自由席

彼方 紗季

1話目

「今日は行く」

 そうメッセージが来たのをシズカは確認し「了解」と返信した。

 朝の教室、授業まであと三十分。座る席の選択肢は無限にある。教室の半分から少し後ろ、いつも座っている窓際の四人掛けの席にリュックサックを下ろした。椅子にリュックサックの金具が当たる音が教室内に響き渡った。

 前方の席に目を向けると数人が既に座っており、何かの参考書などを熱心に読んでいる学生や、横向きのスマートフォンに素早く指をタップしている学生がいた。シズカはリュックサックを下ろした隣の席に座り、手に持っていたスマートフォンをグレーのパーカーのポケットに突っ込んだ。そして彼には少し低い机の上に腕を組み、そこに額を押し付けるようにして眠りについた。


 眠りから覚めると既に教室は八割ほど座席が埋まっていた。小麦色の肌の額には寝たと分かる跡がくっきりと付いている。しまったと思い右隣を見たが、幸い残りの二座席にはまだ誰も座っていない。シズカは慌ててリュックサックから取り出した筆箱を、一つ空けた席の机に放り投げるようにして置いた。

 教室の黒板上に設置されている時計を見ると、授業開始まであと五分程。ポケットからスマートフォンを少し出して通知を確認するも、特に何も来ていなかった。軽く息を吐き、シズカはリュックサックを覗き込んだ。

 「アイ君ばいばい」という女子の甘ったるい声が聞こえ、シズカはその方向に顔を向けた。すると廊下にいる女子に笑顔で手を振りながら教室に入って来る色白の男が見えた。アイと呼ばれたその男は手を振り終えるとこちらに目を向け、そしてにやりと笑った。 

 センター分けしたストレートの黒髪に、柄のある古着のシャツとインナーを合わせ、下は黒いスキニーという恰好をしている。

「いや、まじ前回はごめん」

 そう言いながらアイは筆箱が置かれた机の椅子を引いた。

「よくあることだろ」

「確かに」

 笑っているアイからシズカは筆箱を受け取り、自分の左側に置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自由席 彼方 紗季 @kanatasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ