第7話 テイマー少女との友達契約

「ねぇ、ワンちゃん。私の名前はエイミー。エ、イ、ミー、だよ」


 薄紫色の髪の少女エイミーは俺の前に座り込むと、俺の頭を優しく撫でながら自己紹介したきた。

 自己紹介は大事だけど、そういうのは時と場所を選んだ方がいいと思う。

 今は逃げるのを最優先した方が絶対にいい。


「あのねぇ、ワンちゃんにお願いがあるの。私と契約して欲しいの。よく分からないと思うけど、友達になって欲しいの。友達になってくれれば、毎日クッキーをあげるから、どうかなぁ?」


 エイミーはスカートの白い布の裏側から、薄茶色の丸いクッキーを一枚取り出した。

 スカートの一部ではなくて、ポケットが付いているエプロンだったようだ。

 そのエプロンから取り出したクッキーを俺の口元に差し出している。


(あれ? これはどういう状況なんだ?)


 クッキーからは甘そうな良い匂いがしてくる。

 美味しそうだと思うし、食べたいとは思う。

 でも、友達になるというか、契約の意味が分からない。

 エイミーは普通の犬だと思って、簡単な感じに説明しているけど、逆に分かりにくい。


「ほら、早く逃げるよ! 友達にはなるから!」

 

 なので、クッキーじゃなくて、エイミーのスカートに噛み付いて引っ張った。

 友達になるのは洞窟の外に出た後でも出来る。

 

「ワンちゃん、そっちは駄目なの。このまま私達が外に逃げたら、あの怖い怪物も追いかけて来るから」

「あうう、ちょっと離せよ!」


 エイミーはスカートを引っ張る俺を両手で持ち上げると、胸の中で抱き締めた。

 そして、右手で優しく頭から背中を撫でて話しかけてくる。

 良い匂いがして、柔らかくて、気持ちが良い。何だか凄く落ち着く。

 

「はうぅぅぅ……」

「この近くには街があるの。それに檻が壊れたらスライムまで外に出てしまうの。だから、私達がどうにかしないと駄目なんだよ」


 そんなの知らない。ここに居ても、結局、化け猫に食べられて外に逃げられるだけだ。

 どうせ逃げられるなら、街に走って、早めに知らせた方がいいよ。


「だから、私と契約して一緒に戦ってほしいの。私は【テイマー】の才能とスキルがあってね。私と契約してくれたら、ワンちゃんの力を強くする事が出来るんだよ」

「……?」


 テイマーというのが、よく分からないけど、契約するだけで強くなれるみたいだ。

 エイミーは外に逃げるつもりはないし、エイミーが居ないとかんぬきは動かせない。

 どう考えても、契約して、化け猫と一緒に戦わないといけない。


(やれやれ、契約すればいいんでしょう)


「あっ、ちょ、ちょっと⁉︎ ……えっ?」


 エイミーの胸から身体をジタバタ動かして力尽くで抜け出すと、地面に腹這いに寝っ転がった。

 どうにでもしろ、という服従のポーズだ。


「もしかして、契約してくれるの?」

「ワン!」

「本当に?」

「ワン!」


 しつこいなぁー。契約するって言ってるでしょう。


「良かったぁー。スライムで練習してたんだけど、全然上手くいかなかったから心配だったんだ。すぐに契約するからね」

「ワン!」


 うん、もう鉄柵が壊れそうだから、早くしてね。

 それにしても、しつこいと思うぐらいに契約の確認をしてきた。

 契約したら、強くなる以外に何か起こるというのだろうか?

 もしかして、契約後は死ぬのか?


「えっーと、契約するには名前が必要なんだけど、名前は私が付けないといけないんだ。ワンちゃんがその名前を気に入らないと契約できないから、ちょっと我慢してね」


 何でもいいとは言わないけど、本当に早くしてね。

 契約する前に化け猫が鉄柵を壊しちゃうから。


「う~~~ん……ワンちゃんの毛が茶色と白色だから……チャロでいい?」


 絶望的に名前のセンスがない。

 茶色と白色の毛だから、チャロ? 白一色なら、シロじゃないか。

 アーディとか、バロンとかカッコいい名前がいい。

 それでも、早く契約しないといけないから、ちょっとじゃなくて、かなり我慢した。


「ワ、ワン!」

「良かったぁ~。あとは私の魔力を契約の名前と一緒にチャロの身体に流すから、それを受け取るだけでいいんだよ。ちょっと痛いかもしれないけど、暴れないで我慢してね」


 ふぅー、やっと契約できるみたいだ。

 エイミーが地面に座っている俺を持ち上げて、さっきのように胸の中に抱き締めた。

 なるほど。これが契約する時の体勢だったようだ。


「本当は時間をかけて、信頼関係を築かないと契約できないんだけど、チャロは頭が良さそうだから、きっと大丈夫だと思うから……」


 エイミーの顔が間近に迫ってくる。

 何をするかと思ったら、オデコにキスをした。


「……⁉︎」


 ビックリしたけど、同時にオデコを中心に熱が広がっていく。

 全身がポカポカして、熱めの風呂に浸かっている気分だ。


(うぐっ、うぐぐっ、息が苦しい‼︎)


 浸かっていると思ったら、突然状況が変化した。

 お湯の中に沈められているように、息が苦しくなった。

 口の中からお湯が入って来て、身体の中をお湯が満たそうとしているみたいだ。


(何これ! 普通に苦しいし、ちょっと痛いとかのレベルじゃないよ! 普通に暴れたくなるよ!)


 実際には俺はお風呂で溺れている訳じゃない。それは分かっている。

 エイミーに強く抱き締められて、オデコにキスされている状態だ。

 身体に当たる柔らかい二つの胸の感触も幸せなはずだ。


 でも、実際は熱いし、苦しい。

 それにこれって抱き締めているんじゃなくて、逃げられないように押さえ付けてますよね?

 我慢って、あと何分何秒我慢すればいいの?

 魔力と名前を受け取るって、このお湯を全部飲み干せばいいの?


(クソッ! 街の女に騙された!)


 エイミーは暴れる俺を抱き締めたままキスを続ける。

 契約の練習をしていたスライムが、どうなったのか教えてもらってから契約するべきだった。

 絶対に全員破裂している。


「はぁ、はぁ、はぁっ……チャロ、終わったよ」

「うぅぅ、うぐっ」


 ようやく解放された。エイミーは両腕の力を緩めて、押さえ付けるのをやめた。

 俺はエイミーの身体を滑るようにして、彼女の太腿の上に倒れてしまった。


(頭と胃の中がグルグルする。酷い悪夢にうなされた後みたいだ)


 身体の熱が徐々に冷めていく。急激に風邪が治っていくような不思議な感覚だ。

 怠くて重かった身体が軽くなり、力が入るようになっていく。

 ぼんやりとしていた頭の中がハッキリとしていく。


「はぁ、はぁ……ごめんね、チャロ。苦しかったよね?」

「……んっ? お、おい、大丈夫か⁉︎ 汗びっしょりだぞ!」


 俺の心配よりも自分の心配をした方がいい。

 エイミーの額から噴き出した汗がポタポタと滴り落ちて来て、俺の顔を濡らしていく。

 まるで、大粒の涙を流し続けているようだ。

 全体的に顔が火照っているし、どう見ても苦しそうだ。


「あとで沢山クッキー焼いてあげるから許してね」

「クッキーなんていいから、とりあえず休んでろよ。フラフラだぞ」


 相変わらず会話は一方通行だ。

 エイミーは盾を持って、フラフラと立ち上がった。この状態で戦うみたいだ。

 俺の方は何だか強くなった気がするけど、エイミーは弱くなったようにしか見えない。

 無理して立っているだけで、体当たりの一撃で倒されそうだ。


(あぁー、もぉー!)


 こんな状態の女の子を戦わせられない。というか、明らかに邪魔にしかならない。

 鉄柵とエイミーの間に移動すると、エイミーに向かって軽く体当たりした。


「邪魔!」

「あうっ……⁉︎ チャロ?」

「邪魔、邪魔、邪魔! さっさと外に逃げろよ!」

「チャ、チャロ? 怒ってるの?」


 なんて言っているのか分からなくても、怒っているのは伝わるはずだ。

 これで逃げないなら、足を噛んで……は走れなくなるから駄目だから、また体当たりしてやる。


「ジャアアッッ‼︎」

「っ……!」


 背後から聞こえて来た金属が折れる音に、慌てて振り返った。

 鉄柵の左下が外側に捲れ上がって、大きな隙間が出来ていた。

 その隙間を血に染まった化け猫が通り抜けようとしている。


「あぁー、もぉー! 何でこうなるんだよ!」

「グゥルルルル!」


 鉄柵を通り抜けた化け猫が、唸り声を上げながら近づいてくる。

 エイミーを逃す時間稼ぎをするなら、俺が捲れた鉄柵を通って、化け猫を誘導してもいいけど。

 追いかけて来なかったら、エイミーが一人っきりになる。そんなの危険過ぎる。

 結局、二人でどうにかするしかないのかよ。

 

「チャロ、怖いと思うけど、頑張ろうね。きっと大丈夫だよ」


 大丈夫じゃありません。あんたは今すぐに薬を飲んで、ベッドで休んでください。


「うおおおお!」

「あっ! チャロ!」


 ここは俺が頑張るしかない。化け猫に単独で突っ込んでいく。

 相手は鉄柵破りで疲れているし、負傷している。

 それに身体がさっきよりも軽くて、速く走れている。

 今がチャンスだと思うし、チャンスだと思いたい。


「フゥシャアアッ!」

「くっ、駄目か……」


 突撃をやめて、急停止した。

 いままでのように足の下に潜り込んで攻撃しようとしたけど、難しそうだ。

 突然、化け猫が四本の足を曲げて、姿勢を低くした。

 何度も同じ手を使ったから、学習して、対策を考えてしまったようだ。


 でも、所詮は猫の浅知恵だ。足が駄目なら、腹とか背中を噛み千切ってやる。

 わざわざ噛みやすいように姿勢を低くしてしまった事を後悔しろ。

 

 ♢

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る