第27話 リケ女、登場
食事を終えても、やはり睦美の言葉数は少なく、それによって弥生も少しやり辛そうだった。
だから、することと言えば一心不乱にモンスター狩り。川沿いのこの辺りはウサギが多く生息しているようで、倒したモンスターは全てウサギだった。一体あたりで換算すると手に入るポイントは少ないが、多くのモンスターを倒せたので、合計としてはまずまずの収穫だったのではないだろうか。
「……そろそろ日が暮れそうだな」
太陽が地平線の際まで低くなり、空を赤く染めている。中々綺麗な景色だが、ずっと見とれている訳にもいかない。
夜の自然は、本当に怖い。磯で夜釣りをしていたら、いつの間にか満潮になっていて、岩の上に取り残されたあの恐ろしさを……俺は未だに忘れていない。
「早いところ、寝る場所を決めた方がよさそうね」
弥生は辺りを見渡す。
「あの辺りとか、いいんじゃないかしら?」
弥生が指さしたのは、一際大きな岩。ちょっとしたコテージくらいはあるだろうか。
彼女の指示に従って、その岩まで歩いて行く。
……と。
先頭を歩いていた弥生が、右手で二人を制す。
「なにか音がするわ」
海斗も耳を澄ませてみた。……確かに、岩の向こうから不自然な金属音が聞こえてくる。
「俺が先に様子を見てくるよ」
「分かったわ。気を付けて」
俺は岩伝いに、一歩ずつ裏側へと近づいていく。
……しかし、ちょうど反対側に来てみても、なにもいない。
とりあえず、二人に「ここは安全だ」という旨をジェスチャーで伝え、こちらに来てもらう。
「おかしいわね。確かに音がしたのに……」
妙だと顔をしかめる弥生。
「……あれ、これなんだ?」
見れば、岩と地面の間から光が漏れている。海斗は屈んでそこを覗き込むと。
「これ、中に入れるんじゃないか?」
ちょうど人が通り抜けられるくらいの穴が空いていた。しかも、潜り抜けた先は空洞らしい。
「本当ね。しかも、音はこの中から聞こえてくるわ」
これは、モンスターの巣なのか? 金属音が聞こえるってことは、ウロコフネタマガイだろうか。だとしたらポイントを稼ぐチャンスだが。
「どうする? 中を確認したいけど……」
穴の出口で待ち伏せされていたら、ひとたまりもない。
「とりあえず竿でも突っ込んでみて、探ってみたら?」
弥生がそう言った時。
「そこに誰かいるのかな。いるなら『ボトリオスフェリヒドロフラン』って返事して」
岩の内部から声が響いてきた。人間の声、それも女性の声だ。
「(返事した方がいいかな)」
「(とりあえず人間の可能性が高いから、警戒しながら会話してみましょう)」
弥生の後押しもあり。
「ミツクリエナガチョウチンアンコウ!」
「……う~ん。知的生命体であることは確認できたけど、知能が低いのかなぁ」
「いや、そんな長い言葉覚えられないよ。それともウケグチノホソミオナガノオキナハギだった?」
「あ、一応話は通じているみたいだね。発音が流暢な点からして、もしかしてキミは日本人なのかな?」
「うん。俺は如月海斗。高校一年生の15歳」
「私は……よっと」
ぴょこ。穴から頭が飛び出す。
「私は
現れたのは、白衣を纏った同い年らしい女子。穴から這い出てきたせいで付着した土を払っていた。
それが終わると、こちらを品定めするようにじっと見つめてくる。
姿勢がよく、凛とした佇まいではあるものの、雰囲気としては「かっこいい」と「可愛い」が半々といったところだろうか。立ち振る舞いはシャキッとしており、髪は後ろでばっちり纏められていて、とても知的に見える。
「……ふーん。キミたちも、いきなりこの世界に飛ばされたんだ?」
頬に人差し指を当て、首を傾げるあざといポーズ。でも、わざとらしい動きがなぜかしっくりくる。
「え、まぁそうだけど。なんで分かったの?」
「にゃはは、ちょっとした洞察だよ。キミたち三人とも、着ている服がバラバラだからね。私と同じように、なんの前触れもなく飛ばされた可能性が高いと思ったんだ」
確かに。一人はライフジャケットにマリンシューズ、一人はウサギパジャマ、もう一人はよそ行きの格好。どう考えても、冒険とかサバイバルとか、そんなことをするような服装じゃない。
「言われてみればそうね。あんたも学校から転移してきたっぽいし。白衣ってことは理科室にでもいたの?」
椿が羽織っている白衣からは、制服が覗いている。この世界に来る前は学校に居たのか、それとも登下校中だったのか。……でも、白衣で通学するのはちょっと違和感あるか。
「いいや、ちょうど校門の前に差し掛かったところだったね」
まさかの登校中だった。マジか。
「……ところで、キミはもしかして小学生なのかな?」
椿が弥生に向き直って、言った。
「……は? それ、まさか私に言ってるわけ?」
「そうだよ? だって、ウサギのパジャマを着ているんだから、小学生の子かな、って」
「馬鹿にしてる?」
弥生の顔に青筋が奔る。まぁ、弥生は背が低い方だけど、そこまで言われるとイラッとくるらしい。
「ううん、馬鹿になんてしていないよ。私はそのパジャマ、小学生らしくて可愛いと思う」
小さな子に優しく諭すような口調。しかしそれが弥生の逆鱗に触れ、
「違うわよ! 私はれっきとした、こ、う、こ、う、せ、い! 同い年よ!」
大声を張り上げるまでになってしまった。
「あ、そうなの? ごめんね、あまりにも子供っぽい服なものだから、つい」
明らかに怒っている弥生を前にしても、椿は一切表情を変えない。悪気はないが、相手の機嫌をとる気も一切ない、といった感じだ。
「うるさいわね! 人の嗜好に口出ししてんじゃないわよ! 大体、普段から白衣着てうろついてるとか、あんただってファッションセンスないじゃない!」
「おや? キミの方こそ『人の嗜好に口出しをしている』気がするのだけれども?」
「……っ!」
弥生は感情に流されやすいため、こうした返り討ちにはよく遭うのかもしれない。悔しそうに歯を食いしばっている。
「それに、私としては『ファッションセンス』という言葉の定義を改めたいね。現時点では専ら『人が魅力を感じる服を選ぶ能力』という意で使われているようだけれども、実際のところ明確な指標は存在しない。ならばいっそのこと、有用性のある服を着ることを『お洒落』と呼ぶべきではないかな?」
「……ねぇ、海斗。この人の言ってること分かる?」
「全く分からんな」
「そうよね」
だけど、変わった人なんだということは、はっきり理解できた。
「であるからして、その新定義を用いると、白衣は世界中のどこでも通じる正装になって然るべきポテンシャルを持っているんだよ」
そ、そうですか……。
「おや、そう言えば海斗クンが着ているライフジャケット……収納できるポケットが多くて、中々使い勝手がよさそうじゃないか。新定義の『ファッションセンス』において、キミには高い評価を期待できる。……キミ、やるねぇ」
「え、そう? このライフジャケット、結構こだわってるんだよね~」
「こら海斗、共鳴すな」
コロッと手の平を返した海斗に、弥生が軽くチョップする。……でも、褒められて悪い気はしない。
「……おっと、随分と暗くなってしまったね。とりあえず話の続きは岩の中でしよう」
ついてくるように言って、椿は穴の奥へと消えていった。
「よし、行くか──」
……と。弥生に引き留められた。
「(海斗、睦美より先に行く気? 後ろから刺されでもしたらどうするのよ)」
「(……そこまで警戒しなきゃいけないか?)」
「(当たり前でしょ! 死んでからじゃ遅いのよ!?)」
そう強く念を押されてしまったので、
「睦美さん、入ろう?」
「……はい」
睦美を促し、先に穴を潜らせる。
その後で、海斗と弥生も中へと入っていったのだった。
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