秘密基地屋さん

クトルト

第1話 継がれる想い

小学生の頃は、親に隠れて

よく秘密基地で遊んでいた。


今思えば、秘密基地から帰った後は、

服や靴はドロドロに汚れていたので、

親にはバレていたのかもしれない。


でも、当時は自分しか知らない

というのがとてもたまらなく、

ワクワクした。



あれから、20年が経った……



「価格は5万円からとなっております」

「設置場所や広さなどによって価格は変わります」

「いかがいたしましょうか?」


「そうねぇ…」


「ママ、秘密基地ほしい!」


「しょうがないわね」

「じゃあ、お願いしてもいいかしら」


「はい、ありがとうございます」



俺の名前は光木(みつき)。

元々建築会社に勤めていた。

その当時、友人に子どものための

遊び場を作ってほしいとお願いされて、

せっかくならと秘密基地みたいなものを作った。


それが、意外と評判で、需要があると思った俺は、

独立して、秘密基地屋という商売を始めた。


俺とバイト1人の小さな会社で、

日々の生活に困らないぐらいは

稼ぐことができている。


こんな商売が成立するのも、

今の時代が影響しているのかもしれない。


コンプライアンスが強く言われ、

子どもが昔のようにリスクのある遊びが

できなくなった時代。


子どもの好奇心を満たすため、

親は安全な遊びを提供する。


安全な秘密基地は、

ちょうどいいのかもしれない。



「光木さん、さっきのお客さんは?」


バイトの橘君が話しかけてきた。


「今度訪問して、見積もりを作ることになったよ」


「よかったですね、最近注文多いですし」


「……そうだね」


「あまり、うれしそうじゃないですね」


「そんなことないよ」



ガタガタガタ……


橘君と話していると、

外から物音が聞こえてきた。


「光木さん、俺見てきますね」


橘君は外に出て行った。


橘君の言う通り、最近は注文が多いので、

バイトを増やすか考えていたところだ。


会社としては順調なのだが……

なぜか、俺はさみしさを感じていた。



「ちょっと、こっちに来い!!」


「痛てぇな、離せよ!!」


橘君が、小学生ぐらいの男の子の

首根っこをつかんで、

俺の元に連れてきた。


「橘君、この子は?」


「うちの看板に落書きしてたんですよ」


看板には、マジックで「ニセモノ」と書かれていた。


「落書きじゃねぇよ」

「注意してやったんだ!」


「何考えてんだ、クソガキ!」


「ガキじゃない!」


今にも2人は殴り合いをしそうな雰囲気のため、

俺が間に入り、事務所で改めて男の子から

話を聴くことにした。


「なんで落書きしたの?」


「大人が秘密基地なんか作るな!」


「なんで作ったらダメなの?」


「父さんが言ってたから……」


「どういうこと?」


「……父さんと一緒に、森に行った時に、古い小屋を見つけたんだ」

「秘密基地とかにできたら楽しいだろうなって思って」

「父さんにそのことを言ったら、作ってみるかって言ったんだ」

「手伝ってくれるのって聞いたら、

 秘密基地は子どもが作るもんだって言われて」

「父さんが道具を用意してくれたり、分からないことは教えてくれたりしたけど、

 作業は自分でやったんだ」

「だから、こんな店はニセモノなんだ!」


「そっか、ハハハ」


俺は思わず笑ってしまった。


「何がおかしいんだよ」


「キミのお父さんって、いいなって思ってさ」


「ウソつくなよ」


「ウソじゃないって」

「俺も秘密基地は子どもが作るべきだって

 思ってるからさ」


「……じゃあ、なんでこんな店やってんだよ!」


「それは……大人になったからかな」


「意味わかんねぇ」


今の時代にも、こんな子がいることが分かって

なんだかうれしくなった。

この子の作った秘密基地に

興味がわいてきた。


「どんな秘密基地を作ってるの?」


「すげぇやつだよ」


「見てみたいなぁ」


「はぁ?見せるわけないじゃん」


「俺は秘密基地のプロだ」

「プロに見られるのが怖いんだろ」


「そんなわけないだろ」


「言うだけなら、誰でも言えるからな」


「じゃあ、見せてやるよ」


最初は、生意気な小学生だと思ったが、

素直な子なんだと感じた。


「そういや、まだお互い名前を言ってなかったな」

「俺は光木だ」


「俺は……カンタ」


「じゃあカンタ、いつ見に行こうか?」


「今から来いよ」


「分かった」



店は橘君に任せて、

カンタの秘密基地に向かった。


人気のない林道から、

森の中に入ってく。


「ここは、勝手に入って大丈夫なの?」


「じいちゃんの森だから」


さらに10分ほど歩くと、

小屋が見えてきた。


「ここだ」


建物自体は古いが、

きれいに塗装されていた。

屋根もしっかり補強されている。


カンタはドアを開けた。


中に入ると、基本的な家具があり、

全体的にウッド調にまとめられていて、

温かみのある雰囲気を感じた。


確かに、カンタが自慢したくなるのは分かる。


棚には何十年も前の古い漫画と

最近流行っている漫画が

並べられていた。


古い漫画をペラペラめくってみた。

俺が小さい頃に見ていた漫画だ。

ページの最後に、シンタロウという名が

マジックで書かれていた。



部屋の隅には、木箱が置かれていた。


開けようと木箱に触れると


「おい!それは開けるな!」


カンタを無視して開けると、少し汚れたエロ本が入っていた。


「これは、お前の宝物か」


「ち、ちげぇよ」

「ご、ゴミ箱だよ」


顔が赤くなっている。


「分かった、そういうことにしておくよ」


「お前、むかつく」



カンタが言った通りだった。


この秘密基地は本物だ。


俺のはニセモノだ。


うれしさと悲しさを同時に感じた。



「もっと見たいか?」


「何を?」


「ついて来いよ」


小屋を出て、裏手に回ると、

2メートルほどの木の上に

人が2人ほど入れる小屋があった。

小屋から地面までは、木の階段でつながっていた。


「木の上に作るの、苦労したんだぜ」


確かに、最初の秘密基地より、

見た目はワクワクするが……


「最初の秘密基地って、お父さんは手伝ってくれたの?」


「分からないことがある時に聴くぐらいで、

 後は自分でやったんだ」


「じゃあ、この秘密基地を作る時も、お父さんに聴いたりしたの?」


「作り始めてすぐ、父さんは病気で死んだんだ」


「……ゴメン」


「謝るなよ」



そういうことか。

最初の秘密基地は、

しっかり補強されていた。


しかし、木の上にある秘密基地は、仕事が粗い。

いつ壊れてもおかしくない。


カンタは大ケガをするかもしれない。


「ハハハハハ」


「何がおかしいんだよ」


「やっぱり素人だな」


「なんだと」


俺は木の上の秘密基地の粗さを指摘した。

カンタは、反論したが、論破すると

下を向いたまま、悔しそうにしている。


「このままでいいのか」


「どういうことだよ」


「俺が作り方を教えてやってもいいけど」


「はぁ?誰がお前なんかに教わるかよ」


「やっぱり子どもだな」

「子どもだから、他人の意見を聴けない」

「自分の未熟さを認められない」


「うるせぇ!!」


「どうする?」


「……」


俺が立ち去ろうとすると


「待てよ」


「お、教えてもらってやってもいいぞ」


変な日本語だな。


「ちょっと聞こえなかったな」


「教えろって言ってんだ」


「じゃあ、1つ条件がある」


「条件?」


「今後、秘密基地は1人では勝手に作らない」

「これが守れるなら、俺の知ってることは教えてやる」


「……分かった」


俺はカンタと連絡先を交換した。


知らないオッサンが子どもと関わって、


何か勘違いされても困るので、


カンタの親に連絡をして、挨拶をしに行き、


事情を説明した。


嫌な顔をされると思ったが、逆に感謝され、


本当にいいんですかと、俺の事を気遣ってくれた。


話を聴くと、カンタは母親との2人暮らしで、


母親は、カンタが秘密基地を作っているのは知っていて、


危険なのでやめるように注意したが、


カンタは聴く耳を持たなかったようだ。



母親の許可を得て、カンタとの秘密基地づくりが始まった。


木の上の秘密基地は、強めな風が吹くと

今にも吹っ飛びそうな状態。

階段部分もグラついており、

欠陥だらけで、補強が必要だった。


基本的には、カンタ自身で作業を進められるように、


作成の手順や工具の使い方を伝え、


安全に作業が進められるように見守った。


カンタは覚えが早く、


簡単な作業は、1人で行えるようになっていった。



ある日


カンタと秘密基地作りの約束をしていたが、

急な仕事が入り、中止となった。


仕事が終わり、会社に戻ると、


ピロピロピロ


会社の電話が鳴った。

受話器を取ると、

カンタの母親だった。


「あ、あの、カンタ、カンタはそちらに行ってませんか?」


慌てた様子だった。


「どうしたんですか、落ち着いてください」


「はい……」


母親によると、18時になっても家に帰ってこないので、

カンタが行きそうなところに電話をかけているという話だった。


「分かりました」

「もしかしたら、秘密基地に行ってるかもしれないので、

 探してきます」


「じゃあ、私も……」


「いえ、カンタ君が家に帰ってくる可能性があるので、

 家で待っていてください」

「後でまた、連絡します」


「分かりました」

「カンタをよろしくお願いします」



急いで、秘密基地に向かった。


カンタはすぐに見つかった。


秘密基地の階段の前で倒れていた。


カンタのそばには、工具箱と壊れた階段の木の破片が落ちてあった。


すぐに救急車を呼んで、母親にも連絡をした。


診察の結果、足を骨折しており、


1か月ほど入院することとなった。



病室には、ベットで横になっているカンタと、


カンタを見つめる母親がいた。


俺は母親に謝罪した。


「すみませんでした」

「俺が一緒に作るなんて言ったから」


母親は申し訳なさそうな顔で、俺を見て言った。


「とんでもないです」

「カンタがご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」

「ルールを破ったカンタが悪いんです」


母親は、カンタに言った。


「もう秘密基地は禁止だから」


「嫌だ」


「わがまま言わないの!」

「光木さんがいなかったら、まだカンタは、

 森の中で倒れたままだったかもしれないのよ」


「……別に、助けてもらわなくても、

 自分で何とか出来たし」


母親は、カンタを睨みつけた。


「いいがげんにしなさい!!」

「さっきから、わがままばっかり!」

「光木さんに言うことがあるんじゃないの!」


カンタは黙ったままだ。


母親は何度も頭を下げ、カンタは下を向いている。


俺が部屋を出ようとすると、


「……ご……めん」


振り向くと、カンタは下を向いていた。


カンタは悔しそうな顔をしていた。



俺が病室を出た後、母親も部屋を出て、

俺に話しかけた。


「カンタが失礼なことを言って、すみませんでした」


「大丈夫ですよ」


俺は気になっていたことを聴いた。


「あの小屋の秘密基地って、

 もしかして、カンタ君のお父さんも小さい頃、

秘密基地にしてたんじゃないですか」


「そうなんですか?」


「秘密基地には古い漫画がありましたし、

 屋根の補強なんて、カンタ君には到底できないですよ」


「夫は、たまたま祖父の森で見つけたって」


「古い漫画に シンタロウ って書いてあったんですが」


「夫の名前です」


「旦那さんは、カンタ君にも自分と同じ経験を

してほしかったのかもしれないですね」


「うっ、うっ……」


母親は泣いている。


「カンタ君が元気になったら、また連絡ください」


「ありがとうございます」




半年後


「光木さん、この新しいサービス評判良いですね」


「そうだね」


「でも、バイト1人はきついっすよ」


「だから、今日から斉木(さいき)さんに来てもらったんだよ」


俺の隣には、新人バイトの斉木さんが立っている。


「すみません、まだお力になれなくて」


「全然大丈夫ですよ、十分助かってます」


「橘君なんて、最初は全然ダメでしたから」


「光木さんひどいですよ~」


ピロピロピロ


「橘君、電話だよ」


「はい、は~い」


橘君は電話対応を始めた。


「でも斉木さん、本当に良かったんですか」


「はい、カンタが中学に上がったら、

 仕事を始めようと考えていましたから」


斉木さんはカンタの母親だ。


「それに、ここで働かせてもらったら、

カンタの事をもっと知ることが

できるかもしれないって思うんです」


「そうですか」


「じゃあ私は、掃除をしてきますね」


「お願いします」


斉木さんは、会社の裏の倉庫に行った。



カランコロンカラン


俺の前にお客さんがやってきた。


「いらっしゃいませ」


「こちらで、子ども用の秘密基地を

作ってくれるって聞いたんですが」


「はい」


「おすすめみたいなのってありますか」


「そうですね……」


「最近始めたサービスなんですが、

親子で秘密基地を作るっていうプランが

あるんですが、どうでしょうか」



おわり

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