第2話 昼のキャバクラで震えながらどら焼きを食べた

自分で言うのも何ですが、私はわりと社会不適合者だと思うんですよ。

だから、職も転々としているんですが、以前、不動産屋さんの雑用係をしたことがありました。


そこは主にテナントを扱っている不動産屋さんでして、顧客はぶっちゃけキャバクラがメインっていう、まあ、ダークな不動産屋さんでした。


で、私の仕事は何かというと、新しくキャバクラをオープンする予定のお客様に現地を案内したり、店子さんからの苦情を上に伝えたり。あとは家賃を滞納された方への督促ですね。


正直そういうのってどうなのって今では思うし、女の人が売られる場所を提供する仕事ってどうなのって感じですが、そのときはそういう仕事もあるんだと自分を無理に納得させていたように思います。お給料が良かったので、自分の心を偽ってしまった……。


そういう仕事なものですから、私がキャバクラ店に行くのは主に昼間なわけです。お店が営業中の夜に「家賃払ってください」なんて言いにいくわけにもいきませんから。内見にしても、店長さんと話すにしても、営業中は無理。だから昼に行く。


そこで気づいたんです。

昼間のキャバクラって、店内にいるのは男性ばっかりなんだということに。


店長とか経営者とかのオジサンが、昼のキャバクラ店内で事務作業や打ち合わせをしているんですね。お札を数えたりしている。そういう光景を見て、キャバクラや風俗ってのは、女を使って男が儲けるシステムなんだなってすごく実感しました。夜の街で儲けているのは女じゃなくて男ですよ。


それでいて、高級腕時計を身につけて高級車を乗り回すオジサンたちから「昼は打ち合わせや事務作業で店に来て、夜も営業時間でずっと店にいるから、家族と過ごす時間が取れない。俺たちって可哀想だ」みたいな愚痴を聞かされて、オジサンたちってそういう認識なんだなってびっくりしました。全然可哀想じゃないと思いますけどー。店長のポストが嫌なら、キャバ嬢にでも譲ったらどうですか。


たまにママと呼ばれる女性とお会いすることもありましたが、経営は表向きだけというか、実際の所はオジサンたちに任せっきりだった人ばかりでした。うちが差し出した書類に、周囲の男性たちから言われるがままサインしたり。経営者だけど経営者じゃないって感じでした。これがスナックとかパブとかになってくると、ママが本当に経営してるなってところも出てくるんですが。


基本、夜の街はオジサンたちが仕切っている。


ただ、女たちの上に立つオジサンたちにも上下関係があって、なんだかとても体育会系といいますか、結構ギスギスしていて怖かったです。



あるとき、家賃の督促に某キャバクラに出向きましたら、どこからどう見てもカタギとは思えないド派手なスーツの男性が、ソファにふんぞりかえって葉巻をくわえておりました。葉巻とか怖い。

その男性の周囲には数人の男性が気をつけの姿勢で立っていて、微動だにしないんですよ。まるでお地蔵さんのよう。


そして、1人の若い男性が腰を90度に曲げて、ソファの男性に頭を下げていたんです。若い男性はたぶん黒服の人でした。


えっ、何コレ。どういう状況なの、怖い……。


と私が震えていると、もう絶対カタギじゃないなっていう話し方で、

「姉ちゃん、どうした、何の用だ……?」ってソファの男性から聞かれました。


「お、おおお家賃が今月分がまだ入金されておりませんので、お忘れなのかな? って思って、あの、お忙しいところ済みません」って震えながら言ったら、


「今ちょっと取り込み中だけど、金はすぐ用意するから待ってくれ」って言われました。その人がお地蔵さんに何か指示すると、一人がその場からいなくなりました。


そして、ソファの男性はなぜか私にどら焼きを手渡してきたんです。

「金を待ってる間、手持ち無沙汰だろうから、これでも食べててくれ」って。


この状況で食欲とか全然ないんですけど、断るのも怖いし、どら焼き食べないと殺されるかもしれないぐらいの気持ちで、私は食べ始めました。というか何でどら焼きを持ってたんですかね、この男性は。ご自分用のおやつだったんでしょうか。有名店のどら焼きでした。お高いやつ。


私がどら焼き食べ始めると、ソファに座った男性は、頭を下げてる男性に向かって、

「どう責任とる気だ」とか「わかってんのか」とか言い出したんですよ。あっ、私の存在は無視して、お話の続きが始まるんですね。きっと黒服の若い男性が何かミスをして、それを責められてるのだろうな。


これもうどんな気持ちでどら焼きを食べればいいんですか。怖い。


震えながらどら焼きを食べるだなんて我ながらすごい人生経験してるなって思っていたら、その黒服の若い男性は土下座して、床におでこをこすりつける勢いで「済みませんでした!」って涙声で言い出したんですよ。どんな失敗をしたのか知りませんが、土下座するとか異常だと思う。部下をそういうふうに追い込む職場っておかしいって思いました。が、そんなこと言えるわけもないので、黙ってどら焼きを食べることしかできません。



泣きながら土下座する男性の隣で、立ってどら焼きを食べてる私、シュール過ぎませんか……。



土下座する男性を見下ろすのも気の毒だし、かといって、じゃあ、どこを見ていればいいのかもわからず、自分の足のつま先を見つめながら、心を殺してどら焼きを食べるしかありませんでした。



緊張すると唾液ってあまり出なくなるんでしょうか。口の中から水分を奪われて、なかなか飲み込みにくかったけれど、どうにかどら焼きを食べ終わった頃、お地蔵さんが戻ってきまして、滞納していた家賃を渡してくれました。その場で領収書を切りましたが、もう字がガッタガタ。怯えてますからね、線がまっすぐ引けない!



そんなことがあって、昼のキャバクラに行くの怖い! ってなって、この仕事は辞めました。ちなみにそのとき受け取ったお家賃は約120万円でした。裸でぽんと渡されました。まるではした金のように。そういうところも怖かったです。



あと、この不動産屋さんに勤めている間は、夜の繁華街に行くと、路上にいる顔見知りの黒服や店長さんたちから「お疲れさまです」って声を掛けられていたので、ある意味安全に夜の街で遊べました。

カタギじゃなさそうな人、それも複数のヤバそうな人や黒服からお疲れって言われる女にちょっかい出すやつはいない。ダークパワーに守られてるとでもいうんですかね。まあ、まやかしのパワーですけども。

本当はそれだけじゃなくて、警察のパワーに守ってもらってる側面もあっただろうと思います。警察のガサ入れに立ち会ったりもしてたし(不動産屋として)、顔見知りの警察の人と繁華街で会ったら立ち話をしたりとかもしてたし。キャバクラの店長たちは警察の人とあまり話をしたがらないから、私を通じて警察に要望を出したり、警察も私を通じて店に注意喚起を促したりとか、メッセンジャー的な仕事もやっていました。それが私を守る盾になっていた部分もあったんだろうなって思います。盛り場で2年ほど働いていたのに、怖い思いをしたのは一度だけ、どら焼きの件だけだったんですから。本当はもっと怖い思いをしていてもおかしくなかったのかもしれなかったな。虎の威を借る狐とはこのことか。そういうのに慣れるのも良くないなって思った。




いま、この時代にもらったお名刺とか挨拶状なんかを処分している真っ最中なんですが、和紙とか金糸を織り込んだ紙とかを使った派手な名刺おおすぎで残念。シュレッダーにかけてもリサイクル業者が引き取ってくれないやつー。あと両面カラー印刷の名刺も多い。これはリサイクルできるけど。とにかく派手なのばっかりだなあ。名刺って業界の特色が出ますね。


ちなみにシュレッダーにかけたゴミは業者に引き取ってもらって、そこで発生したお金は年末の赤い羽根募金に寄附する約束をしています。1円でも多く寄附できるよう、過去をシュレッダーで細断する作業をいまめっちゃ頑張っています。

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