第9話人類補填計画法案

契約までには二週間以上要した。六法全書のような分厚い取り扱い説明書に小夜子は軽く目眩した。2210年、人類は人工での遺伝子操作により、新たに人のコピーを造ることに成功し、それによりこれまで懸念されていた少子高齢化問題は解決されつつあった。AIであるヒューマノイドは、年金の支払いに対して反発を起こしており、時の総理大臣である赤井秀ニは、早急に人類培養器の導入に動き、既婚者だけでなく、独身の者にも人類のコピーであるTAGの市場化に動き出していた。『未来の子供たちの為に、TAGの組成を推奨します』と書かれたポスターが街中に貼られていて、ドローンAIも空を彷徨いながら、ひたすらTAGを推奨していた。2215年、人類補填計画法案として、いよいよTAGの試用が開始されたが、それによる犯罪が増加。虐待、幼女趣味、カニバリズム、人身売買など、TAGをモノとして扱う輩が絶え間なく出没し、飼えなくなったTAGをシャンティタウンに捨てるという犯罪者が増加したため、シャンティタウンは、捨てTAGや、ヒューマノイドに仕事を奪われてしまった純粋な人類によるホームレスたちで溢れた。現実主義派である野党の政治家たちは、ただちにTAGとヒューマノイドの廃止を訴えたが、現在、税金の三割を彼らから担っている現状から、代替え案も浮かばない状態により、わずかな勝ち組で選挙権を持つ一級国民たちもまるで他人事のようにだんまりを決め込んでいた。それから30年後の、2245年の春、飯島 小夜子(26)は若くして結婚という行為を諦めていた。しかし、TAGによる子供は以前からずっと希望しており、市役所から申請が通った連絡がきたときは、飛び上がらんばかりに喜んだ。TAGプランナーである叔母が、わざわざ小夜子の家までカタログを一緒に持ってきてくれた。『今どき、結婚なんて流行らないしね〜私も旦那と仲違いしてるし、TAGによる子育てなら将来も安泰よ』叔母の旦那は今まで一度も見たことないが、もしかして生体型ロボットにAIを積み込んだヒューマノイドでは無かろうか?人として外見の魅力も内面もあまり良い印象のない叔母が、通常の人間と共に生活を営むのはあまり想像できなかった。かといって、その手のことを直接質問することは、ヒューマノイドやTAGが国の半分を占める大格差社会ではご法度であった。『ただし、TAGを飼うからには、ぜっっっったいに捨てたりしたら駄目よ。人身売買ももちろん駄目!ヒューマンオフなんて闇のお店に持ち込んだりしたら、即逮捕よ。今は以前より厳しくなって、懲役だって100年以上は行くの。しかも服役中は、常に痛みの伴う常痛薬を毎日飲まされて、地獄より辛い毎日になるわよ』そんなことは小夜子だって百も承知だとはあえて言わずに首だけを縦にふる。『まあ小夜子なら安心ね。貴女ならきっと上手く育ててくれる。私が保証する』叔母は私の何を分かっているのだろうと口から出そうになったが、面倒くさいので黙っておくことにした。『髪の色は明るい茶色くらいが良いわね。ダメよ〜金髪なんて、イジメの対象になるわ。けど瞳の色はインディゴブルーが流行ってるのよ。やっぱり顔は大事よね。俳優やアイドル系の整った顔にしなきゃね。マニアが不細工なTAGを私に依頼するとき、私はいつも嫌悪感を覚えるの』叔母はまるで自分のことのように身を乗り出して、小夜子に注文を出してきたが、おおむね異論はなく、意見を尊重しつつも、小夜子なりの意見も盛り込んだ。『この辺りにホクロをつけたりしたらどうかしら?あえて人間らしさをつけることで周りにTAGだとバレる心配もないし』叔母はそう言うが、小夜子としては別段、自分の子供がTAGだと周りにバレようがどうでも良かった。聞かれたら正直に言うつもりだし、悪いことをしているわけでもない、そんなことで見栄を張る方が遥かに面倒くさい。『わあ〜素敵なお顔立ち、大昔にいたアイドルの木村拓哉そっくり。知ってる木村拓哉?』誰だよそれ?叔母さんだってリアルタイムで絶対に見てないだろと心の中にツッコミをいれつつ、外見はだいたい決まってきたので、精神面などのオプションの話になった。『涙はつける?涙の色とかも選択できたりするけど………涙は良いものよ。涙の数だけ強くなれるよ〜アスファルトに咲く花の〜ように♪』何百年前の歌だよ。叔母の平成歌謡好きにも小夜子は辟易としていた。『それでね、ここからが超大事、ここをミスると、子育てに嫌気がさして、捨てTAGが増える要因ともなるの』叔母が出したもう一冊のカタログには、メンタル面のオプションが細々と書かれていた。『面倒くさいかも知れないけど、ここで手を抜いたりしたら、貴女が一生困ることになるからね。大丈夫、ワタシも形成に携わってあげるから、任せて』不細工な叔母のウインクに小夜子は胸くそが悪くなったが、ここは叔母の助言にも助けてもらうことに決めていた。『多少お金は高くつくけど、ここを出し渋りしたら一生困るのは貴女なんだからね。ここをセコく抑えようとする輩たちが、虐待したり、シャンティタウンに捨てたりして社会問題になるんだからね』叔母は身を乗り出して、肉体やメンタルのカタログを小夜子の目の前に広げてきた。『スポーツに音楽に絵画に秀でた能力をつけましょう。お笑いなんかダメダメ、イジメの的になるわよ。貴女真面目に考えてる?』小夜子は子育てにも乗り込んできそうな叔母の勢いに閉口した。『どうせならオリンピッククラスや、アーティストクラスにしない?桁は跳ね上がるけど、貴女の将来は安定よ』小夜子はさすがにそれは断ったが、抜群の運動神経と絶対音感は入れてもらうことにした。IQは通常よりも少しお高めにしたが、この段階で、小夜子の年収の10年分の価格になった。『だから何度も言ってるでしょ、子育てというのは先行投資なの。コレに貴女の人生を全て賭ける気でないと、子育てなんてとても無理』叔母の息子は小夜子と同い年だが、TAGなのかヒューマノイドなのか純粋な人類なのかは聞いたことはないが、引き籠もりで部屋から全く出てこないと小夜子の両親から聞いたことがあった。なるほどもしTAGならば説得力ありありだわと小夜子は心の中でほくそ笑んだ。『反抗期はあまり強くない程度につけておいて、従順すぎる子供なんて貴女も嫌でしょ?正義感は逆に強めにしましょう。イジメとか困っている人を助けられる子供でないと貴女も嫌でしょ?緊張感も少しは持たせておきましょ。何事にも動じないなんて可愛げなさすぎて貴女も嫌でしょ?』何回貴女も嫌でしょと言うつもりなのだろうと、小夜子は叔母にバレないように嘆息した。ようやくまとまり、二週間後に小夜子は遺伝子操作で熟成された受精卵を預かることとなった。そして想像していた通りのTAGの赤ん坊が産まれた。名前は叔母が、飯島バリーと名付けた。髪の色と瞳の色が日本人ぽくなくて、ハーフの設定にしようと言い出したのだ。『旦那はイタリア人で、地元に単身赴任しているという設定になさい』叔母はどこまでも見栄っ張りだ。小夜子は正直に言うつもりであったが、叔母との間に変な齟齬そごが生じるのも上手くないと思い、話を合わせることにした。バリーはイジメなどとは無関係にすくすくと育ち、勉強やスポーツ、音楽にも精通していて、正直周りの親たちもいぶかしんだが、小夜子に直接言ってくる者は皆無かいむだった。ヒューマノイドやTAGなどの差別化を無くそうという政府の動きも大きかった。しかし、TAGには生殖機能がなく、基本的に結婚も出来ないため、本人にも伝えるべきであったが、バリーに伝えることが出来ないままに、彼は高校生となった。小夜子は自分の老後の世話の為に貴方を造ったというのは、さすがに憚られたが、意を決して、バリーの18歳の誕生日に打ち明けることにした。誕生日の一日前に、バリーは小夜子に話があると相談にきた。『好きな人がいて、結婚したいと思っている』とバリーから打ち明けられた小夜子は、涙ながらに貴方はTAGで結婚はできないと説明した。バリーは少し考えたような表情を浮かべて、小夜子に言った。『幼少の頃に、叔母さんから、自分はTAGだと聞いていた。お父さんが海外に転勤しているということが嘘だということも聞いていた』バリーは呆然とする小夜子に淡々と述べた。『彼女は、僕がTAGであると知っても容認してくれたんだ。僕と彼女は結婚は出来ないけど、駆け落ちをして一緒にシャンティタウンで暮らすことにしました。お母さん、今まで育ててくれて本当にありがとう』小夜子はキャリーバッグを片手に家から出ていく息子を見送り、そのまま崩れ落ちた。反抗期のメンタルをつけた叔母を心の中で恨み、歯ぎしりをした。

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