5分で読める物語 『四つ葉のクローバーの君へ ~悪魔の様な最強戦士が、天使の様な修道女に恋をした~』

大橋東紀

四つ葉のクローバーの君へ ~悪魔の様な最強戦士が、天使の様な修道女に恋をした~

 仕事が終わった後、血糊のついた服をランドリーに放り込み。

 シャワーを浴びて、体に付いた他人の体液や吐瀉物を洗い流すと。

 わざわざ作業着に着替え、仕事帰りを装いセントラル通りに出かける。

 それがダニーの日課だった。


「お帰りなさい、ダニーさん」


 街はずれの孤児院の子供たちと、その面倒を見ている修道会のシスター・ケイトが、自分たちが栽培した野菜を売りに来ていた。


 シスター、今日も可愛いなぁ……。

 異国のエキゾチックな顔立ちが、黒い修道服に意外と似合う。


「あの、ダニーさん?」


 怪訝そうにシスターに言われ、あわててダニーは取り繕う。


「きょ、今日はポトフを作ろうと思ってね!人参とジャガイモと……」

「ホントに自炊なんかするのかよ、ダニー」


 生意気そうな子供がいい、周囲の子供たちもドッ、と笑った。


「明日はいよいよ、この子たちも楽しみにしているチャリティ・バザーですの。ダニーさんも来て下さいね」

「はっ、はい、もちろん!」


 その和やかな雰囲気を、罵声がブチ壊した。


「臭ぇ!くっせぇ、異民族の臭いがするぜ」


 振り返ると。ガラの悪そうなチンピラが数人、難癖を付けて来た。


「ヨソの国から流れ込んできた難民が、俺たちのゼニを奪ってんだ」

「さっさと自分の国へ帰れ」


 チンピラたちの恫喝に、孤児院の子供たちがおびえて固まる。

 思わずダニーは、子供たちを庇って前へ出て、チンピラの一人の胸倉を掴んだ。


「ダニーさん、止めて下さい!」


 子供たちを抱きしめながら、シスターが言った。


「子供たちの前で、暴力は……」

「くっ……」


 ダニーが手を離したので、チンピラどもは勢い付いた。


「ようよう、どうしたカッコマン」

「威勢がいいのは口だけか?」


 その時。


「よぅ、ダニー」


 ブレーキ音を響かせて近くにジープが止まった。

 その運転席には、迷彩服の上に防弾チョッキを羽織った女が乗っている。


「手を貸そうか?」


 そう言うと女は、自動小銃を掲げてニヤッと笑った。


「よせやい。キャサリン。お前に頼むと高いだろ」


 チンピラどもが「バウンサーだ」「雇われ用心棒だぜ」と色めきだつ。


「へん、異民族の臭いが移るから、ここらで商売するんじゃねぇぞ!」


 キャサリンの武装に恐れをなしたチンピラ達は、捨て台詞を吐くと、足早に去って行く。

 追いかけようとしたダニーの前に、ジープを降りたキャサリンが立ちふさがった。


「ほっとけほっとけ。それより、お前が狙ってる尼さんって彼女か?」

「ば、バカ野郎!シスターに失礼な事言うな!バチが当たるぞ!」

「今夜ゆっくり聞かせろよ。いつもの店でな」

「あぁ、ジャックのカウンター・バーで!」


 そう言うとジープの運転席に飛び乗り、走り去るキャサリン。

 その後ろ姿を、シスター・ケイトは不安げにいつまでも見ていた。

 

 行商を追え、荷車を孤児院まで運ぶのをダニーが手伝った後。

 片づけを子供たちに任せ。

 シスターは、ダニーを裏庭に誘った。


「うわぁ、もうバザーの準備は出来ているじゃないですか」


 いつもは殺風景な孤児院の裏庭に、出店や屋台が並んでいる。

 簡単な遊具もあり、ちょっとした移動遊園地にも見えた。


「普段、お世話になっている方への、感謝の意味もありますからね」


 微笑んでいたシスターは、急に表情をきつくして言った。


「さっきのお友達、兵隊みたいでしたけど……」


 次の言葉に、ダニーは心臓を射抜かれた様な気がした。


「ダニーさんも、兵隊なんですか?」


 いつもと違う、どこか怯えた様なシスターの視線に戸惑いながら、ダニーは答える。


「お、俺もキャサリン……さっきのアイツも、兵隊なんて大したもんじゃないよ。金で雇われる、ただの用心棒です」


 溜息をつくと、シスターは言った。


「民間の傭兵ですね……。でも、銃で人を撃ったりするんでしょう?」

「そりゃ、相手が撃って来た時には」


 シスターが口を両手で覆って小さく悲鳴を上げたので、ダニーは慌てて言った。


「そんな事は滅多にありません。大金を運ぶ時の護衛や、誘拐された人物の救出が、主な仕事ですよ」


 あとは、まともに商売している人間に害を成す、街のダニの始末。


「人を殺した事は、あるんですか?」


 思わず黙りこむダニーに「ごめんなさい」と詫びてから、シスター・ケイトは言葉を続けた。


「私も、ここにいる子たちも祖国を追われて逃げて来たんです。家を焼かれて、家族を殺されて」


 そして逃げ伸びた先でも、難民として差別される。

 その苦難は、ダニーも目の当たりにしてきた。

 シスター・ケイトはバザー会場の中に歩み入ると、クローバーが群生する中にしゃがみこんだ。


「だから怖いんです。武器を突き付けて、大きな声で脅かす人は。ダニーさんは優しいのに。なぜ人に暴力を振るう仕事をしてるんですか?」

「この国だって、平和じゃありません」


 背中を見せるシスターに歩み寄りながら、ダニーは言った。


「内戦こそ収まりましたが、まだ政府も警察も機能してません。さっきの連中みたいのがウロウロしてるんですよ」

「ダニーさん……」

「だから必要なんです。この世のドブさらいをする連中がね。正義の味方を気取る気はありません。金を貰ってやってますから」


 シスターは立ち上がると、ダニーの方に向き直り。

 今、摘んだ四つ葉のクローバーを、彼に差し出した。


「あなたは、人を撃ったり殴ったりする人じゃないわ。修道会にお願いして仕事を探してもらいます。一緒に子供たちの為に働きましょう」

「ありがとう、シスター」


 四つ葉のクローバーを受け取ると、ダニーは微笑んだ。


「バザーの成功、祈ってますよ」



「そうかぁ。アタイが声をかけたから悪ぃ事をしちまったな」

「気にすんなよ。いつかはバレる事だ」


 その夜、ジャックのカウンター・バーで。

 ダニーはブランデーを煽りながら、キャサリンに愚痴を聞いてもらっていた。


「しかし、そのケイトって尼さん、ちょっと頭がお花畑じゃないか?」


 キャサリンの言葉に。グラスの氷を転がしながら、憮然とダニーは言った。


「俺たちは、銃を突きつけられて故郷から追い出された経験は無い。ドブネズミを喰って生き延びる様なスラムだが、故郷はある」

「一緒にすんなよ!アタイはドブネズミは喰った事ないよ」


 キャサリンがカラカラと笑った時。


「ダニー、やっぱりいた!」


 昼間、シスターと野菜を売っていた孤児院の子が、店に駆け込んできた。


「わっ、何だよ、子供が起きてる時間じゃないぜ!」

「昼間、この店に行くって話をしてた。ジャックのカウンター・バー。助けて!ホームが……シスターが大変なの」

「なんだって?」


 ダニーとキャサリンが駆け付けた時には。

 バザー会場の屋台や飾りつけが、見るも無残に、破壊されていた。


「ダニーさん……」


 そこには、魂を抜かれたかの様に呆然としたシスター・ケイトが立っていた。

「ちょっと目を離した隙に、こんな事に……」


 ダニーの脳裏を、昼間、絡んできたチンピラ達の姿がよぎった。

 あいつらか……。


「なぜ、私たちが、こんな目に……」


 大地に両膝をついたシスターの目から、涙がこぼれ落ちる。


「私たちが一体、何をしたって言うの?」


 故郷を追われ、幾つもの理不尽を飲み込んできたシスターならではの涙だった。


「何もしていなくても酷い目に合う。それがこの世の中ですよ」


 シスターにではなく、自分に言い聞かせるかの様にダニーは言った。

 だから、俺みたいなのが必要なんですよ、シスター。

 ダニーは、孤児院の子たちが、玄関に集まっているのに向かって言った。


「大きな子は出てこい。男の子だけだ」


 十二、三歳くらいの男子が数人、おずおずと出て来た。


「何をするんですか?ダニーさん」


 オロオロするシスターの前で。

 ダニーはポケットからメモ帳を取り出し、サラサラッ、と何かを書きつけながら言った。


「夜明けまでに、全部直す」


 その言葉に、その場にいる全員が驚いた。


「えっ、コレを一晩で?」

「そんなの無理だよ」

「前と同じにする必要はない。客から見える表側だけ直せばいい。あとはペンキを派手に塗れば、ごまかせる」


 キャサリンが口笛を吹いて言った。


「なるほど。ダミーのバリケードや塹壕を作る手口と一緒だな」

「ようし、君」


 メモ帳を破って渡すと、ダニーは一人の少年に言った。


「東通りのボストン商会に言って、ここに書いた物を貰って来い。『スカル・ダニーの使いだ』と言え。あそこの店主には、三回、命を救った貸しがある」

「坊やには荷が重い。アタイが一緒に行くよ。何だか面白そうだ」


 キャサリンがニカッと笑った。


「じゃぁ、ついでに心当たりを回って、手伝ってくれる奴を集めてくれ。俺が一回、貸しにするって言っていい」

「あんたに貸しが作れるなら、皆、喜んで手伝うぜ。坊や、行くぞ」


 やがてキャサリンは、大量の板や塗料に工具、そして十数人の男たちと戻って来た。

 結局、孤児院の子供たちは寝かせて、ダニーとキャサリン、そして彼女が連れて来た男たちだけで会場を直す事になった。


「シスターもどうか、お休みください」


 男たちに指揮をしながら、ダニーは言った。


「でも……」

「あなたには、明日のバザーを成功させるという仕事がある」


 そう言うとダニーはニコッ、と笑った。

 他人を安心させる、彼の笑顔がシスターは好きだった。


「ダニーさん、お願いです。明日は何処にも行かないで、そばにいて下さい」

「当たり前じゃないですか。おやすみなさい」


 裏庭で作業する音に気を取られ。心配で寝付けないシスターだったが。

 疲れからか、いつしか眠りに落ちた。


 そして、目覚めた朝、彼女が見たのは。

 見事に修復されたバザー会場と、そこで眠りこけるキャサリンたち。

 だが、その中に、ダニーの姿は無かった。


 慌ててバザー会場に駆け入ったシスターは、テーブルの上に「シスターへ」と書かれた封筒を見つけた。

 震える手で、中に入っている手紙を開く。


『さようなら。シスター。いつか、天使と悪魔が共に暮らせる時代が来ますように』


 手紙に挟まれていた四つ葉のクローバーが、ハラリと落ちた。



「どうなってんだ!あんだけブッ壊したのに、今日バザーをやるって言うじゃねぇか!」

「こうなったら、バザーに乱入して、異民族の肩を持つ奴らをブチのめそうぜ!」


 アジトでいきり立つチンピラの中で、一人、震えている者がいた。


「やべぇよぉ……。俺、聞いちまったんだよぉ。ゆうべ、孤児院に人を集めてるのが、“スカル・ダニー” だってよぉ」


 その時。ダーン、とドアを蹴り破る音がした。


「お前らは運が悪い。いや、自業自得か」


 チンピラどもが振り向くと。そこにはダニーが立っていた。


「俺個人の恨みなら、情けもかけられたが……」


 胸元から黒いバンダナを取り出すと、ダニーは自分の口を覆うように、巻き付けた。


「昨晩、あんたらが壊した物を直す為に、沢山の人に力を借りて、貸しを作っちまった。それを返す為に、仕事をしなけりゃならない」


 ギュッ、とダニーの顔の下半分に巻かれた黒いバンダナには。 

 真っ白な、髑髏が描かれていた。


「あんたら相当、恨みを買ってるね。五、六人から抹殺依頼を受けたぜ」


 髑髏のバンダナを巻いたダニーを見て、怯えていたチンピラが悲鳴を上げる。


「スカル・ダニーだ!この町で最強の傭兵だ!」


 ジャラッ、と両手に持った凶器を掲げ、ダニーは乾いた声で呟いた。


「ご名答。賞品は、地獄への片道切符だ」 

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