でも、人間に戻れば、パワーも器用さも俺の方が上になると思う。

 特に器用さは間違いないと思う。


「よし、俺の勝ちだ!」

「はぁ、はぁ……チャロは本当に走るの速いね。やっぱり勝てないやぁ」


 森を抜けて、街に到着した。

 森の入り口にある看板の横で、エイミーが肩で息を切って、悔しそうに微笑んでいる。

 人間が犬に勝てるはずないでしょう。


「はい、ご褒美のクッキーだよ。私の手作りだから美味しくないかもしれないけど」

「ワン!」


 エプロンポケットから取り出された一枚のクッキーを嬉しそうに食べた。

 美味しいとか、不味いとか、関係なく、走った直後の口の中がパサパサの状態で与える物じゃない。

 ご褒美なら、お水をください。

 

「甘い物を食べた後は歯磨きしないとね。家に着いたら、ついでにお風呂も入ろうね」


(今、何て言った? お風呂だと……)


 歯磨きは確かに一人じゃ出来ない。

 お風呂も一人じゃ入れないと思う。

 でも、いいのだろうか? 犬でも男ですよ。


「そうだ! ギルドに報告するついでにクエストも受けないとね。チャロと二人なら色々と出来そうだね。一緒に頑張って、早く9級になるからね」


 これから毎日一緒にお風呂に入らないといけないの?

 えっ、身体の隅々まで綺麗に洗ってくれるの?

 駄目駄目! そんなの早過ぎるよ。街の人は何でも早過ぎだよ。


「チャロ、着いたよ。ここが冒険者ギルドだよ。よく来る場所だから覚えておいてね」

「ハッ! いつの間に!」


 考え事に夢中なっていると、いつの間にか冒険者ギルドの前に着いていた。


「いい、チャロ? この中で吠えたりしたら駄目だからね。静かにしててね」

「ワフッ」


 分かったという意味も込めて、出来るだけ小さく鳴いた。


「そうそう! そんな感じだよ。本当にチャロは賢いね。私の言葉が分かっているみたい」


 みたいじゃなくて、実際に分かっている。

 多分、いま世界で一番賢い犬は俺だと思う。


「それじゃあ、入るよ。私の後を付いて来てね。二階に上がったら駄目だよ」

「ワフッ」


 小さく返事をすると、エイミーは木の扉を開けて、俺に先に入るように扉を押さえている。

 急いで建物の中に入ると、エイミーも入って来て、扉を閉めた。


 建物の中は「ガヤガヤ」「ザワザワ」と二十人程の人達で賑わっている。

 相変わらず、たくましい身体のお兄さんとおじさんしか見えない。

 そのムキムキの男達の中を通って、エイミーは誰も並んでいないカウンターに向かっていく。

 そのカウンターは冒険者登録用のカウンターだった。

 

 ♢

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