最終章⑥

「分かりました。じゃあ、俺があなたのこと。あなたの望み通り、あなたをことにしますよ」

 椿はそう言う。

「ですが吉川さん。連続児童誘拐事件のことも、今回の由衣の誘拐も、理由も、まだ何一つ分かってないんだ。自分だけ楽しようっていうのは筋が通ってないと思いませんか?」

 椿にそう言われた吉川は、唇を噛み、何を話せばいいのかと尋ねた。椿は一つずつ質問する。

「連続児童誘拐事件、あれを起こした本当の理由と、手段、そしてなぜ解放したのか。解放しなければあれは本当に神隠しのようだった。それはどうしてなんです?」

「……理由は……俺のことを見てほしかったからだ……。自分が起こした事件に世間が注目する。あれだけ大きくなった事件を解決すれば、捜査会議でも、警察内部でも注目される」

 彼が発する本当の理由を、ミラーの裏では大元たちがボイスレコーダーで録音し、メモを取っていた。鷹斗は椿の様子を気遣いながらも、吉川の表情の変化に気を配る。

「では、その手段は?」

「手段……ああ……子供たちを誘拐した手順のことか……それなら簡単さ。相手は子供だからな、その子の興味を引くようにすればいい」

 彼はそう言うと、子供たちを誘拐した時のことを話した。犯人でないと知らないことまで詳細に。

 椿は彼に尋ねた。「どうしてあの子たちだったのか」と。吉川はやや俯きながら、口角を少し上げた。

「理由か……。それはあの日の子供たちに似てたからさ……。あの日の子供たちは怪談話、今回の子供たちは“こっくりさん”、な?状況が似てるだろ?どの子供たちも、みんな怖いものが好きなのさ。だから実体験させてやろうと思っただけだよ」

 彼はそういう。たかがそんな理由で子供たちの心に傷を……椿は許せなかった。

「じゃあ、これが最後の質問です。あなたは俺に恨みがあるんですよね?だったらどうして俺じゃなく、由衣を狙ったのか……のか……教えてください」

「人は……自分が傷つけられるよりも、自分の愛する者が傷つけられる方が心に来る……そうだろ?事件の被害者たちを見てみろ。一番分かりやすい……。だから、俺も思ったのさ。お前に直接何かをするより、お前が愛しているものを傷つけてやろうって。それで思いついたのが、彼女だったのさ。彼女、なんだろ?あの薬局、ほんの少しだけ霊界に繋がってるところがあるんだ。そこに誘い込んだら、ビンゴ。簡単にあっちへ行った。見ていて面白かったさ……こんなに素直に誘われてくれる人間がいるんだってな。それでお前の反応を見たくて。だから俺に繋がるヒントをあげたじゃないか。あの晴明桔梗……って込めたのに。気づかなかったのか?」

 しゃべり続ける吉川。彼を見つめる椿の目は怒りに染まっていた。

「お前が止めると思ってあの晴明桔梗を渡したんだけどな。まさか気づいてなかったとは。だから彼女も、お前も、あいつも痛い目見るんだ」

 彼がそう吐き捨てた瞬間、椿の怒りは沸点を超えた。

 椿は椅子に座る吉川の胸ぐらを思いきり掴んだ。そして右手はこぶしに、その手は吉川の顔面を捉えていた。

「何でお前なんかに……っ!父さんは……」

 その拳が振り下ろされる瞬間、鷹斗は椿の腕をつかんだ。

「離せっ!鷹斗、離せって……っ!」

「椿、殴るのはだめだ。殴ったらお前の負けだぞ……こいつはお前を挑発してるんだ。それに乗るな」

「殺してやる……お前を……」

 椿はそう言うと、何やら術を唱え始めた。

 鷹斗が抑えようにも、近づけない。結界が張られているのだ。それを張ったのは椿。それは吉川と椿を囲み、誰も近づけさせない。

「あんたは自分を殺せって俺に言ったんだ。だから望み通り殺してやるよ」

 結界の中から、そう聞こえてくる。それが張られているときは、透明なガラスでもあるのか、音が濁って聞こえる。耳をすまさなければ、聞き逃してしまいそうなほどの小さな声。鷹斗は二人の様子を見つつも、聴覚を研ぎ澄ましていた。

 椿の様子がおかしいことに気づいた大元らは、慌てて取り調べ室に入ってきた。

「あんた、父さんに師事してたやつだよな。今思い出したよ。父さんも、こんな奴に教えることなかったのに……。こいつは授かりもので悪事を働いた。最低な人間さ……それに俺を殺した。それを生き返らせるべく父さんは、自らの命を俺に……なんでこんな……」

「お前を殺したのは……お前が憎かったからさ。あいつに気に入られて、俺ができないこともできて、俺が知らないことも知ってる。まだ子どもなのに、お前は俺よりも力があった。あいつにもそう言われてた。それが腹立つ。忘れようと思ったのに、お前と再会した……あの学校で。俺は刑事として被害者はまさかのお前の友達。これは運命だと思ったよ。だから俺は最後にお前を隠して、この事件は迷宮入りさせてやろうと思ったんだ。お前たちは一生さまよう。それでいいと思った。なのに、お前はあいつと事件を解決した。この俺が起こした事件だ!俺が!この能力ちからで……なのに……」

 椿は彼の首を絞めた。両手に力を込め、彼の顔色が変わっていくのを見ている。その目は狂気に満ちていた。鷹斗は結界を叩く。それはびくともしない。

 大元は体当たりする。しかし、その体は跳ね返され、壁にぶつかった。

「椿っ!やめろ!殺すな!」

 鷹斗の必死の声も届かない。

「椿さん……」

 ミラーの裏にいた由衣が部屋に入ってくる。

「由衣ちゃん入ってくるな!向こうにいてろ!」

「でも……椿さんが……。私のせいで、椿さんは……」

 由衣はそう言って、結界に触れた。

 すると体がその中に吸い込まれていくように、結界の中へと入った。

 鷹斗らはその様子に驚き、目を見開いている。

「椿さん……殺さないで……」

 由衣はそっと椿の体に触れた。

 狂気に満ちていた彼の顔が少しずつほぐされていく。

「由衣……ごめん、でももう手遅れだ……」

 椿は体の力が抜けたのか、その場に倒れた。そのおかげで結界は解かれ、鷹斗らが近づく。

「椿っ!」

 顔や胸に耳を近づける。脈は速く、呼吸も不安定だった。

 その横で、大元は吉川の安否を確認していた。

「大元さん、彼は……」

「生きてる……ちゃんと生きてるぞ。大丈夫だ……。椿君は殺してないよ」

 寸前で殺すのをやめたのか……?彼にそう聞きたいが、椿は深い眠りに落ちたようだった―――。

 

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