第二章⑥

 自分の力がいると言ったものの、相手も分からなければ対処法もない……

「どうするか……」

 椿はそうため息交じりに言った。

「椿、これ……何か分かるか?ただのマーク……だよな?」

 鷹斗は一枚の紙を見せた。その紙は和紙で、中心に一つ、星印が書いてあった。

「これ……晴明桔梗だ……」

「せいめいききょう……?」

「ああ。祈祷呪符の一つだ。いわゆる魔除けだよ。あの安倍晴明が創ったとされてる……まあ、俗説あるけど」

「これが……どうかするのか?」

「晴明桔梗、セーマンは一筆書き出来る手軽な結界だよ。書き始めと書き終わりが同じ場所である、どこから書いても必ず始まりに戻る……。自分が結界の真ん中に立てば、中に入れない、外に出さない……そういうマークなんだ」

 椿が説明する。鷹斗の頭にはハテナが浮かんでいた。

「要するに俺が使うのと同じってことだ。それにしてもこれ……なんでお前が?」

「いや、大槌さんが俺に渡してきたんだ。事件の経緯と、自分が犯人だと書いた紙と一緒に。お前に見せれば分かるって言われた。でもどういうことなのか……。椿にはこれが分かったんだよな。その……晴明桔梗だって。てことは案外、お前への挑戦状だったりしてな!俺もお前と同じ力があるんだぞって誇示してるのかもよ?」

 鷹斗が冗談めかして言うも、椿は考え込む。そこでふと思い出した。

「そう言えば、あの大槌警部補は?」

「ああ……今は刑務所さ……。模倣犯とはいえ、過去の事件に囚われて自分で事件を起こしたんだ。それに子供たちは心に傷を負った……。許されることじゃないさ。なあ、俺さ、今回の事件を担当して何か……こう……胸?がざわつくっていうかさ……デジャヴを感じるって言うか……お前なら分かるか?」

 椿は鷹斗の質問に答えられないでいた。どうしてか、神隠しにあった子供はその時のことを覚えていないことが多い。鷹斗もその一人だった。忘れているなら思い出さないほうが良い。そう思った……。けれど「もしお前に分かるなら教えてくれないか……?」そう言われ、椿は話すほかなかった。

 鷹斗は自動販売機と椅子がある小さな部屋に椿を連れて行った。

「なあ、教えてくれないか?俺、もしかして……」

「……うん……その通りだよ。お前も、神隠しに遭ってる。でも何でか知らないけど、神隠しに遭った子供って言うのは、そのこと自体を忘れてるんだ。お前も忘れてるだろ?不思議と思い出せないらしい。本人が思い出せないでいるから、周りも敢えてその話はしない……って言うのがお決まりのパターンだな」

「なあ、俺、なんで神隠しに?」

「分からない……。でも、お前が神隠しに遭う前、いつものメンバー三人がいなくなってるんだ。お前だけじゃない……。涼、春名、そしてお前……一番最初に消えたのは春名だった。彼女が消える前日、俺たちは怪談話をしていたんだ」

「怪談話……?」

 鷹斗が聞き返す。椿は頷き、続きを話した。鷹斗ら三人と風花という女子を加えた四人で怪談話を作り、椿を怖がらせようと必死だったこと。そして全員が……

「全員が同じ曜日に……」

「どうした?」

「いや……お前たちが消えた時の曜日、今思えば全員が同じ曜日だったんだ……それで今回の事件も全員が同じ曜日に……」

 椿は鷹斗の方へ向き直り「なあ、被害児童の聴取って……」と声を掛ける。

「してるけど……確か今もしてるんじゃなかったかな……行ってみるか?」

 彼に連れられ、椿は子供たちの聴取をしている取り調べ室へと向かった。

 大元に確認を取り、椿も見学してもいいとのことで、テレビでよく見る、取り調べ室のマジックミラーの裏側へと足を踏み入れた。

 この部屋には大元しかいない。椿は目の前に広がるガラスの向こうの取り調べ室へと目をやる。その部屋には古田凛と森本がいた。事件の話をしている。

「それで……君が連れてこられた後に直人君が来たんだね?」

「はい……」

「君はどうやってあの家に?」

「自分で……ついて行ってしまったんです……。お兄さん、足が悪いのに荷物が重そうだったから手伝おうと思って……」

 足が悪いのに何でトレーニングが出来るんだ……椿はそう感じ、大元に耳打ちした。すると、大元はインカムを通し、森本に「どんなトレーニングをしていたのか聞け」と伝えた。

「ねえ、凛ちゃん……お兄さんはどんなトレーニングをしていたの?」

「…………」

 返事はなかった。答えられないのか、答えたくないのか、知らないのか……。

「大元さん、それ借りても?」

 椿は大元からインカムを借りると、直接森本に言った。

「森本さん、俺です。凛ちゃんに伝えて下さい。“声に出さなくていいから、どんなトレーニングをしていたのか、頭に思い浮かべて”と」

 椿はそう言ってインカムを大元に返す。

 森本は不思議そうな表情ながらも、彼に言われた通り、目の前に座る少女に伝えた。そして、椿は目を閉じ、気を集中させる。

 公園……砂場……鉄棒……この男……大槌か……?走っている……。

「あ……」

「どうした椿?」

「いや、途中で消えたんだ……。あの子、思い出すのを止めたみたいだ」

「四十住さん、今のは?……話せるなら全部、話していただけるとありがたいのですが……」

 大元がそう言う。椿は迷った。人の考えていることが分かる、それは相手を不快にさせてしまうことがある。この力は時に、お互い傷つくこともある。だから余計、伝えるには慎重になる。彼は覚悟を決めたのか、大元に向き直り重い口を開いた。

「話しますね……俺の力のこと、全部……」


♢ ♢ ♢


「……普通の人なら視えないものが視える、聞こえないものが聞こえる……出来ないことが出来る……それに相手の考えていることが分かる……この力は生まれつきだそうです。それに加え、人の感情や環境、あらゆるものに敏感なんです。自分でも鬱陶しいくらいに……何でこんな力があるのか自分でも未だに分かりません……消えて欲しいと思ったことなんてざらにあります。でも消えないんです……。自分の感情に振り回されることも……」

「四十住君、もういいよ。それ以上話さなくて良い……今までいろんな経験をしてきたんだね……」

 椿の話を遮るように、大元はそう言い彼の背中に手を当てた。そして一呼吸落ち着け、大元は彼に聞いた。

「四十住君、彼女が……凛ちゃんが何を思い浮かべていたのか聞いてもいいかね?」

 椿は大元にそう言われ、彼女が思い浮かべたことを伝えた。

「なるほど……途中で思い出すのを止めてしまったか……」

「ええ。事件のことですし思い出すのも怖かったのかもしれません」

「うん……そうかもしれないね……少し時間を置いてまた聞いてみるよ。君も家に帰ってゆっくり休んでほしい。かなり疲れているんじゃないのかね?」

 大元のその言葉に否定できず、椿は彼の言う通り、家に帰ることになった。

「椿、悪かったな……」

「何がだ?」

「いや、俺が巻き込んだからさ……話したくないことも話させてしまったし、かなり疲れさせたなと思ってさ」

「別にお前が巻き込んだわけじゃないだろ。それに今回は警察からの依頼だって聞いてるし。まあ、気にすんな!……それよりさ、由衣がどこに行ったか知らないか?」

「あ……そう言えばいないな……館内放送掛けるか?」

「いや~それは嫌がりそうだけどな……」

 そう言いつつも、二人の足は署内の監視室へと向いていた。

 椿が渋い顔をしている隣で、鷹斗はイタズラな顔で放送用マイクを手に、咳ばらいを一つ。

〈え~、迷子のお知らせです。七吉署にお越しの七海由衣さま、正面玄関にてお連れ様がお待ちです。繰り返します……〉

 普通なら警察署で聞かないような放送を耳に、椿は笑いを堪えるしかなかった。

「よし、これでいいだろ。ほら、正面玄関行くぞ!」

 あいつ絶対キレるぞ……椿の脳内には手を腰に当て、怒りながら向かってくる由衣の姿が浮かんだ。

「椿さん!?一体どこに行ってたんですか!?それにあの放送はなんですか!?ここに来る途中にいろんな人に見られたんですよ!?第一……」

 ほらな……やっぱり思った通りだ。椿の目の間に立つ由衣は、彼が想像した通りだった。

「いや、由衣、あのさ……あの放送掛けたのは俺じゃないって。あれやったの鷹斗だからさ。間違えんな?俺じゃない」

「え、椿さんじゃないんですか!?てっきり椿さんだと……。松風さん、あの放送は次からはしちゃだめですよ!?私、恥ずかしすぎて顔から火が出るところだったんですからっ!」

 由衣は鷹斗の目の前に立ち、彼の顔を見上げるようにして怒っていた。

「か、かわいい……七海さん、いや由衣ちゃん!怒っても無駄だわ、可愛すぎるもん!」

「松風さん!茶化さないでくださいっ!私、本気で怒ってるんですからね!?」

 そう言い張る由衣の腕を取り、椿は警察署を後にした。


♢ ♢ ♢


「もうっ、ほんとに信じられない!第一、警察署で迷子の放送なんて聞いたことないし!名前出すし!二人ともおかしいんじゃないんですか!?」

 そう怒りながらも由衣は夕食をしっかりと作っていた。今日のメニューはパスタだった。疲れたから手っ取り早く食べたいという椿の気持ちを考慮していた。

「椿さん、ご飯できましたよ!」

 そう言って彼女はテーブルに夕食を並べ始めた。

「え……うまそ……」

「でしょ?これ、私の得意料理の一つなんですよ!昔からナポリタンだけは上手いんです!あ、隠し味にコンソメ使ったり……」

「いっただきまーす!」

 由衣の話を遮るように、椿はフォーク片手に麺を巻いた

「うんっ!由衣!これ、すっごい旨い!」

 椿はそう言いながら、次々に口の中へ放り込んだ。

「ちょ……椿さん、もっとゆっくり食べないと喉に詰まらせますよ」

 由衣の言葉など耳に入っていないようだった。

 そして、ものの十五分で食事を終えた椿を見て、由衣は「おかしすぎる……」と一言呟く。

「……椿さん、何かありました……?なんか、いつもの椿さんじゃないです……」

 由衣のその言葉にグラスに伸びていた手が止まる。軽く握りこぶしを作り、椿はその手を引っ込めた。

「椿さん、何かあったんですよね?警察で……」

「何もないから……大丈夫だから……由衣は気にしなくていいから」

 椿はそれだけ言うと自分の部屋へと消えていった。

「やっぱり何かあったんだ……椿さん、何かあると優しい口調になるし、それに……部屋に籠る癖があるんだもん……」


♢ ♢ ♢


「由衣、さっきの紙持ってきてくれないか?」

 椿が部屋に籠った日から一週間が経った。あの日、丸一日も部屋に籠り、何も食べず、話もしなかった。

 けれど、突然部屋から出てきたかと思えば、椿は「警察署で鷹斗が見せてきたんだよ」と携帯で撮った証拠品の写真を由衣に見せた。そんな彼の変わりように由衣自身も驚くが、普通に接してくる彼に合わせた。

「星……?これが証拠品なんですか?」

「ああ、そうだ。でもこれ、ただの星マークじゃないんだ。これは晴明桔梗ってやつで、いわゆる魔除けなんだよ」

「せいめいききょう……?これ、どうして鷹斗さんが?」

「大槌警部補が……犯人が鷹斗に手渡したそうだ。どう言う意味なのかと聞いても、俺に見せれば分かるとしか言わなかったんだとさ。鷹斗は俺に対しての挑戦状だって言うんだが……。ただ、俺には大槌警部補が計画した事件だとは思わないんだよ。他にこの事件を企てた真犯人がいるはずなんだ……こう、もっと複雑な気が……」

 椿はそう言うと頭を悩ませていた。助手である自分にできること……由衣はそう考えると「じゃあ、真犯人は椿さんと同じ職業の人ですね!だって椿さんに見せれば分かるってことは……」と彼に言った。その言葉を聞いた椿は「真犯人の目星、今から立てるか!星マークだけにな!」と携帯の画面いっぱいに広がる“☆”を由衣に見せた。

 由衣の感情、それは「はぁ……?」という気の抜けたものだった。

「つ、椿さん……?」

「あ、いや、うん。忘れてくれ……」


♢ ♢ ♢


「どうやって真犯人を?」

「多分、身近にいると思うんだ。じゃないと、子供たちを解放するタイミングだとか、捜査状況とか伝えられないからな。てことで、ここからは俺の仕事だ。お前は入ってくるんじゃねえぞ」

 椿はそういってに入っていった。

 一度だけ由衣も入ったことのあるあの部屋。それの奥に、隠されるように一つ、隠し扉が存在していた。この先のことは椿もまだ、彼女には見せていない。

「こいつを渡してきた人間は多分、術をかけてる……それが分かればな……ただ、実物じゃねえってのがちょっとな……」

 椿はそう言うと、携帯で撮った証拠品である星マークを画面に出す。そしてそれをじっと見つめたかというと、戸棚から人形ひとがたを取り出し、静かに目を閉じ、術を唱えた。

 するとそれは独りでに立ち上がり、壁の中へ消えていった。それを見届けた椿は額の汗を拭い、扉へと戻っていった。

「あ、椿さん!え、大丈夫ですか!?」

 体力消耗している椿を見て、由衣は慌てて体を支えた。

「大丈夫だ、ちょっと疲れただけさ……」

 由衣は冷蔵庫に走り、スポーツドリンクをコップ一杯に注ぎ彼に手渡した。

「これ飲んでください」

「ん?ああ……」

 大人しく、何も言わず椿は彼女が手渡してきたコップを受け取り、一気に飲み干した。

「元気になりますようにって願い込めておきましたから!」

 由衣はそう言って笑う。

「それ効くのか?」

「もちろん!」

 椿の問いにそう答えた由衣は、また冷蔵庫に向かう。

「ゆ、由衣!もういらないぞ!?これ以上飲めないって!」

 彼女は静かに冷蔵庫の扉を閉じた。どうやらまた持ってくるつもりだったようだ。

「せっかく持ってこようと思ったのに~。あ、ところで椿さん……そんなに体力消耗しちゃって何してたんですか?」

「あ~……人探し……?」

「人探し……?」

「うん、まあそんなところ」

 椿が視線をずらしたのを見て、由衣はそれ以上は聞かなかった。

 その瞬間、椿が何かを感じた。目を閉じ、静かに深呼吸する。

「見つけたぞ……真犯人……」

 椿はそう言った。


♢ ♢ ♢


「どういうことなのか説明してもらっても構わないか。こっちはあんたと違って忙しいんだ」

 そう言うのは捜査員・立本だ。

 椿が“人探し”をした翌日、由衣と共に警察署へと足を運んでいた。

「まあまあ立本さん、そんな怒らないでくださいよ。俺だってこの事件に関係してるんだ。警察から俺の方に依頼があったんです。無関係だとは言えませんよね」

 椿がそう返すと、舌打ちし、下がった。

「遅くなってすまないね、四十住くん。どうぞ、話してください……」

「警部、この事件……やっぱり神隠しでした。人間が絡んでいるのではなく、まったくの幽霊の仕業だったんですよ」

 椿がそう言う。その横できょとんと彼の顔を見ている由衣の姿があった。そんな顔をしているのは彼女だけではなく、その場にいる鷹斗も大元も、捜査員全員が同じ顔をしていた。

「いやいや本当なんですって。これは人間じゃなく幽霊だ……」

「おい、椿……」

 話す彼の腕を引き、部屋の隅に連れて行ったのは鷹斗だ。

「なんだよ……」

「なんだ……じゃねって。お前、正気か?この事件、大槌が犯人だった。真犯人が……って考えるのは分かるけど、真犯人が幽霊だって誰が信じるんだ?みんなまだお前のこと理解してないし、信じてくれる奴は……」

「なんだそんなことか。誰が信じなくてもお前とあいつなら信じてくれる。それだけでいいさ。それに、まあ、俺に任せろって……」

 鷹斗の不安そうな目を見つめ、椿は「大丈夫だから」と一言。

「みなさん、すみません。で……どこからでしたっけ。あ、人間じゃなく幽霊のってとこでしたね。で……この事件、真犯人は幽霊なんですけど、幽霊って法では裁けませんよね。まあ、いいや。それで……」

「何をごちゃごちゃ言ってんだよ!鬱陶しいなっ!幽霊だが何だが知らねえけど……」

「黙ってくださいよ、幽霊さん……いや、真犯人の吉川さん」

「え、吉川……!?」

 全員が彼の方へと視線を移した。声を上げ、顔を赤らめていたのは大元班の一人、吉川翔平だった。

「あんた、何を言ってるんだ?大槌が犯人、子供たちも解放された。しかも無傷でだ。大槌があんたに紙を渡したんだろ、自分が犯人だって。だったらそれで決まりじゃないか。なんで俺が真犯人になるんだ」

「……紙……?」

 土屋はパソコンで捜査資料を読むが、大槌が紙を渡したなんて文言はどこにも書かれていなかった。

「あ、あの……今言った紙のことなんてどこにも書いていないんですが……」

 彼がそう口にした瞬間、吉川は「あ……」と分かりやすく表情を変えた。それを見逃さなかったのは鷹斗も同じだった。

「吉川さん、その今の表情が答えでいいですよね?」

 逃げられないとでも思ったのか、それから吉川が落ちるまで早かった。

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