JKブランドと将来

時任 花歩

JKブランド

 「純香すみか〜、写真撮ろ!」いつもつるんでいる梨乃りのが私にそう言った。

 「いいよ〜撮ろ撮ろ!」

文化祭やら体育祭やら球技大会やら何かしらの行事があれば…いや無くても私達高校生は写真を撮る。今が戻らぬ日々になる事を知っているから。


 「そろそろJKブランドもお終いかぁ…」今日は文化祭だというのに暗い会話だ。

 「んねほんと。めちゃくちゃ早かった〜。もっと遊びに行けばよかったね〜。」高校3年生になった私達に立ちはだかるのは大学受験。蝉も鳴き始めたこの頃はインスタのストーリーに大学受験に対する気勢があらわれる。受験勉強に集中するためにもう既にログアウトしている子や参考書の面白かった事を載せている子、塾の友達との写真を載せる子。一方、バイクで遠くまでツーリングする子や映画やテーマパークに行ったのを載せる子。薄い膜が張られているような気がして、私はそちら側へは行けないんだなと思う。後者の友達はほとんどがバイトをしていて、経済にも社会経験的にも豊かだ。去年久しぶりに中学の時の友達と遊んだら、自分よりぐっと大人になっていて少し羨ましかったし、すごいと思った。


 高校生活は戻らない青春だ。青く無くても春が来なくても溌剌はつらつとしていてきらびやかで、今しかできない事が本当にたくさんある。だから私達はそんなかけがえの無い日常を写真として切り取って大事に大事に心のアルバムにじるのだ。写真を撮っておけば仮に出来事を忘れていたとしても、見返せばああこんな事もあったなあとか、この時こういうアクシデントがあったんだよなあということを思い出す事ができる。


 「ねぇ純香!まだ今日写真撮ってないじゃん!!」 今度は愛梨あいりから声をかけられる。相手と同じぐらいのテンションに上げて応える。

 「そうじゃん!撮ってないよ!撮ろ〜」

 「はいチーズ!」頭の上にティアラが乗ったフィルターがかかっている。

 「ありがと〜!後で写真送っといて〜 」そう言って離れる。もう既に10人以上と写真を撮ったけれど、別にこの自撮りをインスタに投稿する訳ではない。だからこれは本当に記憶の為、記念の為である。投稿するのは顔を隠している写真や全身、あとはプリクラで撮ったものだ。大抵の女子はプリクラぐらい自分の顔が歪められないと、自分の顔を認められないのだ。一部の顔に自信のある子はノーマルカメラの自撮りをあげている。かくいう私はもちろん前者だ。豆のように小さな目と大きな鼻。顔は丸顔だから、 触角を重めに作って顔の見える面積を減らしている。おまけに短い足。自分が可愛くないことは中学生くらいで気がついた。どうにかしようと努力した結果が今の状態。まぶたが重くてアイプチも不自然な形で貼り付いている。鼻はノーズシャドウを毎日入れて出来るだけ小さくより高く見えるようにしている。メイクをすれば多少は見れる顔になるけれど、学校では満足できるほどメイクをしたらばれて怒られてしまう。そこまでして校則に抗うつもりはない。ただ小学生と違って運動ができるからといってカーストの上位にいられるわけではないから、やはり身だしなみには気を遣わなければならない。

 私と梨乃りの夢葉ゆめはひなはカーストの丁度真ん中ぐらいにいる、と思う。各々このグループとは別に仲が良い友達が上にも下にもほぼ同数いるからだ。でもグループ内での付き合いはさっぱりとしていて、つるむ必要がない時は何日も話さない事もある。このグループを家の様に思っているから起こる行動なんだと思う。別に何日か友達の家に遊びに行っても帰れる場所があるから大丈夫というような安心感がある。それに孤独であってもやっていける人間が集っただけなのだとも思う。まぁ寂しくなったり固まりたい時は固まるけれど…。ビジネスライクな関係…というとビジネスではないんだけれど、教室内においては一応独りきりにならない事が最重要事項だから、割り切った関係でいる。友達というものは重すぎるのも考えものだからすごく丁度いい。互いに依存しあってしまったら二度と抜け出せないのだから。

 正直、友達に値をつける訳ではないけれど、中級以下の子達にとってはカースト上位の友達と仲が良いことは一種のステータスであり自分の価値をプラスしてくれるものだ。だから一緒に遊びに行ったのを盛んにインスタにあげて仲良しアピールをするのだ。でもここで何だか不思議な事が起こる。自分より上位と思っている人をまるでアクセサリーの様にするのだ。私は幼馴染や元親友が目鼻立ちが派手な人間だったからステータスとしてはまぁあるのではないかなと思う。ただ自身がつまらない人間である事が最大の問題だと思う。結局ほとんどの女子は次の日には覚えていない様な会話をしてその場凌ばしのぎぎで生きている。その場で会話がそこはかとなく続けばいいやと思っている。


「卒業したら、どれくらい繋がっていられるのかな。」


ふと口からこぼれ出た言葉に、そばに座っていた3人がぎょっとした顔で私を見た。どれくらいの人と、どれくらい先まで繋がっていられるんだろう。あと半年経って卒業したら、私達を縛っていた「高校」や「クラス」がなくなる。つまり関わる上で 最も大切な理由を失うことになる。そうしたら私は。

 「突然なんてこと言い出してんのよ。そんなの可能な限りずっとよ。ずっと。うちはあんたたちといると楽なのよ。いちいち気を遣う必要もつくろう必要もないもの。」

私の思考を遮るように夢葉が言った。夢葉はさっぱりとしていて気が強い。誠実な人だから嘘がつけない。将来今の言葉が嘘に変わらないように、「可能な限り」といっているのだろうな。未来のことなんて分かりはしないから。

 「そうだよ!ほかの子たちと繋がり続けるかは澄香次第だけど、梨乃は澄香のこと、離さないんだからね?!」

予想外な返答に驚いた。それとなく聞かなかったふりをすると思っていた。私が思っているより……。

 「澄香が思っているより私達は澄香のことを大事に思ってるし、大好きなのよ。澄香は感情がすぐ顔に出るし、何となくだけど澄香が隠したい事があるのもわかる。まだ誰かを信じきれないのも見てたら分かるわ。でも、澄香は私達の事をどう思ってるの?」雛がさとすように言った。

 「私は……。損得勘定で生きてきて、誰よりも大切に思っていた元親友に裏切られて、誰かを心の底から信じるっていうのができないままでいるんだと思う。私自身でさえ信じてないし。でも私が思っていたより大事に思ってもらえてて嬉しい。その反面、同じ感情を今すぐには返すことができない苦しさもある。だから……この先もそばにいてほしい。私は今 、みんなの言葉に救われたから。いつか同じ気持ちを返すから。少なくともそれまでは私と繋がっていてほしい。」

「よく言った!ちゃんと今までも、これからも繋がってるんだよ。私達。強く結びついてるの。」梨乃がそう言った。すごい自信。


 それから先は机に齧り付いて勉強していたら夏も秋も冬も過ぎてしまった。卒業式が終わっても私の心には一抹の不安もなかった。卒業式は格式ばっていて少し眠たかった。そして、それなりに仲が良かった子たちとの人生最後の自撮りを済ませた。きっともう会うこともないだろう。少しずつ人が減っていく。3年前の入学式の日も、今日みたいに少し肌寒くて陽射しが強かった。あの日は4月なのに寒い日で、セーターを着ていかなかった事を後悔してたんだっけ。そしたら夢葉が私に、今日結構寒いね。セーター着てくればよかったかも。とはにかみながら話しかけてくれたんだ。懐かしいなあ。写真のフォルダを遡ってもその時間に遡る事は二度と出来ないんだ……。この教室を出たら、もう二度と戻れない。そう思った。ちょっとJKに執着しすぎかな、なんて思いながらたくさんの生徒を送り出した後の、寂しい教室に私たちは残っていた。

 いつの間にかいつもの4人だけになっていた。

「みんなはいつ行ける?澄香はいつ引っ越すんだっけ?私もあと一週間で名古屋に引っ越すけど……。」夢葉が言った。夢葉は名古屋の国立大学に進学する。今住んでいる首都圏からかなり遠くに離れてしまう。だから4人で近場に卒業旅行をすることになった。

 「私もあと一週間とちょっとかな。私はまあ帰ってくるのも時間かからないけどね~。明日は用事があるけどそれ以外の日なら大丈夫。」私は大学進学のために東京に下宿する事になった。関東に住む私たちは東京の大学なら自宅から通えないこともない。進学のために一人暮らしをすることは、散々迷って決めた。毎日、通学に往復6時間かかるとバイトも勉強もうまくできないだろうし、一人暮らしをして苦労をすべきかなと思ったから。あとは家族に縛られずに好きな時間に寝たり起きたりして、大学行って勉強したりサークル活動をしたりしたい!と思ったから。

 「私は事前課題も終わったしいつでも大丈夫よ。」雛は美術大学に。

 「梨乃、明後日は用事があるけど~それ以外なら大丈夫!」梨乃は県内の国立大学に。二人は自宅から通学するそうだ。

 「じゃあ明々後日しあさってにしよっか。どこ行きたい?」夢葉がみんなに聞く。

 「梨乃、鎌倉行きた~い。みんなで着物着て~いっぱい写真撮りたい!」

 「いいじゃん!あ、浅草でもいいかも!いちご飴食べたい!」この間インスタで可愛いスイーツがたくさんあったのを思い出した。

 「私はいろんな神社仏閣に行きたいから、鎌倉がいいかな。」雛は御朱印集めをしているからかな。

 「じゃあ、鎌倉でいい?」

 「うん!」この4人ならどこに行っても楽しい時間になる。みんな自然と笑顔があふれ出す。私は今日を記憶に留める為にポケットからスマホを取り出した。

 「じゃあ~LJKラス日記念で写真撮ろ!!ハイ、チーズっ!!」

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