第28話

「……その銃、どうしたの?」

 それから三日ほど後。今後のことを相談しようと寮の信仁しんじの部屋に入ったあたしは、信仁がいじってる大型ライフルを見て、聞いた。

「ああ、寿三郎じゅざぶろうに頼んで、アイツのアメリカの親戚から譲ってもらったんス。いやあ、持つべきものは友達っすね……」

 寿三郎の実家は、小さいけれど新進気鋭の先端技術製造開発企業で、ドイツ、アメリカ、日本に開発部門があって、って事くらいはあたしも聞いたことがあったけど、武器も扱ってたとは初耳だった。

 とはいえ、例え親戚の子の親友から頼まれたとは言え、それくらいでおいそれと譲ってもらえるほど銃というのは安くはない事くらいはあたしでも知っているし、実際目の前のそれは相当お値段が張りそうな代物だし、そもそもそんなにホイホイ譲って良いものではないし、大体からしてどうやってここまで持ち込んだのかとか、正直疑問はつきない。

 そのあたりの事をあたしが尋ねると、信仁は、

「ああ、それは、書類上はベンチマーク試験用の備品が償却廃棄になったものだって聞いてます。まあ、実際のところは、寿三郎の叔父さんが趣味でやってるガンスミスの産物らしいっすけど」

「ガン……何?」

「ガンスミス、鉄砲のチューニング屋さんっすよ」

 ああ、その言い方ならわかりやすい。

「何しろ、相手が相手だ。これくらいないと……」

 重そうなそのライフルを構える信仁の姿は、割と様になっている。さすがは射撃部、といったところか。

「にしても、どうやって持ち込んだのよ?」

「軍用機に便乗して横田に入って、日本国内の研究所に持ち込むって体で持って来たって、エルザさん言ってました」

「エルザさん?」

「寿三郎の叔母さん、つか叔父さんの奥さんだって」

 その経緯いきさつは、こんな感じだったらしい。


「銃を手に入れろ、だあ?」

 「奴」を仕留めた翌日。寮の屋上に呼び出された寿三郎は、だしぬけに信仁に頭を下げられ、そう返した。

「言いたいことは色々あるが、なんで俺に頼むんだ?」

 屋上の金網フェンスによりかかり、寿三郎は信仁に聞く。

「お前、低年者推薦で空気銃エアライフル持ってなかったっけか?」

「わけは今は言えねぇけど、「紐付き」じゃない銃が必要なんだ。それも、エアハンドライフルなんて豆鉄砲じゃなくて、「クソ強力で高精度な猟銃・・」がな……お前、前言ってたろ?親戚がアメリカでガンスミスやってるとか、親父さんの会社が近々軍事部門に食い込もうとしてるとか。わけは言えねぇとか今すぐとか勝手な言い分だし、無茶は重々承知してるが、お前しか頼めそうな相手が居ねぇ。何でもする、一生恩に着る。頼めないか?」

 信仁は、寿三郎の瞳を、薄いスモークのかかった眼鏡の奥の緑の瞳を見つめて、頼む。

 その視線を数秒、真正面から受け止めていた寿三郎が、ジャケットの内ポケットから携帯を出した。携帯に視線を落とし、短縮ダイヤルを押しながら、信仁に言う。

「何でもするって言ったな?」

「ああ」

「……よし、じゃあ、学校出たら親父の会社に入れ。特例も何も無し、自力でだ。そしたら、俺が定年までこき使ってやる」

 それだけ言って、寿三郎は呼び出しボタンを押す。短い呼び出し音の後、英語で話し始める。

「……替われ。どんな銃が要るか話せ。日本語で通じる」

 そう言って、寿三郎は携帯を信仁に渡した。

「……済まねぇ。恩に着る」

 携帯を受け取りながら、信仁は答えた。


 その銃が届いたのは、翌日の午後だった。

 具体的にどうするべきか、ともえから得たまどかの情報を元に自室で作戦を考えていた信仁は、急に寿三郎に呼び出され、寮の屋上に向かった。

「エルザ・ハントさん、俺の叔母に当たる人だ」

「初めまして。エルザで結構よ」

 流暢な日本語で、その腰に届く長いプラチナブロンドの髪を持つ女性は自己紹介する。重いはずのガンケースを軽々と肩にかけ、足下には別の丈夫そうなアタッシュケース。屈強かつグラマラスな肢体をシンプルなビジネススーツに包むその白人女性は、歳は三十前後に見えた。

「あ、は、初めまして。滝波信仁です」

 流石に、信仁もその容姿と雰囲気には気圧される。

「これを渡してくれって頼まれたんだけど。何?狼男ウェアウォーフでも狩ろうって言うの?」

 肩にかけていた特大のガンケースを降ろしながら、エルザが言う。丁寧に屋上のコンクリの床に置き、開いたガンケースから現れたのは、そこそこに使い込まれた大型狙撃銃、PSG-1。

「これがご希望の弾丸たま。これ作るのに、イーチ、徹夜してたわよ?」

「……イーチ?」

「俺の叔父さんだ、横井徳市朗よこい とくいちろう、エルザさんは奥さんだ」

「まだ籍入れてないけどね」

「そりゃ……お手数おかけしました」

 使い古しのケースに入った7.62mm弾を、信仁は受け取る。鈍く銀色に光る弾頭を持つその弾丸は、計十発。

「こんなに……」

「サービスだって。狼男ウェアウォーフ狩るんなら多いに越したことないだろう、だってさ。あと、ノーマルのFMJミリタリーボールも百発、おまけに付けてあげる。何に使うんだか聞いてないけど、使う前に練習はいるでしょ?」

「何から何まで、すみません」

「ただし」

 日本人にはないグラマラスな肢体を包むビジネススーツのボタンを外しながら、エルザは言う。

「これを渡すに相応しい腕前かどうか、見せて頂戴。それが条件。いい?」

「……勿論です」

「グッド。じゃあ、これ」

 前を開いたスーツの脇のアップサイドホルスターから、エルザはH&K P7を抜き、信仁に渡す。

 渡された信仁は、まるで銀行員がボールペンを渡されたかのような自然な仕草でグリップエンドのマガジンリリースを左掌の付け根に当て、曲げた指をマガジン底部に引っかけて器用に一挙動でマガジンを抜く。抜いたマガジンをグリップを握る右手の薬指と小指で手挟み、左手でエジェクションポートを包むようにしながらスライドを引いてチャンバーをクリアする。スライドを戻し、セイフティをアンロックして、スクイズコッカーを握りしめてトリガーを引き、空打ちでストライカーを落とす。

「……上出来」

 ここまで、銃口が全く人の居る方に向いていないこと、引く直前まで人差し指がトリガーにかかっていないことを確認したエルザが呟く。

「え?」

「合格よ」

 意味を取れなかった信仁が、エルザの顔を見る。

「あなた、相当慣れてるわね?P7これ、知らない人だとアメリカ人でも撃てないし、マガジンも抜けないもの。マズルコントロールも身についてるみたいだし。撃たなくてもわかるわ、合格よ」

「いや俺、割とH&Kヘッケラーウントコッホ好きで、サバゲでよく使うんで……」

「っていうか姉さん、日本国内で実銃持ち歩くの止めてくれっていつも言って……」

「あら、大丈夫よこれ。だって……」

「……空砲ダミーカートですよね?それ」

「あ、わかっちゃった?」

雷管プライマー抜いてありますから」

 P7をエルザに返しながら、信仁は左手で受けた薬莢カートを見せる。薬莢底部の中央に、雷管キャップが嵌まっていない。

空砲ダミーって、俺が言ってるのそういう問題じゃねぇんだけど……」

「目ざといわね、ますます良いわ。あなた、うちの会社来ない?」

「それは駄目だねえさん、こいつには将来、俺の下でバイオ系やらせるんだから」

「あら。残念ね……まあいいわ。気が向いたら転籍大歓迎よ。それじゃあ、銃の細かい説明は要らないわね。PSG-1には純正マグ二つにG-3用マグが二つ付けてあるわ。それと」

 エルザは、別に持っていた重そうなアタッシュケースを開く。

「こっちはサービス。イーチが、面白そうだから、使えそうならこれもくれてやれって。それもこれも、うちの開発で使い込んだ用廃の中古だから、遠慮なくもらっちゃって」

 .38SuperComp仕様のストライクガンの入ったアタッシュケースを見せながら、エルザが言った。


「PSG-1にストライクガン、銀の弾丸がそれぞれ十発ずつ。練習用の予備弾もたんまり。会社のレンジまで貸してくれて、有り難くって涙が出ますよ」

 知識のないあたしから見れば、超ごっついライフルと拳銃、それ以上ではないけど、どっちも買ったら凄い値段らしいし、そもそも、どっちもマニアにはたまらないものらしい。

「それで、使えるの?」

 あたしは、腕組みして、聞く。重要なのは、そこだ。

この銃PSG-1なら、三百メートルでリンゴ撃ち抜いて見せますぜ。ただ……」

 あたしの目を見ず、信仁が言う。

「姐さんのお婆さん相手となると。話聞く限り、とても一筋縄じゃ行きそうにないっすからね」

 本当に、自信がないんだ。あたしは、信仁の口調からそれを知る。普段なら、言葉使いは自信なさそうでも、語調がもっと軽いから。

「……大口叩いたのはあんたよ。結果出さないと承知しないから」

 あたしは、信仁の横に立って、腕を組んで見下ろし、睨んでみせる。

「ああ、手はいくつか考えてる。まあ、やってみせまさ」

 信仁は、銃から左手を離して、手の甲であたしのお腹のあたりをポンと軽く叩いた。

「期待してるわ……本当に」

 いつもほどは軽くない信仁の返事に、あたしも真剣に答える、あたしのお腹を叩いた信仁の左手に両手の指を絡ませ、お腹に押し当てるようにして。あたしも、不安の方が大きい。でも。

 肩越しに振り向いて見上げる信仁の瞳を見つめながら、あたしは、今はそれを、不安を、逃げ出す哀しみじゃなく、一緒に居られる希望で塗りつぶそうとがんばってみることに決めていた。


「……あーもう。いいわよ、信仁君、話していいわよ」

 うっかり、あたしはまた思い出に浸っていたらしい。婆ちゃんが嫌そうに、信仁にそう話を続ける許可を出したところで、あたしも我に帰った。

「じゃあ、話しますけど、俺サイドの目線なんで、訂正あったらいつでもよろしくお願いします」

 そう言って、信仁はその夜のことも話し始めた。

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