第29話 冬の到来を祝う日

 一年の終わりが近づいている。リヨンは赤い ひいらぎの枝で自分の家をかざりつけていた。今日は冬が来たことを祝う日になる。だから一日飲んでらす予定だ。

「ご老人、豚の丸焼きは焼き上がったかな?」

「いま 焼いちょるよ」

「今から私が村人をまねいてきます。ご老人は作業を続けてください」


 長い机に食材が並んでいる。セレナは白い小麦パンとチーズを並べながら鼻唄を歌っていた。

「村人が来たら挨拶あいさつしないとね」

「そうだな」


 ターナーの奥さんに連れられて二人の子供たちが来た。アベルが「よう。おっさん」と言う。「村長だ…… 」カインがつぶやいた。

「ようこそ。カインとアベル。君たちを歓迎するよ」


 リヨンは二人の前に柔らかいパンを置いた。ふわふわで焼きたての白パンが目の前に並ぶ。

「柔らかいな。カインも食べてみろよ」

「うん。わかった」


 人間の村人たちが集まってきた。ちょうど豚の丸焼きが焼けたところだ。「さあ 皆さん召し上がってください!」とセレナが言う。

「おおっ! 美味そうだ」

「私たちが一から作ったんですよ」

「ほう。うまいな」とブレイが呟いた。

「おいしいです。セレナさん」とジョンが言う。


 みんな口々に豚の丸焼きをめてくれた。セレナはうれしくなって笑った。

「いいよ。ところでセレナちゃん。わたしが贈ったものは気に入ってくれた?」

「羊飼いさん! とても気に入りました。おかげで冬を越せようです」


 それは毛糸のセーターだった。赤くて派手な色だ。セレナはみんなにお礼を言って、羊飼いに小さな頭を下げた。

「ジョンさん」


 ターナーは遅れて村の広場にやってきた。リヨンはターナーの席にエールを置く。

「ターナー、こないだ見つかった塩はどうなった? 」

「村長、塩が見つかって村人も大喜びです。冬は畑もふるいませんし、人手をさけます」

「よし。明日からシュタルクにも塩を出そう。俺も手伝う」

「塩は高く売れるそうで」

「ようやく村での生活も軌道にのるかな」

「そうですね」


 席についた二人は今後の話を始めた。リヨンは薄いエールを口に入れながら話を続ける。

「前にも言ったがロバか、ラバかを買わないとな」

「ラバは安いらしいと冒険者が言っていました」

繁殖はんしょくを考えるとロバだよな。ターナーは牧場主になりたいと言っていたな。今でも夢を叶える気はある? 」

「はい。牛を中心に育てたいと思います」


 ターナーが白パンに手を伸ばすと、セレナがスープを机に置いた。

「ヒヨコ豆のスープですよ」

「何が入ってるんだい」

「ええと…… 玉ねぎとリーキ」

「カブも入ってるね」


 リヨンもスープに手を伸ばす。具は少ないが素朴な味のスープだった。

「そういえばカーペンターが来ていないな」

「カーペンターは酒屋の建設を続けてます」

「そうか。あとでパンを持っていこう」


 リヨンは今後の村の発展を考えていた。聞けばダークエルフは毛皮をなめして、木を切っていると言う。狩猟と林業で生活を立てる原始的な生活をしているようだ。


 リヨンは農業に集中しようと考えていた。ジョンはヤギ六頭、ターナーは牛二頭とアヒル五頭を飼っている。加えて、羊を買えば羊毛やミルクが取れるし、スクロールの材料となる羊毛紙も手に入る。

 それに余力があれば漁業にも取り組みたい。養殖池で繁殖力はんしょくりょくの強い鯉を育てればいい収入源になるだろう。




 先に料理を食べ終わった人には時間ができた。羊飼いのジョンが笛を吹き始めた。それは実に見事な音だった。

「すばらしい。ほうびにヤギを三頭やろう」

「おおっ。ありがたく頂きます」


 子供たちがくるくると踊り回り、大人もそれに釣られて踊りだす。両手を繋いだ六人が軽やかなステップを踏む。円形になった人の波が大きくなったり、小さくなったりを繰り返していた。


 ブレイは静かにぶどう酒を飲み、パンをかじっていた。リヨンは隣の席に座った。リヨンは踊りには参加しない。

「俺はいつまで村にいればいい? 」

「強くなりたいんだろう。ダークエルフに強い人がいるよ。修行すれば強くなれるさ」


 ご老人が塩の固まりを持って現れた。

「どこにもおらんと思ったら宴会しちょるわ。はねにされた。ワシもよせてくれ」

「ご老人、昼間っから酒ですか」

「たまにゃのよいかな」


 聞けばご老人は塩を味見していたらしい。塩をまぶした豚肉をさかなに酒を飲むご老人は満足そうだ。

「近くの木を根こそぎ切らんといかんな。苗木がいる」

「今は塩を作ることに集中したい」

「戦争中はものが高く売れちょる。売るのはいいが買うのは高いの」

「ははっ、そうですね」


 リヨンはターナーとブレイとご老人を交えて夕暮れまでエールを飲んでいた。村の今後を考える話は尽きず、絶えることもない。


 日が暮れるのを待たずに祭りは終わった。各々が家に帰ったあとはさびしいものだ。都会の祭りとは違って、屋台も大道芸人も呼べない。村には予算がない。 ないない尽くしだ。


 ターナーが素焼きの食器を洗っていた。余ったパンは村人に持って帰ってもらったので捨てるものはない。祭りの始まりはよい。終わりもよかった。


 

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