第6話 夏津海燕(なつかいえん)について

「夏津くんって彼女いないんですか?」


 部室でモトラドに乗って旅していると、土花がそんなことを言ってきた。


「いないしいたこともない」


「そうですか」


 さっぱり頷くと、作業に戻っていった。


「いや、なんだよ。勝手に終わらすな」


「普通にカッコいいので、なんでオタクなんかしているのか不思議だったんですよね」


 その理屈は間違っているぞ、土花。


「オタクだから、身なりに気を遣うんだよ」


「なるほど?」


 まあ納得いっていないようだった。


「オタクは夢を見てはいけない」


「なんですかそれ?」


「俺のモットー」


「モットーを掲げるなんて、実にオタクらしいですね」


 オタクだからな。


「いいか? 平凡な一般男子高校生がバカスカモテるなんてことは現実じゃ絶対に起きない。そもそも平凡設定の主人公は平凡じゃないんだよ。アニメ化されたときのイケメン補正見るたびに平凡の概念を疑うほどだ」


「そこそこ見た目良くないとヒロインの目が腐ってることになってしまいますから」


 ご都合主義の補正ってやつだ。


 そんなアニメやラノベの展開を真に受けて、ワンチャンあるだろって高校デビューして玉砕してきた先代のオタクたちが大勢いる。だがオタク文化も長く続いているもの、俺らはそこから学ぶ世代なのだ。


 結果、得たのが俺のモットー。

 夢を見ず、現実を見て、


「脱陰キャしようとした結果が、今の俺だ」


 伸び切った髪の毛を切って、ボサボサの天パにアイロンとワックスをつけるようになって、子供っぽい服装を変えて、だらしない身体にダイエットと筋トレをした。

 それが実を結んでいるなら、素直に嬉しい。


「夏津くんは彼女が欲しいのですか?」


「なぜそうなる」


「オシャレするのにそれ以外の理由がありますか?」


「逆に聞こう。女子がメイクするのは全てが男の気を引くためか?」


「さあ、私はメイクしないのでわからないです」


 くそう、これだから素材がいいやつは。


「まあ……欲しくないとは言わないが」


「では欲しいんですね」


「極端すぎないか……?」


 土花とは宇宙人と会話している気分になる。


「でもたしかに、夏津くんはイケメンでも陽キャって感じがしませんもんね」


「それは褒め言葉ってことでいいのか?」


「大いに褒めています。私、生まれながらの勝ち組イケメンって嫌いなんです」


 途端に土花の声が冷めた。


「キラキラしていて、言動が自信に溢れていて、常に人に囲まれていて、陰キャに優しいフリして実は見下していて、優しくしてる自分かっこいいでしょとか内心思っていて、女性関係全てセフレで、恨みを買って夜の細道で刺されればいいんです。死ね」


 とりあえず深く憎んでいることだけはわかった。


「そう思いませんか? ラブコメで陽キャグループの中心にいるキャラ!」


「わからなくはない」


 生来のイケメンってだけで何をしても裏がある風に見えてしまう。たとえ本人が純粋な善意で行動していたとしても、散々育んできたねちっこい陰キャ精神のせいで素直に受け止められないのだ。あれ、それ俺の方が性格悪くない?


「対して、夏津くんは嫌味に感じないんですよ。陰キャ特有の謙虚さがあるというか、全然眩しくないんです。イケメン補正受けた主人公みたいです」


 補正(物理)。


 最近は陰キャが成り上がる系のラブコメもあるし、主人公が物語の中、自分の力で得る補正もある。一概にズルいとは言いづらくなってきているのも事実だろう。


「言えてるかもな。アニメでもラノベでも、主人公をウザいって思ったことない」


「ですです」


 同意すると大きく頷かれた。


「なので、夏津くんはイケメンでもいいイケメンです」


「あ、ありがとよ」


 いつの間にか土花は作業する手を止めて、両腕で頬杖をつく姿勢でじっと俺を見ていた。


「ど、どうした……?」


「そう考えると、今の私はメインヒロインポジみたいですね」


 そう言う土花は、満面の笑みだった。

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