第25話 弥生の過去

 一方で弥生は、一人景色を眺めていた。


「こんな自然があるところ来たの、いつぶりかしら」


 植物が自生しており、人工物ではない岩が転がる。それは確かに、都会では中々見られない光景かもしれないが、弥生が言ったのはそういう意味ではない。


 弥生は最近、家から出ていないのだ。


 いわゆる不登校というもの。


 だから、こういう開けた場所に出ると、どうしてもあの記憶が脳裏をちらついてしまう。


 弥生の最も思い出したくない記憶が──


                 * * *


 ──皆で水族館に行った。一年前の出来事。


 女友達とはしゃいだ。とても楽しかった。


 皆でお揃いのストラップを買った。一生大事にしようと思った。


 次の日。学校で弥生は泣いた。侮蔑の眼差しを、女友達から受けながら。


『弥生って、オタクだったんだ……キモ』


 ゲームキャラのストラップが、鞄から落ちてしまったのだ。見えないよう、ポケットの中に入れていたのに。


『あのさぁ、ウチらまでキモオタだと思われるから、もう関わらないでくれる?』

 皆、大事な友達だったのに……。


『昨日買ったおソロのストラップもさ、弥生はつけないでよ。もう仲間じゃないし』


 その女子は、弥生の鞄の外側につけてあった、魚の(・・)ストラップを、上履きでつついた。


 弥生はただ泣いていた。


『……もういいや。弥生と同じストラップとか、要らないし』


 地面に放られたのは、友人のストラップ。それは本人の踵で踏みにじられる。


 足を離すと、そこには無残にひび割れたプラスチック片があるのみだった。


『私も要らな~い』


『あたしも~』


 同じ様に、次々と。目の前で。


「……いや……いやぁっ…………!」


 悲壮な声。だが、友人だった一人が近寄ってくる。


『キモオタと関わってもなんの役にも立たないから。さよなら』


                * * *


 ──大丈夫。今はキモいだなんて言われない。海斗はそんなこと言わなかった。


 役にも立ってる。ゲーマーの勘で、ポイントの集め方も当てた。ダンジョン攻略の方針も決めた。モンスターを倒したり、生活の質を上げたりはできないけど……。


 でも、もし睦美が裏切り者だったとしたら、私の勘無しでは海斗も殺されるだろう。


 なら、海斗の命を救った私は大手柄だ。


「お、おーい。焼けたぞー」


 海斗の声がした。魚が焼けたらしい。


「すぐ行く~!」


 弥生は少し陰ってしまった顔を、両手でパンっと叩いた。


 大丈夫。今の私は大丈夫だから。


 そして、笑顔を浮かべる余裕さえ持って、岩陰から飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る