第6話 Troublemaker☆

 広い講堂に集っていく天使と付き人。影からその様子を見ていく。時間は刻々と進み、約束の時間となりかかる。それなのに、ナルミはまだこない。

 天使のいない付き人が一人入ってきた。

 急いで近づいた。

 人違いだ──

 鮮やかな青色の髪や瞳、爪。赤色のナルミとは違った美しさがある。背が高さとショートカットが歌劇のようなかっこよさを引き立たせている。

「どうかしましたか」

「いや、なんでもない。人違いだった」

 重い腰を上げたのだ。もう腰を下ろせない。俺は彼女を素通りし、向こう側へと進んだ。

「……行くか」

 世話をかけさせやがって。なんて思いながら、足を前へ前へと出す。

「もしかして、付き人を探しに行くのですか。よろしければ、同行してもよろしいでしょうか」

 先程の女がやってきた。

 何故着いていきたいのか聞くと、

「わたくしが仕える天使様が迷子になってしまったようですから。誰かに連れられきていることを望んでいたのですが、甘くはないようなので探しに行かなければなりません。せっかくなので共に探しに行こうと思った所存です」と答えた。

 至極丁寧だ。まるで完璧な付き人のようだ。しかし、どこか冷たさも感じる。言うなれば慇懃無礼というところか。

 自分の部屋へとたどり着く。しかし、中には誰もいなかった。つまり、入れ違いになったか迷子になったか、だ。

 しかしながら、もし迷子ならこの広い館の中をどう探すというのか。悩みの種だ。

「そういや、名前ってなんていうんだ?」

「嗚呼。自己紹介がまだでしたね。わたくしはノナミ様に仕える侍女のハルと申します。以後、お見知り置きを」

「俺はアサヒだ。新入生で分からないことだらけだ。その時はよろしく頼む」

 どこか冷たいな。けど、これは間違いじゃない。付き人として当然の対応だろう。

 完璧な雰囲気に息が詰まりそうだ。けれども、完璧じゃなければ……。何故か知らないが、完璧でいるべきか否かで揺れる心がいた。

 この建物はとても広い。

 一度迷えば迷い続けそうだ。

「そう言えば、ハルは付き人を探すあてはあるのか?」

「ありますよ。ノナミ様は天性のトラブルメーカーですから。必ずトラブルが起きますよ」

 どういう意味なのか全く分からない。長いこと考えても、やっぱり意味が分からない。

 何を言っているんだ、と少し呆れの混じった感情で歩いていると、すぐに彼女の言っていることが分かった。

 ドドドドド。怪しい音が聞こえる。

 音のする方へと耳を傾ける。


「どうしたらこうなるんですかっ!」

「わかんないよー」

「もうこれ以上ドジんないで下さいー」


 ナルミの声だった。

 二人がこちらに向かって走ってくる。

 後ろから……巨大な樽が転がってきている。追いつかれると潰されそうだ。……嘘だろ!?


「我が愛しきお姫様プリンセスノナミっ。ようやく見つけたよ」

私のマイ王子様プリンスハル。お迎えにきて下さったのね。嬉しいわ」


 翼のない少女がノナミと言った。翼のない天使なんて聞いたことがない。


「んな、こと言ってる場合じゃないだろ!」


 俺とハルは騒動に巻き込まれ走ることになった。

 四人で必死に逃げていく。

 前方面に壁が見える。前方は行き止まり、右左の道に別れるしかない。

 俺らはそれぞれ横へと避けた。

 樽は曲がることなく壁に衝突し、木っ端微塵に粉々となった。

 中身のジュースがゲリラ雨のように降った。

 口に入ると甘い雨が、虚しく時間を過ごさせる。


「大丈夫かい。怪我はないかい」

「うん。ハルのお陰で怪我しなくて済んだ。さすが、養殖だね」


 目の前に広がる仲の良さ。多分、完璧とは言えないだろう。けれども、どこかそんな二人を目指したいという気持ちが芽生えている。

 俺とナルミの間にそんな掛け合いはない。

 俺らの仲は最悪だからだ。


「ノナミちゃんって……天使様だったの?」

「うん。生まれつき翼はないけど天使なの。だけど、タメ口でいいからね。だって、うちらは友達でしょ」

「うん。それと、ハル先輩お久しぶりです」

「久しいな。養成所以来だな」


 翼のない天使なんているのか。初めて見るその姿が眼に強く残る。


「そう言えば、ハル先輩が養殖ってどういうこと?」

「うち、よく天然って言われるんだよね。天然があるってことは養殖もあるってことじゃん。天然は天使の自然体? の略で、養殖はまあ養成所の何とかの略だから、天使うちらは天然で、サクリは養殖って理由わけ。でしょ?」


 ちんぷんかんぷんな返答に言葉を失った。

 ナルミは笑いながら二人の輪の中へと入っていった。

 追い求める完璧はなんなのか全く分からず路頭にさまよっている自分がいる。今の俺には三人の中には入れない。そう感じ取った。

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