支え

 玲依視点


 少し早めに会議室に向かおうと席を立つと、同じタイミングで席を立った斉藤君と目が合って、その場で固まってしまった。私に用かな?


「何かあった?」

「斉藤君? おーい? 課長この後会議だから」

「あ、そうですよね、すみません……あの、急ぎでご報告したい案件があり……お時間頂きたいのですが、午後の空き時間って事務所に戻られますか?」


 教育係としてついてくれている川上さんに促されて、時間を取って欲しいことを伝えられた。

 午後は少し遠いエリアでの会議が続くから、近くの会議室を予約してそこで仕事をする予定にしていたんだよね……内容を確認すれば、移動時間を考えると足りなくなりそうだった。


「会議室取ってるから、申し訳ないけど来てもらっても大丈夫?」

「はい」

「遠いところごめんね。場所は分かる?」

「分かります。ありがとうございます」

「じゃあ、また夕方に」

「はい」


 経営陣への報告に向けて、余裕のない日々が続いている。会議続きで席に居ないことが多くて、席に戻ると承認が必要な案件が沢山舞い込んでくる。


 これを乗り切ればフォトウェディングも待っているし、頑張ろう。最近余裕が無さすぎて、侑が居てくれなかったらとっくに潰れてるなって思う。どんなに遅く帰っても、家に帰れば侑が居て寝顔に癒される。侑が居ない生活なんてもう考えられない。


 侑だって仕事があるのに、家事を任せっきりになっていて申し訳なさでいっぱいだけど、好きでやってるからって笑ってくれる事にどれだけ救われているだろう。最近は土日もバタバタだし、甘えすぎてるから今週こそしっかりやらないと。



 重い内容ばかりの会議が終わり、予約していた会議室に移動すれば、既に斉藤君と川上さんが待っていた。


「ごめんね、お待たせ」

「いえ! お時間ありがとうございます!」

「課長、お忙しいところすみません」

「ううん。毎日お疲れ様。早速で申し訳ないけど、時間もないし始めてもらってもいい?」

「はい!」


 一通り説明を受けて、資料の一部の差し替えをお願いして本題は終わった。斉藤君は入社1年目だけれど、激務の中よく頑張ってくれている。川上さんが良く面倒を見てくれているんだろう。


「斉藤君、仕事慣れた?」

「あ、はい、いや、まだまだ分からないことだらけです……でも川上さんに見ていただいて、なんとか」

「私も1年目だし、一緒に頑張ろうね」

「え? 1年目……? え?」

「課長になって1年目ってことですよね?」


 紛らわしい私の言葉で斉藤くんを戸惑わせてしまったけれど、川上さんは分かってくれたみたい。


「そう」

「私たちは係長の頃から頼っていたので感覚的には何も変わってないですけどね」


 課長代理のような期間があったとはいえ、正式に課長になると業務が一気に増えた。部長もいい笑顔で仕事を振ってくる。部長は私以上に仕事を抱えているから、最近は毎日部長と私だけが残っている状態。

 大変失礼ながら、部長じゃなくて侑と一緒にいたい。今日は早く帰って、土日に頑張ろうかな……


「週末だし、キリのいいところで上がってね」

「はい。課長も無理なさらずに」

「ありがとう」


 2人が退室して、少し時間が余ったから次の会議の資料を確認しようとすれば部長から"至急"と記された会議通知が転送されてきていた。

 今日も早く帰れないことが確定して思わずため息が漏れた。早く侑に会いたいな……


 *****

 侑視点


 今日は何時に帰ってくるかな、と時計を見れば、ちょうどいいタイミングで玲依ちゃんからメッセージが届いた。

 開いてみれば、遅くなるという連絡で、会社の食堂で夜ご飯を食べることと、先に寝ていてとも書いてある。明日は休みだし起きてるし迎えに行くと返信をすれば、何時になるか分からないから大丈夫と返ってきた。

 最近特に忙しいみたいで、朝も早いし体調が心配。私に出来ることが何かあればいいのにな……明日と明後日はゆっくり休んでもらおう。


 玲依ちゃんを待つ間、サブスクでなにか観ようか検索してみたけど、玲依ちゃんと見たいものばかりでなかなか決まらない。早く帰ってこないかなぁ。



「……う、ゆう」

「ん……れいちゃん?」

「うん」

「あー、ごめん、寝ちゃってた……」


 頭を撫でられる感覚と、優しい声に目を開ければ会いたかった玲依ちゃんの姿。待っている間にうっかり寝ていたみたい。お風呂にすぐ入れるように準備して、玄関まで迎えに行くつもりだったのに失敗した。


「遅くなってごめんね」

「ううん。お仕事お疲れ様」

「侑もお疲れ様」

「お風呂入る? 準備してくるけど」

「ありがとう。まだ大丈夫。少しゆっくりしようかな。着替えてくるね」

「玲依ちゃん、ちょっと待って? おかえり」

「ただいま」


 立ち上がって、着替えに行こうとする玲依ちゃんを抱き寄せれば、抵抗なく身を委ねてくれて、嬉しそうに笑ってくれてとてつもない幸福感。

 まだスーツ姿だし、職場で上司を抱きしめているみたいで背徳感もある。こんなこと考えてるって知られたらまた変態扱いされるから口には出さないけど。


「侑、離して?」

「やだ。もうちょっと」

「着替えてからまたギュッてして?」

「かわいい。すき。離したくない」


 玲依ちゃんが可愛すぎて余計に離したくなくて、1度離れて背中側に移動して後ろから抱きしめ直す。


「ついてくるの?」

「うん」

「仕方ないなぁ」

「すき」


 苦笑しつつも、お腹に回した腕に手を添えてくれるから嬉しくて首筋に顔を埋めれば、玲依ちゃんの匂いでいっぱいになって、幸せ。


「着替えるから、ちょっと待ってて」

「うん。えっ」


 くっついたまま移動して、ウォークインクローゼットのドアを開けたまま玲依ちゃんが上着を脱ぐから、思わず声を出してしまった。え、ドア閉めないの? 見ちゃっていいの? 上着を脱ぐ仕草が色っぽくて心拍数が一気に上がった。


「侑のえっち」


 まっって!? 誘われてる? 誘われてるよね? ね?? シャツのボタンを外しながらのこのセリフ、私のこと試してます? 襲っちゃっていいんですか?


「玲依ちゃん……」

「ドア閉めておくね」

「えぇぇぇぇ」


 私が葛藤している間に、くすくす笑いながらドアが閉められた。誘われたわけじゃなかったらしい。


「玲依ちゃん、ひどい」

「ふふ、ごめんね?」


 部屋着に着替えて出てきた玲依ちゃんに不満を口にすれば、緩く抱きしめられて、宥めるように背中をぽんぽんされてリビングに行ってしまった。お姉さんな玲依ちゃん、小悪魔すぎる……すき……


 追いかけて、ソファに座る玲依ちゃんの横に座って肩を抱き寄せれば、身体を預けてくれて愛しさが溢れる。


「最近忙しいけど、大丈夫?」

「うん。家の事任せっきりでごめんね。明日と明後日は私がやるから」

「ううん。苦じゃないよ。特に忙しい時だろうし、任せて。明日と明後日は一緒にしようね」

「侑、ごめんね……いつもありがとう。仕事に追われてて、ちゃんとやれてるかなとか不安ばっかりだけど、侑がいてくれるから毎日頑張れる。今日も、早く侑に会いたいなって思ってた」


 弱ってる玲依ちゃんが愛しすぎてどうしよう……

 会社ではキリッとして沢山の人の憧れの玲依ちゃんがこうやって甘えてくれる存在になれたことが嬉しい。私だけの特権。


「私も、早く玲依ちゃんに会いたかったよ。……寝ちゃってたけど」

「お風呂に入ってから、寝る前に起こそうと思ったんだけど……早く侑におかえりって言って欲しくて起こしちゃった」

「えぇ、かわいい」


 無理。好き。


「んっ……ゆう、先にお風呂入りたい」

「後でね?」

「汗かいたし、やだ」

「いい匂いだし、大丈夫。シよ? 嫌だ?」


 体勢を変えて唇を塞いで、Tシャツの隙間から手を差し入れて腰を撫でれば、手で押し戻そうとしてくるけど力が入っていない。本気の抵抗は感じないから、誘ってみれば恥ずかしそうに目を逸らされた。あぁ、かわいい。可愛すぎて、今すぐ襲っちゃいたい。


 じっと見つめて少し待てば、背中に腕が回されて、玲依ちゃんから擦り寄ってきてくれた。明日、ちょっと朝起きるのが遅くなるかもしれないけど、休みだし許してね。

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