第12話

「そういった、人の側の夢魔の、文字通り身を挺した協力のおかげで、今説明したみたいな事実が判明したのは、ごく最近の話しだって聞いてるわ。おかげで、今ではいろんな事が分かってるって。例えば、夢魔の力を持ちつつも、その自覚なく生まれて、そのまま生きている人が結構居るとか」

「結構って……そんなに、いらっしゃいますの?」

 思わず聞いた玲子に、苦笑して、鰍は話を続ける。

「まれにしか起こらない事だけど、そもそもの人口っていう母数が大きいし、時間軸もあるから。トータルでは意外に多いの。と言っても、万単位に一人、居るかいないか以下だけど。で、そういう人には、いくつかの共通点があることも分かったし。例えば、自覚の有無に関係なく、夢魔の力を持つ人の多くは外見上、男女を問わず魅力的なことが多くて、今までそれが不思議がられてたんだけど、何の事はない、夢魔が人の嗜好を理解した上で、繁殖に有利な個体・・・・・・・・を選んで取り憑いていただけだとか」

「要するに、夢魔は面食いだって事です?はい?」

「そゆこと」

 思わず聞き返した蒲田に、鰍は頷く。

「夢魔の力を持つ人は、自覚がなくても人を引き寄せる何かを持っている事が殆どなんだけど、これも、無意識なんだけど夢魔の力が周りの人に影響しているのよね。悪意がある夢魔は、それを利用して相手を引き寄せて支配下に置くんだけど、自覚が無い場合はせいぜい希代の女たらし男たらし、ただ、一緒に居ると凄く楽しくて気持ちいいけど、翌日猛烈に疲れてる、無意識ではあっても相手の精気を吸ってしまうらしいのね」

 あ。思い当たる節があって、小さく五月は声を出す。じゃあ、亮子りょうこのあれは、薬とかじゃなくて、そういう事だったのか。亮子は体が保たないと言って私に相談してきたけれど、なるほど、そりゃもたないのも道理か。

「そして、これも自覚の有無に関係なく、総じて人の夢魔はいつまでも若々しいわ。そりゃそうよね、人の精気を吸ってるんだもの。とはいえ、無意識であれば精気を吸うにも限度があって、寿命まではそんなに変わらないんだけど……ああ、言っておきますけど、アタシとばーちゃんは別ですからね。他人ひとの精気なんぞ吸わなくっても、アタシ達は人一倍精気に満ちてるんだから」

 そう言って、鰍は自分の胸を親指で指差す。

「ああ……」

 誰ともなく、声が漏れる。そうか、人狼の肉体をもってすれば、そういう事なのか。話を聞いていた皆は、それぞれそのように納得する。だから、あんな法外な法力を、魔法を使うことが出来るのか、と。

「……って事は、無意識でなければ……まさか?」

 その可能性に気付いて、今度は柾木が鰍に尋ねる。

「その通りよ。無意識でなければ、意図的に他人の精気を必要なだけ吸うならば、不死はともかく不老である事は可能になるわ……「奴」は、五月さんの言う「桐崎」って夢魔は、そういうものだった、って事ね」

「……だとしたら、一体、どれくらい……」

 五月が、呟くように、聞く。どれほど年経た妖怪、怪異だったのか、と。

「……実を言うと、あたしより古いはずよ。正確にはあたしも知らないんだけど。古いって事だけは、確かよ」

 鰍に目で促された円が、苦々しげに、言う。

「……え……」

 五月が、思わず声を漏らす。以前、酒井と軽く暗算してみただけでも、円自身既によわい百を超えるのは確実という結果になっていた。その円より、古い?そんなの相手に、私、よく押し返せた、よく生きてたな……五月は、その円の言葉を聞き、その円の表情を見て、それが真実であると感じ、言葉を失う。

「まあ、現世こっちでやり合えば勝つ自信はあったけど、夢の中、しかも「奴」の支配下の夢の中じゃ、あたしだって分が悪い、そういう相手だったってのは事実よ。だから、五月ちゃんは本当に良くやったと思うわよ。「奴」が喰いつこうと、五月ちゃんを自分の夢に取り込もうと大口開けたところに、見事に松明たいまつ突っ込んだ、そんな感じかしらね」

「そんな、私……」

 その円の褒め言葉には、嘘偽りも誇張もない。それを感じ取った五月は、素直に照れる。

「……押し返しただけで、仕留めては……そうだ、その後、結局、桐崎は、その「奴」ってのは、どうなったんですか?」

 円の褒め言葉を反芻していた五月は、その「押し返した」の先があることを思いだし、円に尋ね返す。

「……あたしの知ってる「奴」の最期は、巴、あんたの「ゆぐどらしる」で貫かれて果てた、って事なんだけど……」

 五月から巴に視線を移した円の声色が、少し低くなる。

「……その後のゴタゴタですっぽ抜けちゃったあたしもアレだけど。何がどうしたんだか、洗いざらい教えて頂戴?」

「えーっと……」

 言葉は優しいが語気は厳しい円の詰問に、たじろぎつつ巴は隣の信仁を見る。

「……したら、俺が話した方がいいスかね?」

 ウーロン茶をすすっていた信仁が、諦めたように息を吐きつつ、確認する。

「そうしてもらえると助かるわ、お願い」

 お願いと言いつつ、命令に近いプレッシャーで答え、円は、カウンターに背を預けるように寄りかかって姿勢をリラックスさせる。

「……ユグドラシルって、何でしたっけ?」

 今のやりとりで生じた素朴な疑問を、柾木は小声で隣の玲子に尋ねる。どっかで聞いた覚えのある単語だが、何だったか思い出せない。

「北欧神話における世界樹の事ですけれど。巴さんの、という意味がよく分かりません」

「ああ、そういやゲームとかで聞いた覚え、あります」

 柾木は、RPGゲームか何かで聞いた覚えがあった事を思い出していた。

 玲子と柾木がそう言い合っているのを聞きつつ、酒井源三郎さかい げんざぶろうは、そういう知識は、自分はまるで足りてないなと痛感する。ゲームの類いもしないから、日本の昔話ならともかく、世界の神話とかそっち方向の知識が全く不足している、と。

――これから、今の仕事に必要になるかもしれない。一から勉強し直すか……――

 酒井は、グラスの中の琥珀色の液体を回しながら、そんな事を思う。


「「ゆぐどらしる」は、巴はんの使つこてはる木刀の事どす、たいそうな業物やて聞いてます」

 玲子の答えに、耳ざとく聞きつけた環が補足を入れる。

「ああ……」

 柾木と玲子の感嘆が重なる。そういえば、こないだの一件で、巴さんが木刀で、鉄格子だろうが何だろうが紙みたいに切り裂いてたっけ。円さんの鉄扇にしろ、巴さんの木刀にしろ、この人達の持ち物はどうにも底が知れない。

「どこから話したもんですかね……」

 こちらも、椅子の背もたれに寄りかかりつつ、軽く天を仰ぐ。

「……姐さんが刺されたあたりから、かな?」

 軽く勢いを付けて身を乗り出し、膝に肘をついて、唇を舐めて信仁は話し始める。

 ……そうね、話し始めるなら、そこからよね……

 信仁を横目で見つつ、グラスの水割りを空けて、巴は、思う。

 いろんな事のきっかけ、だったもんね……

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