・開拓編 マグダ族の定住地にホッカイドーを移植する

「わっわっ……この子、速い……っ!」

「ソイツは俺の馬にするにはまだ少し小さい。お前さんに任せたぜ、ツィー」


「え、いいのっ!?」


 エスリンちゃんめ、粋な計らいをしてくれやがる……。

 負けた俺に正規の報酬をくれたばかりか、エナガファームで売れ残っていた1歳馬をこちらの世界に運んでくれた。


「俺が育てた馬だ、大事にしてやってくれよ」

「名前はっ!?」


 さあ開拓を始めようと意気込んだところで、フラリとタロウのやつが迷い込んできたんだ。

 タロウに聞いた話では俺が去ってより数日後、白くてふわふわの髪をした女性がエナガファームを訪れて、評価額の3倍で自分を買い取ったと言っている。


 バーニィに会いに行きたいかと聞かれて、素直に『会いたい!』と答えたら見知らぬ草原で目を覚ましたらしい。


「名前はタロウだが、それは牧場での仮の呼び名だからな。ピンとくるのがあったら新しく付けてやったらいいぞ」

「凄い凄いっ、この子ならどこまでも走っていけそう! 今日からよろしくね、タロウ!」


 ま、そんなことがあったが開拓の方が今日の本筋だ。

 新種の馬サラブレッドに遊牧民たちの注目が集まる中、俺は虎クターの座席へとまたがった。


「それ、本当に動くんですか……?」

「当たり前だろ。おおそうだ、背中側に乗れよ」


「い、いいんですかっ!?」

「男の子はこういうのが好きだからな、ほらっ、手を貸しな」


「で、でも……やっぱり、くっつくのは、恥ずか――あっ?!」


 モジモジしててまどろっこしいので引っ張り上げた。

 虎クターに後部座席なんてねぇが、ラトを背中に張り付かせてどうにかこうにかだ。


「さあ開拓開始だ! お前ら見てろよっ、コイツがマグダ族救済の奥の手だっ!!」

「わっわっ、うわぁっっ?!」


 さあ動けとキーを挿し、デーゼル式なんとかかんとかを起動させた。

 俺だって最初はこのうなり声に驚いたもんだが、今では頼もしいどころか男らしい雄叫びにすら聞こえてくる。


 誰も回していないというのに車輪が独りでに動き出すと、ラトとマグダ族の驚愕はさらにでっかくなった。


「わっわっわっわぁぁーっっ?!」

「見てろよ、ラト。これがホッカイドーの超技術力だ!」


 シノさんに教わった通りに操作して、正面のえげつないクワを回転させて大地に下ろした。

 荒れ果ててガチガチ固まっていた大地が次々と掘り返され、やわらかく砕かれ、進めば進むほどに耕作地がみるみると広がっていった。


「うわ凄いっ! それうちも乗せてよっ、バーニィ!!」

「あー聞こえねぇ、よく聞こえねぇなぁっ!!」


 生み出される騒音が騒音なので、誰が何を言っているやら上手く聞き取れない。

 だがどいつもこいつも明るい表情を浮かべて、いともたやすく広がってゆく耕作地の姿に興奮していた。


 ホッカイドーではたかが虎クターだ。だがマグダ族の定住地では、広大な耕作地をいともたやすく生み出す機械じかけの地母神そのものだった。


「その輪っかを回すと方向が変わるんですねっ、これ、凄いですっ、これがあればボクたちでも畑仕事が出来ますね!」

「飲み込みが早いじゃねーか。ならその調子で運転を覚えてくれよ。一日中こんなの乗ってたらケツが死んじまう」


 ラトの小さな手を取って、俺はトラクターのハンドルを握らせた。

 そうすると昔のことを思い出す。ラトのカーチャンは、遊牧民にしておくには惜しいくらいに可憐な人だった。


 ああ、歳をとっちまったもんだな……。あの頃は俺だって純粋でよ、あの子の一挙一動にときめいていた……。


「あの、バーニィさん……っ、いつまで、ボクの手、触って……っ、人前でこんなの、恥ずかしい……」

「そうはいかねぇ。俺の代わりに運転出来るようになってくれねぇと困るんだよ」


「で、でもぉ……」


 声を上擦らせて恥じらうその姿は、死んじまったお前のカーチャンにして欲しかった反応だ。

 昔惚れた女にうり二つの少年が、頬を赤らめて恥じらう姿はなんかこう――悪かねぇが、かなりの葛藤を強いられた。


「ヒャァァッッ……!?」

「おっとすまん、尻に土埃が付いてたぜ」


 反応が面白いんで、その後も何度かちょっかいをかけてやった。



 ・



 荒れ地を50m四方ほどまで掘り返すと、次に俺たちはカガク肥料とやらを蒔いていった。

 それは光沢のない真珠みたいな粒で、にわかには信じがたいが土に足りない栄養を飛躍的に高める力があるそうだ。


「なんか綺麗……。これ、ちょっと貰ってもいい……?」

「いいけどよ、肥料だぞ、それ?」


「でも白くて丸くてかわいいよ……?」

「そうか? んなもんあっちじゃ珍しくもなんとも……いや、なんでもねぇ」


「ねぇ、バーニィ。さっき、ラトの横顔に見とれてたでしょ……」

「見てたのかよ。いや違うんだ、お前らがカーチャンにあまりに似てきているんでな……。ありゃ、マジでいい女だったんだよ……」


 外から騎士リトーに連れられてきた俺と、ずっとここで暮らしてゆくバド相手では、最初から勝ち目なんてなかった。


「バーニィって、うちらのお母さんのこと好きだったの……?」

「さあな……。昔のことは忘れたわ……。うしっ、次は小麦だっ、小麦を蒔くぞっ!!」


「あ、ごまかした」

「驚けよ、お前ら! この小麦はな、女神様の祝福付きなんだぜ! 嘘かホントか、倍の速度で成長するらしいぞ!」


 遊牧民たちを哀れんで、エスリンちゃんは成長が倍加する魔法をホッカイドーの小麦にかけてくれた。

 土壌との相性が悪くなければ、三ヶ月後にはたわわな麦穂が大地を黄金に染めるだろう。


「ねぇねぇ、バーニィ」

「なんだよ……」


「お母さんは、バーニィのことなんて呼んでたの?」

「あ、ああ……。バニーくん、って呼んでくれてたな」


「ふーん……それってこんな感じかな? 『バニーくん、帰ってきてくれてありがとう♪』 ……ふふーん、これでどうかなっ!?」

「まあまあだな」


「何だよっ、その微妙な反応っ!?」

「そういう男っぽさがどうもな。それならラトの方がよっぽどカーチャンっぽいぜ?」


 バドから双子が生まれたと喜びの手紙が届いて、それから定期的に届いていた手紙がすっかり途絶えた。

 産後の肥立ちが悪くて亡くなってしまったと聞いたのは、その2年後だ。俺は彼女がずっと好きだった。


「んん……バニーくん、大好きよ。私の娘たちをお願いね。……こんな感じでどう?」

「おっさんをこれ以上もてあそぶな……」


「あっ、もしかしてグッときた……?」

「うるせぇよ……」


 その日は小麦畑を作り、その翌日はハスカップにアスパラにジャガイモの畑も作って、翌々日は小屋を建ててナメコの原木を設置した。


 それらと平行して、牧草地に新しいジャパン製の牧草を蒔いてゆけば、現状は何も豊かになっちゃいないが、暗い未来に薄明かりが灯っていた。

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おっさんスタリオン 異世界からきたおっさん騎士は北海道で馬を育ててダービーを制覇するようです ふつうのにーちゃん @normal_oni-tyan

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