第一章③
椿によって落とされた薫が全てを話すまでに、時間は掛からなかった。
質疑応答制での真相解明。それが椿のやり方だった。
呪いをかけた理由、それは有川尚が由衣を好きだったから。由衣がいなくなれば自分を見てくれると思った。薫はそう言った。そしてなぜ、紐だったのか。それは呪いを調べた際、サイトの見出しに“相手の持ち物何か一つで簡単に”そう書いてあり、これなら自分でもできると思ったからだと。けれど、彼女はまさかその紐が有川尚のものだとは思わなかったのだ。
「尚くんを呪うつもりはなかったの……。それにあなたたちのこともよ……。呪う相手を間違ってしまったから、あなたたちにも犠牲になってもらおうかと……。もちろんこれは死ぬとかそう言う意味のものじゃなくて、霊的にってことね……」
「本当に薫が……?」
健一がそう聞いた。薫はしっかりうなずく。
「なんでそんな……。俺、海での帰りに薫に告白しようって思ってたんだよ。一年の時に、同じ学科で同じコースで、サークルまで同じで。誰にも分け隔てなく、作った優しさじゃなく、素でいろんな人に接してる薫を見て、気付いたら好きで……。それなのに何で呪いなんて……」
薫は健一を見た。
「俺、本気だよ」
「健一くん……私……」
「待ってるよ。ずっと。俺さ、変だって思われるかもしれないけど、君に呪いをかけられてるのに、嫌いになれないんだよ。ちゃんと自分がしたことに向き合って、反省して。それでもし、少しでも俺のこと好きになってくれたらその時はまた告白してもいい?」
健一は薫にそう言った。
「あ、あのさ……人の家でラブコメ繰り広げるの、やめてくれないか。俺嫌いなんだそういうの。見てて寒気すんだよ……」
椿はそう言うと、自分の腕をさすり始めた。確かに鳥肌が立っている。
「あ、すみません、つい……」
「それに、話はまだ終わってねえよ。まだ、君がここにいるみんなを呪ったことと、有川尚に呪いが行ってしまったことの謎しか解けてねえだろ。あと一つ残ってる。証拠二の解決編と行こうか……」
椿は事前に用意しておいた何かを皆の前へ広げる。
移動式の台の上にはたくさんの物が並べられていた。白い厚紙、水槽、紐、ハサミ、そして勾玉がついた数珠のようなもの。
「今から、早瀬薫が使った呪いを再現する。もし間違っていたらその場で訂正すること。そして呪いの正体が分かれば、この呪いを解くことが出来る。ここにいる全員の呪いが解けたら、有川尚の呪いを解きに行く。それで解決だ。じゃあ、早瀬薫、目を離すなよ」
椿はそう言うと、胸ポケットから勾玉がついた数珠のようなものを取り出し、台の上に置いた。
そして深呼吸の後、ハサミで白い厚紙を切っていく。その形はどこか人のようにも見える。紐を切った
「ここまでで間違いはあったか?あ、数珠以外で」
「あ、ありません……私がネットで見て私がやった方法と同じです……私も紙をそんな形に切りました……その後に、その……」
「唱えたんだよな。相手を呪う言葉を……」
薫は少し震えながら頷いた。
椿が静かに目を閉じ、何かを唱え始める。すると台の上にある、人形の厚紙が独りでに立ち上がった。そして椿は目を開けた。
「みんなここに来い……」
椿は目の前に座る由衣たちを自分の方へ来るよう声を掛ける。全員が集まったのを確認し、台の上に置いてあった勾玉がついた数珠のようなものを首にかけた。そしてまた何かを唱え始める。
すると、手を触れてもいないのに人形が動き始める。
台の上に用意された水槽の中へ独りでに入り、しばらくして水槽から出る。そして台の上に横になった。数分後、突然暴れはじめ苦しんだ。全身の力が抜け、動きが止まる。椿が持ち上げるとその体からは大量の水が流れ出す。
「あ、これ……」
由衣がそう言った。
「あ、ほんとだこれ……」
剛士も何かに気付き、思わず後退りした。
「ああ。こっちの人形は“有川尚”だ。そしてこっちの人形が“早瀬薫”だ。この“薫”は“有川尚”を操っていたんだ。水に入り、眠りにつくと苦しむように。そして誰かに体を起こしてもらうと大量の水を体から吐き出す。これがあんたがかけた呪い……だよな」
椿はそう言って薫を見た。
「間違いありません……私がしたのと全く同じです……全てその通りです……」
「あんたはこれを由衣にかけようとした。けど、たった一本の紐がそれを狂わせた。もしこれを由衣にかけたとき、この後はどうなる予定だったんだ?あんたの口から言ったほうが良いんじゃないのか?」
「そ、それは……」
薫は黙る。その様子を由衣はじっと見ていた。
なかなか話さない薫に変わって口を開いたのは剛士だった。
「もしかして死ぬんじゃ……」
「……その通りだ。こいつが話さないから俺が続きを話す。もし、この呪いが由衣にかかっていたら、彼女は確実に死んでいた。この呪いはいわゆる“溺死”の呪いだ。暴れ苦しんでいるのは肺に水が入り、窒息しかけているから。それに手を貸さなければ呪いをかけられた人は溺死となる」
「で、でも苦しんでいる声が聞こえたら由衣ちゃんみたいに誰かが目を覚ますんじゃ……」
「それはないな。こいつはもう一つ、まじないをかけていたんだ。それはおそらく眠りのまじない。一度眠ったら目を覚まさないようにするためのまじないだ。それを全員にかけている。皆も思い出してみろ。有川尚が苦しんでいる声が聞こえたか?」
由衣と薫以外の全員が首を横に振った。
「まじないをかけた自分以外は目を覚まさない。つまり由衣が苦しんで死ぬのを見ているのは自分だけということになる。自分が彼女の体を起こさない限り、水が流れ出ることはない。つまり……彼女にあるのは死。何でこんなものがネットで調べられるのかは俺には分からないが……卑劣だよ。これはさすがに……」
椿は薫に向かってそう言い放った。
「あ、あの……じゃあ尚くんは……これで呪いの正体も呪いをかけた人も分かったんですよね?この後は尚くんの呪いを解きに行くって……」
楓がそう椿に言った。
「ああ。それは約束だからちゃんと果たさせてもらう。その前に、君たちにかかってる呪いだけ解いておかないと。君たち、よく眠れていないんだろ。変なものが見えて、四六時中、気が気でない状態だろ。それが呪いの副作用だ。この呪いには負の感情が発生する。つまり“眠れない”や“怖い”や“疲れた”なんかのな。するとそれに寄せられて向こうの世界から奴らが来ることがある。そのせいで君たちは霊障に悩まされてるんだ。それを解いてやる……」
椿は一人ずつ、肩に手を置き目を閉じ、静かに解の呪文を唱えた。
「これでもう大丈夫だ。さて、早瀬薫……君はこれからどうする?警察に行っても呪いは立件できない。捜査のしようもない。つまり君を裁ける人はいない。……君はどうしたい?」
彼の問いに薫は答えられずにいた。
由衣が言った。
「四十住さん、今ので私たちにかかった呪いは解かれたんですよね?これから尚くんの呪いも解きに行くんですよね?」
「もちろんだ。君たちはもう安全だ。それに有川尚だって呪いのせいで意識不明だろうから、それさえ解ければ、この事件は解決になる。それがどうした?」
椿が聞き返す。すると「だったら、みんなの記憶に残っているこの事件を消してください。薫の私への憎しみも、尚くんが私を好きでいてくれたことも、この事件に関すること全て。それでこの事件は終わりにしませんか。みんなも、それじゃダメですか?」と由衣が言う。
「薫、事の発端は尚くんが私を好きになってくれたことが原因なんだよね。四十住さんにお願いして、尚くんの私への気持ちを消してもらう。そして薫の私への気持ちも消してもらう。また、初めて会ったときみたいに戻らない?」
彼女は薫にそう言った。
薫はしばらく黙り込み、弱々しく聞き返した。
「……由衣はそれでもいいの……?呪ったのに、怒ってないの?」
「うん。別に怒ってないよ!だって不思議な経験をさせてもらったしね。それに私に呪いはかからなかった。尚くんは誰にかけられたか分かってないし、四十住さんに消してもらえば、きれいさっぱりって感じでしょ。だから薫さえよければ、そうしてもらわない?」
「……ごめん……ごめん由衣……」
薫の口から出た謝罪の言葉。それを聞いた椿は「お前たちが良いんなら、そうする。それでいいんだな?」
全員が頷いた。
「俺は不本意だが……。じゃあ、その前に有川尚のところへ行こう。全部忘れるのは彼の呪いを解いてからだ」
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