第二章②
「もしもし……」
椿はハルが伝えてきた“荻原涼”の電話番号にかけ直した。
『もしもし、椿か?』
「ああ。そうだ……何があったのか、はな……」
『助けてくれ!娘がいなくなったんだ。こういうこと、誰に頼めばいいか……椿のマネージャー?みたいな人に聞いたんだけど、こういうことなら椿が詳しいって。それに悪魔祓いもできるからって。お前、そんなことできたのか……』
「とりあえず詳細を知りたい。今から会えるか?…‥ああ、じゃあ俺の家に。住所言うぞ……」
椿はそう言った。電話を切り、由衣を思い浮かべる。
“こっちへ来てくれ”
ただ、そう念じる。
すると、書斎のドアがノックされ扉が開いた。
「椿さん、呼んだ……?」
「ああ。呼んだ。これから客が来る。俺の同級生だ。だからお前は家を出ていたほうが良い……」
「……どうして……?」
「……神隠し事件の相談に来る。多分、依頼になる。そうなると事件の話をこの家ですることになる。もしかしたらこの家に邪が入るかも……お前を巻き込みたくない……」
椿がそう言うのを聞いた由衣。しかし彼女は「私はここにいる。椿さんの助手だし、それにこれがあるからね」と首にかかる“お守り”を笑顔と共に見せた。
彼女の決意が固いことは念で分かっていた。
椿は渋々、頷く。もし火の粉が降りかかったら……そう思うと怖いが仕方ない。こいつは俺が守る……。そう決めた。
そして約束の時間の五分前、涼が椿の自宅へと訪れた。妻である春名と共に。
「……久しぶりだな……」
涼がそう言う。確かにその通りだ。小学生以来、会ってもいなければ連絡さえ取りあっていなかった。だから涼と春名が結婚していたことも娘が産まれていたことも知らなかった。
「結婚……してたんだな」
椿がそう言う。
「ああ。椿にも連絡したかったんだ。でも小学校を卒業してから、お前……どっか行っちゃったし、家にも遊びに行ったことなかったし、それに七吉から消えるように他の街に……」
「もうっ!そんな話後でしてよ!今はあの子、見つけなきゃ!」
春名が涙交じりにそう言った。
「これ良かったら……」由衣が飲み物と共にティッシュペーパーを春名に手渡す。由衣を見た後、椿を見る涼。何か言いたげだが、それは無視し、話を始めた。
「相談……なんだよな?」
「うん。娘のことで……」
「娘の名前は?何があった?」
椿がそう聞くと、涼が順を追って話し始めた。
「娘の名前は、美咲……小学一年だ。学校で友達と遊んでいたらしい、その……こ……」
「美咲……どこに行ったの……」
春名が顔を押さえ泣いてしまった。娘を思う気持ちが溢れたのだろうか。その様子を見て、椿は何やら引っ掛かった。名前……どこかで……。
「椿……どうした?俺の話に……」
椿は名前を聞いた瞬間、考え込んでしまった。急に目線をずらした椿を見て、涼は話すのを止めてしまう。
もしかして“美咲”ってあの美咲なんじゃないか……椿はそう思った。思わず由衣を見る。彼女は首を傾げ、椿を見返した。それに友達と遊んでいて……その言葉が気になる。
「あ……まさか!」
声を上げる。椿は涼に聞いた。
「娘の名前は美咲、小学一年生、放課後に“こっくりさん”をし、教師に諭され帰宅、その帰りに忽然と消え、自宅に戻らず……。それに消えたのは娘だけじゃなく、同級生が何人も……そうなんじゃないのか!?」
椿の言葉に戸惑うも、涼は頷いた。
「娘は、いなくなった子供の行方を聞いてないか?……こっくりに……」
「それは分からない……でも、なんでそこまで詳細を……?」
「……それは……言えない。でもお前がそう聞くってことは、俺が言ったこと、合ってるんだな」
椿はそう言った。
その時、携帯が鳴った。鳴っていたのは椿の携帯だ。画面を見る。メールの送信者は“松風鷹斗”だった。
「ちょっと待ってな……」
椿はそう涼と春名に声を掛け、メールを確認した。
【言われていた件、調べてみた。詳細は警察が持っている独自の情報になるから言えないが、多分、椿なら辿り着けると思う。送られてきた記事に写ってる男、そいつは警察でも追ってる男だ。こっちの情報一致した。それとお前が言ってたこと調べてみたら、子供たちはみんな七吉北小学校の生徒だ。その男が児童誘拐に関係あるのかは分からないが、こっちもそいつの行方を追ってる。ただ、全く手掛かりがない】
鷹斗からのメールにはそう書かれていた。
「涼、娘の小学校って……」
「七吉北小学校だ……それが何か関係あるのか?」
涼が尋ねる。
「……これは連続児童誘拐事件……なのかもしれない」
♢ ♢ ♢
「あ、もしもし……」
椿は鷹斗に連絡を取っていた。連続児童誘拐事件の可能性、誘拐されている子供たちはみんな七吉北小学校の生徒に限られているのか、そして写真に写る男は関係あるのか、それを尋ねるには警察署の刑事である鷹斗に聞くほかなかった。
「……あ、うん……だよな……やっぱり部外者じゃ無理か……」
『悪いな、力になれなくて……』
電話の向こうで、鷹斗が肩を落としているのが分かる。椿は電話を切り、後ろに立つ由衣に「やっぱりだめだった」と言った。
「仕方ないですね……警察の捜査に関わるには一般市民では難しいですから……」
「まあな……。それより、さっきはずっとリビングにいたが何ともないか?」
「はい、特には……。あ、でもお母さん……何かを隠してるんじゃないかって思うんです」
由衣がそう言った。
「どうしてそう思う?何か感じたか?」
「これと言って具体的には分かりません。でも、お母さんから何かを感じるんです。それに椿さんが言う第六感と言うのが、私に“何か隠してるぞ”って教えてくれているような……すみません、上手く言えなくて」
由衣のその言葉を聞いて、椿は思い出した。
「由衣、それ当たりかもしれない。俺が涼から話を聞いたとき、涼が何かを言いかけたんだ。その時に被さるように春名が泣いた……涼はあの時何かを言い掛け……“こっくりさん”だ。そうだ!こっくりさんって言い掛けたんだ!待てよ……こっくりさん、美咲、行方不明……まさか……」
椿はそう口を動かしながら由衣を見る。彼女も何かに気付いたのか目を見開いていた。
「……まさか……夢が現実に……」
「ああ。恐らく、事件が起こった経緯を俺たちは今朝の夢で見たんだ。それがどうしてかは分からないが……」
「こんなこと初めてです……事件に関わってもいないのにこんな風に夢に見るなんて……」
そう言う由衣を横目に、椿は少し申し訳なさそうな顔をした。
「由衣、俺たちが見た夢、二人分合わせて整理してみないか」
そう提案する。由衣は頷いた。
テーブルの上、ノートパソコン一台にコーヒーの入ったマグカップを置き、二人で並んで座った。
「じゃあ、まず私の夢ですね。えっと……夢の中で私は小学生でした。友達とこっくりさんをして遊んでいて、自分の将来や恋人について教えてもらっていました。帰ってもらおうと思ったけど帰ってくれなくて、怖くなっていたら十円玉が勝手に動き始めました。十円玉が指すのは“ゆくえふめい”の文字で、自分の学校の生徒がいなくなったことをこっくりさんに教えてもらい、私は聞きました。いなくなった子の居場所と名前を。するとまた十円玉が動いて、一つずつ文字の上に止まったんです。その文字が“あのよだ”と示したんです」
由衣の口から出てくる言葉を一字一句漏らさずに打ち込む。
「それで私の周りに火の玉みたいなものが浮かび始めて、私は青白い何かに包まれていました。その時、私は“みさきちゃん”と声を掛けられたんです」
由衣はそう言った。
「だから、お前は今朝“美咲ちゃんという女の子だった”と言ったんだな」
「はい。椿さんの夢も同じだったんですよね?」
「ああ。俺もお前と同じ夢だ。内容も一緒。ただ少し違うのは、十円玉が“あのよだ”と示した瞬間、お前の後ろに狐火が飛んで、巨大な狐がお前を飲み込む様子だ。その瞬間俺は目を覚ました」
自分が見た夢も、キーボードを叩き、パソコンへと打ち込む。
「あの、椿さんは分かりますか?どうして私と椿さんが同じ夢を見たのか……」
「申し訳ない……分かるも何も、俺と同じ夢を見たのは俺のせいだ」
椿はそう前置きした後、由衣に説明した。
「自分の感覚が敏感な日は何かの影響を受けることが多いし、その影響は“夢”という形で現れることがある。それは自分にとって良いことだったり、悪いことだったり様々なんだ。小学六年の修学旅行の時、一緒に寝ていた男子生徒の半分近くが全員同じ夢を見た。それも俺と同じの……。まだ子供だったから、不思議って感覚で済んだ。けど、成長するにつれ、それはおかしいことだと気づくんだ。それで、ある人に言ったら“それは椿の特性だ”と説明された。俺がそんな説明じゃ納得するわけでもなく、その人は医者に相談した。医者が言ったんだ……“椿君はHSPなんだ。だから人より感覚が敏感で辛いこともたくさんある。人と一緒にいるのが辛くなることも、たくさん疲れることもある、それに自分で自分を消したくなる日が来るかもしれない。その時はまたここにおいで”そう言われたんだ……。俺が敏感すぎるが故に、第六感を持つ由衣が俺の夢に影響された……これが二人で同じ夢を見た理由だ……」
椿がそう言った。そして書斎へ入り、しばらく出てこなかった。
リビングに一人残された由衣。彼女は椿が置かれてきた環境を想像していた。それはとても辛く、逃げ場を見つけられない闇のようだった。
♢ ♢ ♢
『椿、依頼だ……これは俺から、いや警察からの……』
そう連絡が来たのは夕食後だった。
夕方、由衣に自分のHSPとしての特性を話し、何とも言えない気持ちになった椿は書斎にこもった。事件の整理をしたり、自分なりに考えてみたり、とにかく自分の気持ちを落ち着かせるのに何かしていないとどうにかなりそうだった。
そんな時、部屋がノックされ扉を開けてみると、目に涙を浮かべ「辛かったね……椿さん……」そう言って両手を広げ、母のような眼差しで由衣が立っていた。かといって、大の大人の男が抱きつくわけにもいかずただ立っていると、由衣は足を震わせながらも、つま先で立ち椿を抱きしめた。どうにもリアクション出来ないでいると、時間だけが過ぎ、あっという間に一八時半になっていた。由衣は冷蔵庫にあるもので……と夕食を手早く作り、テーブルに並べ始めた。
「何か手伝うよ……」
必死にそう言ったものの、お茶を入れるくらいしか椿にはできず、ただ出された物を残さず食べ、食器を運び、洗う。その何とも言えない空気を割いたのが、鷹斗からのメールだった。
「由衣、依頼が来た……」
そう言って携帯の画面を彼女に見せた。
「これでやっと、椿さんも事件に関われますね!」
由衣は笑顔でそう言うと、手を出してきた。その手は“ハイタッチしろ”と訴えてくる。由衣の手のひらに自分の手のひらを付け、弾く。良い音だ。決まった。
「でも……依頼って言われても、どうすればいいんでしょうね」
「とりあえず、鷹斗に電話してみるよ」
椿は電話を掛け、自分がどうすればいいのか指示を仰いだ。
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