一荒には過ぎ去らない今

 奇乃あやのは秋の風に乗せて翼と尾を伸ばす疾羽鳥はやはとりを見上げながら、駅の前で列車を待っていた。


 奇乃がまた旅に出るのではない。彼女は列車に乗ってくる人達を出迎えるために待っているのだ。


 奇乃の眸が、時刻通りに駅に滑り込む列車とそこに乗る二人の存在を観て、体をくるりと回した。


 二人が小さな木造の駅を潜り抜けるのを待っていたかのように、列車は次の駅へと向かって去っていく。


「お待ちしておりましたわ」


 お泊まりの用意をバッグに詰め込んで肩に食い込ませている二人を、奇乃はにこやかに迎え入れた。


「うん、来たよ、奇ちゃん」


 二人の内の一人、実景みかげは誇らしげに胸を張って、奇乃の前に立つ。


「あ、あたしも一緒でほんとによかったのかな?」


 そしてもう一人の女子高生は、どぎまぎと奇乃や、その後ろに迫る山の景色を見て怯えている。

 奇乃が大勢を一人で再起不能にしたのを知っている身の上ではあれば、さもありなんと言ったところだ。


「勿論、実景ちゃんのお友達ですもの。もうわたくしの友達だと言っても過言ではありませんわ。何に襲われようとも、護り抜いてみせますわ」

「襲ってくるものがあるの!?」


 奇乃が目を凄ませて言えば、彼女はびくりと体を跳ねさせた。


「奇ちゃん、冗談で真澄ますみちゃんを脅かさないでくれる?」


 実景がジト目を向けると、奇乃はけらけらと笑って誤魔化した。


「さぁさ、折角いらしたのですから、こんな何もない駅で喋ってないで行きますわよ。お二人に見せたい場所も、食べてほしいものも、幾らでもありますもの」


 奇乃は迎え入れた客人の返事も聞かず、踵を返して落ち葉を踏んで、ふかい香りを立たせる。


 実景は呆気に取られている隣の親友の手を取り、前を行く親友を追いかけて朽ち葉を踏み鳴らした。


 踏まれて砕けた落ち葉の姿は、誰も近寄らずに形を保つ直ぐ隣の一葉よりも、何処か満足そうに見えなくもなかった。

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一荒に新ためる 奈月遥 @you-natskey

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