第二章③

 目の前にそびえ立つ警察署。

「警察署ってこんな雰囲気なんですね……」

「ああ。出来れば来たくない所の一つだ」

 二人はそう言うと、どちらかともなく警察署の中へ入っていった。

「よお……悪いな、こんなところまで来させて」

 そう言ってネイビーブルーのスーツを着こなし、刑事らしくない雰囲気を纏い、爽やかな男性が二人の前に現れた。

「初めまして、君が椿の助手をしてくれている……」

「あ、七海です。七海由衣と言います、よろしくお願いします。あの……」

「あ、俺は松風鷹斗です。椿の幼馴染で、この警察署で刑事を。それにしても椿の助手だなんて、大変でしょ、こいつ一人だと本当に何もしないし」

「そうなんですよ!家に食べるものがなくて!で……」

「いいから、そんな話は……。それより、依頼ってどういうことだ?」

 このままだと長引きそうな世間話を依頼の話に持っていく。

「ん?ああ、そうだった。今回の事件、正式に警察からの依頼だ。詳しい話は中で」

 鷹斗に案内され、二人は“捜査会議室”と言う名の部室化された会議室へと足を踏み入れた。

 床にはコンビニ弁当のプラ容器が置かれ、イスにはダリの絵のようにスーツやタオルが力なく垂れ下がり、タコ足配線でスマホの充電までされている。

「あ、あの……これは……」

「あぁ……これは……捜査が長引いて、私物も増えるし、その辺に着替えも散乱するし……って感じでまあ、汚いけどとりあえず……こっちに」

 通された部屋にたどり着くや否や、鷹斗は資料を手渡した。

「これは……?」

「資料だ……この事件の……」

 椿はそう発するのと同時にページを捲った。

「……これ、何か神隠しみたい……」

 隣に立つ由衣がそう呟く。それを聞く椿は、ずきんと胸の奥がざわつくのを感じた。

「いや、でも本当にそうなんだ。何の手掛かりもなくて、連れ去られる様子も、子供が消える瞬間を見た人も、本当に何もないんだ。まさに神隠しだよ……」

 鷹斗がそう言う。

「これ、子供たちが消えたことと、この写真に写る男、何か関係あるのか?」

 椿は写真の中にいる男を指差した。

「分からないんだ、それすらも。その写真は古着店の防犯カメラを拡大したものなんだが、ぞっとするだろ……それ」

 鷹斗は椿の手の中にある資料の一部を指す。指の先にあるのは、怪し気にこちらを見る男だった。監視カメラを見たのだろうが、やけに自分を見られているような錯覚に陥る。

「こいつ……着替えたんだな……」

 椿は二枚の写真を指差し、そう言った。

「ああ。入店時は全身真っ黒で長そでに長ズボン、それに帽子まで被ってる。でも店を出るときには、この服だ……。逃走目的の着替えなのか、それとも別の何かなのか。今、その古着店の店員に確認を取ってるところだ。……あ、この事件を指揮してる警部は温和な人だから、多分しんどくならないと思うけど……もし何かあったら言ってくれよ。俺ちょっと警部呼んでくるわ、お前と七海さんが来たら呼ぶ約束なんだ」

 鷹斗はそう言って部屋を出る。

「この男……どっかで……。それにかなり筋肉質だな。相当鍛えている……」

「椿さん、鷹斗さんとは仲が良いんですか?荻原さんとは接し方が違うので気になって」

「仲が良いって言うか、あいつとは幼馴染だからな。同じところで育ったんだよ……。まあ、この話はまた追々おいおい話すが……」

「分かりました。じゃあ今は余計な詮索しません。またいつか話してくださいね」

 二人でそんな会話をしていると、鷹斗と警部と呼ばれる人、強面の男たちが部屋に入って来た。

「お待たせしたね、あ、ここお座りください」

 そう言って彼は二人に席に座るよう促した。

「捜査に関わってもらう前に、お二人のことを教えていただきたい。構わないかね?あ、その前に私も自己紹介しないとな」

 彼はそう言い、自己紹介を始めた。

「僕はこの七吉署刑事課の刑事、大元と申します。一応、警部って肩書だけど、そんな堅くならなくて大丈夫ですからね」

 確かに、温和で大らかでおっとりとした……熊……?由衣はそう思った。その瞬間、椿が肩を小刻みに震わせながら下を向いた。由衣の考えが移ってしまったのだ。そんなことなどお構いなしに、次々に自己紹介する刑事たち。そして彼らに自分なりの印象を付けた由衣。なぜかみんな動物だった。

「……今、紹介した彼らがいわゆる私のチームメンバーだ。ただし今回限りだがね。……松風くんからは“アイズミツバキ”と聞いているが……どっちがツバキさん?」

 警部・大元がそういって目で椿と由衣を交互に見た。

「あ、俺です。俺が四十住椿です。で、この子が七海由衣、俺の助手です」

「あ、七海由衣です。よろしくお願いいたします」

 由衣は頭を下げた。

「君が“アイズミツバキ”さんか~。君の話は彼からよく聞いてるよ。確か雑誌も書いてるんじゃなかった?それに苗字は珍しい字だとか」

「あ~……はい、書いてます。苗字も珍しいです」

 そう答えたものの、どれだけ俺の話してんだ……と椿は鷹斗を見た。

 ごめんって……と顔の前で手を合わせ頭を下げる鷹斗。

「あの……それで事件概要は……」

 椿がそう言うと、大元は「あ~そうだったそうだった!この後、応援の人も集まって会議があるから、そこで全部話すね。そろそろ行こうか。特別に席を用意してあるからね」と言った。


♢ ♢ ♢

【大会議室】

 大元が言う“応援の人”たちも集まり、空いていた会議室は一気に人で埋まった。

 それに特別に用意された二つの席。それは事件概要が書かれてあるホワイトボードが置いてある、その隣。つまり、椿と由衣の目の前に刑事たちが並んでいる状態だった。

「つ、椿さん……ここ……緊張しません?」

「緊張するどころか、心拍速すぎて心臓が痛いくらいだよ……」

 椿はそう言って、胸の辺りをさすった。

 二人を見つめる鷹斗。その目は、例えるなら授業参観に来て子供を見つめる父親の目だ。

「え~、応援の捜査官も来たので概要と捜査状況を報告してもらって……共有だけ、しっかりしとこうかね……あ、それと今回、この事件に協力してもらうことになったお二人を紹介しておきますね……。えっと“アイズミ”さんと七海さんね」

 大元はそう言って二人に合図を送る。それを感じ取った二人はその場で立ち、自己紹介した。

「今、大元さんから紹介された四十住です。漢数字の“四”と“十”、それに“住”と書いて“アイズミ”です。少しでもお役に立てるよう、努力させていただきます」

「あ、えっと……七海と申します!四十住さんの助手です……えっと……頑張ります」

 そう言って頭を下げた由衣。“頑張ります”その言葉を聞いた捜査官たちは、くすっと笑った。確かに“頑張ります”は少し可愛すぎる……。椿は由衣を見る。顔を赤らめ、下唇を噛んでいた。恥ずかしかったのだろうか……少しのぞき込む。由衣が視線に気づき「緊張しすぎて自分が何を言ったのか覚えてません……」と声を震わせながら言う。「ちゃんとできてた。大丈夫だ」と椿。彼女は少し安心したようだ。

「よし、じゃあ事件概要からお願いしようかね……吉川君、お願いしても構わないか?」

 大本にそう言われ、一人の男性刑事が立った。その姿はまるで……

「……キリン……?」

 由衣がそう言う。確かにキリンのように背が高く、すらっと細身であった。

「吉川です、よろしくお願いいたします。では事件概要から報告させていただきます。八月五日木曜日、午前一〇時二五分、この七吉署に一通の封筒が送られてきました。差出人は不明、封筒の中身はDVDディスクが一枚のみ。至急、科捜研にお願いしディスク含め封筒に指紋や毛髪など、犯人に繋がるものはないかと調べてもらいましたが、何一つ分からず封筒に付着していたものは郵便関連のみでした。またDVDディスクの中身は犯人らしき人物と音声があり、再生してみると……お願いします……」

 吉川は後ろのデスクにいる女性に声を掛けた。すると、彼が言ったディスクの中身が再生された。

『子どもを誘拐した。子どもの詳細は敢えて出さない。自分たちで考えろ。あの日を再び……』

「……という言葉と覆面にボイスチェンジャーの人物が記録されていました。この人物をAと呼んでいます。そして“子供を誘拐した”とのことで調べたところ、子供が帰ってこないと署に連絡があり、一件の誘拐が判明。また翌週に同様の通報があり、さらに翌週にも通報が……。誘拐事件は三件発生していることが判明し、捜査は“連続児童誘拐事件”と発展。手掛かりは何もなく、今に至ります」

 吉川はそう言うと席に座る。そして大本が話し始めた。

「吉川君、どうもありがとう。次に、捜査状況を松風君、お願いできるかな」

「はい。松風です、よろしくお願いいたします。捜査状況を報告します。現在は三班に分かれて捜査を行っています、第一班は犯人の特定及び居場所を、第二班は被害者関連を、第三班は証拠品等の犯人及び事件に繋がる物の調査を。ただ、第二班以外はこれといった成果を上げられておらず、捜査は手詰まり状態です」

 鷹斗はそう言って座る。

「松風君、ありがとう。今、二人が報告してくれた通りだ。ここまでで何か質問はあるかね?」

 大元がそう言う。

「大元さん、良いですか?」

 椿が手を挙げた。隣に座る由衣も、少し離れたところで座る鷹斗も驚く。

「ああ、どうぞ」

 大元がそう言うと、椿は「被害児童について報告をお願いします」と言った。

「うん、では被害児童三名については私から。……児童A・古田凛ふるたりん、女児、九歳。児童B・山下直人、男児、七歳。そして児童C・荻原美咲、女児、七歳。この三人はいずれも七吉北小学校の児童であり、当日の下校時には目撃されている。また、三人は放課後に同じ教室にいたことが判明しており、教師に下校を促され、校内を三人で移動し、下駄箱にいるのも男性教師によって目撃。校外から自宅までのどこかで誘拐されたものであり、周辺の防犯カメラを確認するも犯人は不明。今はとにかく、児童三人の安否が気になるところだが……まるで神隠しのように子供たちが消えたってことは確かだな……」

 彼はそう言って顎を触る。

 児童三人……みんな同じ小学校……そして神隠し……椿は昔のことを思い出していた。自分の同級生三人が神隠しに遭い、忽然と姿を消したあの恐怖。これを子供たちの家族が経験しているのかと思うと犯人を殴ってやりたい気持ちだ。

「四十住君、早速だが……何か分かることや分かったことがあれば言ってみてくれないか」

 大元にそう言われ、一瞬戸惑うも椿はその場に立ち、犯人について説明し始めた。

「必ずしも当たっているとは限りませんが、犯人は恐らく秩序型だと思われます」

「……秩序型……?」

「はい。今の話を聞いて、出来る範囲でプロファイリングしてみました。まず、証拠や自分に繋がる物は残さないこと、誰にも怪しまれずに子供を誘拐していること、そしてこれは計画的犯行であること……。これらのことから、犯人は秩序型だと推測できます」

 捜査員は頷く。確かに筋が通っている……と口に出す者もいた。

「あの~もし、今回の犯人がその秩序型だとすれば、どんな人物が当てはまるんですか?」

 捜査員が聞く。

「説明します。この秩序型犯人と言うのは、あくまでもプロファイリングなのでかならずしも、全てが当てはまっているとは限りません。ただ、大多数はこの中にあてはまっている……そのように思ってください。まず、知能的に平均より少し上の知能を持っている人が多いです。その為、あらゆる事例に対応できる犯人が多く、特定・逮捕に時間が掛かります。そして社会的能力も地位もあります。また、魅力的で異性に人気がある傾向も。このタイプの犯人は犯行の準備段階から徹底しており、犯行自体を誰にも気付かれずに速やかにこなし、犯行後のことさえも準備している場合が多いです……あ、これはあくまで想像ですが……犯人は意外に子供たちの身近にいるように思います」

 椿がそう話すと、口々に質問が飛び交う。思わず耳を塞ぎたくなるほどだ。椿はそれをぐっと堪え「質問は一つずつ、お願いします」と笑顔で言う。

「やっぱり……間違いだったかもしれないな……」

 鷹斗はそう呟いた。

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