バイアリス

そうし

血の無い殺人①

──○○通りで、血の無い殺人!?

 先日、○○通りで人が死亡しているのが発見された──


「──い、おーい。そろそろコーヒー冷めちまうよ!」

 肩を叩かれて少女は、はっと顔を上げた。手元から苦そうなコーヒーの香りがする。

「まーた危ないことに首突っ込んでんのかい?」

 肩を叩いた喫茶店店主のおばさんこと、ガルシアは、セレナの書いている記事を覗いた。

「危なくなんかないよ。今回のはすごいんです!」

 セレナはガルシアが引いていることもお構いなしに、カウンターに身を乗り出した。目をきらきらさせている様子を見て、ガルシアはため息をついた。

「セレナ、わたしはねぇあなたのその好奇心が心配だよ。危ない目にあってからは遅いんだよ?」

「ホントに大丈夫だよ。まだ危なさを感じたこともないし」

「そうはいっても、ねえ……」

 セレナはガルシアの言葉を聞きながら、原稿の内容を思い出していた。


『血の無い殺人』と呼ばれる理由は、言葉の通り、被害者はどれも血を流すこともなく、苦しそうな顔さえせずに死亡している。

 首締めのあともないため、高度な魔法による殺人と疑われている。その被害者の首の写真がカメラのデータに……。


 たしかカバンの中にカメラが──。

「ない!」

 急に大きな声を出したセレナに店内は驚いて一瞬しんとなる。それに気付いてすみませんと小さく謝ると財布からコーヒー代を出し、ガルシアに向き直った。

「ごちそうさまでしたー」

「どうしたんだい急に?」

「カメラ忘れちゃって……。ちょっと行ってくるー」

 セレナは律義に顔の前で手を合わせると、ガルシアは笑って手を振った。

「いってらっしゃい。気をつけてくんだよ」


 セレナは大急ぎでコンクリートで舗装された街を走る。

 二年前──世界融合が起こった日から、この都市・エマージェンシーは遠巻きにされるようになった。

 それもそうだとセレナは思う。なぜなら二つの世界の一部が重なってしまったこの都市には、人外が溢れるようになったからだ。都市にいる人外の多くは人型をしているが、やはり動きに違和感を感じる。

 そうこうと考えるうちに、目的の場所へたどり着いたので、少し身なりを整える。一呼吸してドアノブに触れると、冷たい感触がした。

「こんにちはー。忘れ物をしたんですけど……」

 セレナの声に、反応して奥から人が出てきた。

「おう、嬢ちゃん。もしかしてこれかい?」

 体格が良くドスの効いた声は本当に警官というよりヤクザだと思う。この都市唯一の交番に勤める警官──ダズリンクの手には軽そうなカメラがちょこんと乗っていた。

「それです!……中見てませんよね?」

「見てねぇよ。もし見てたらノアに殺される」

 ノアとはダズリンクと同じ交番に勤めている人狼で、ダズリンクからは格好は良いが無愛想と言われている。

「そういえば、ノアさんは?」

「あー、あいつは今本部行ってるよ。おらぁ歳だから待機してんだ」

 ダズリンクは日焼けした顔に皺をにじませた。その表情から、どうやら本部へ行きたかったことが見て取れた。

「おっと……まだ話していたいが、嬢ちゃんまた用事があるんじゃねぇか?」

「あ!そうだった!じゃあそろそろ失礼します」

 ドアを開けたセレナに、ダズリンクは口を開いた。

「忘れてたがノアから伝言だ。『危ない目にあったり、記憶に変化があれば連絡を』ってさ。あともう一つ、『自分から危ない目に会いに行くな』って言ってたぞ」

 過保護だ……。あたし一応十五になったのに……。

 そう思ったセレナの感情が伝わったのか、ダズリンクは大きな手をセレナの頭に乗せて口の端を上げた。

「そんな顔すんなって。嬢ちゃんの日頃の行動を思えばあいつも心配するわな。……上司を伝言役にするのはどうかと思うが」

 ダズリンクの手が離れると、一礼して去って行った。今から喫茶店に戻って記事を仕上げなければならない。


「ただいまです」

「あら、本当に戻ってきた」

 喫茶店に着くと、まだ前に使っていた席は空いていた。

「コーヒーでいいかい?」

「あ、はい」

 セレナはそこへ腰を下ろし、記事とカメラを出そうとカバンを開いたとき、外から声が聞こえた。

「──死を与えよニヒツグナーテ

 店内には眩しい光が溢れ、何か重たいものが倒れるような音がした。光が収まり、しばらくして、目を開けたとき、店内は気味が悪いほどしんとしており、何か嫌な予感がする。

「……ガルシアさん?」

 カウンターに声をかけても返答がない。嫌な予感を振り払うように、違う考えを作ろうとする。

 ──きっと、からかっているだけだ。

 カウンターの裏に回ると、そこには──倒れたガルシアがいた。血は流しておらず、苦しそうな顔もしていない。いつものガルシアだ。ただ一つ違うのは息を、していないことだった。

 この状態を、あたしは見たことが──ある。

「……嘘、だ」

 セレナは立ち上がって辺りを見渡す。すると、なっているのもガルシアだけでなく、セレナを除いた、店にいた全員だった。

 なんで、なんでなんでなんで、みんな死んでるの?息が、苦し、い──。

 目の前に広がる事態を認識することができず、セレナはその場で意識を失った。

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バイアリス そうし @Tsusui

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