第20話 黄金のトースト

 朝、リヨンはわらのベッドで気持ちよく眠っていた。いびきをかきながら口を開けて。

彼はセレナに体を揺すられて起きた。

「ぬし。黄金のトーストを作ろう。ニワトリが卵を生んだ記念に」

「えっ、ニワトリが卵を産んだ」

「1個だけじゃ」

「なんだ。1個だけかよ」


 リヨンは青色の服に着替えて、キッチンに向かった。石造りのかまどの火を起こし、薪をくべる。

 固くなったパンをナイフで薄切りにし、かき混ぜた卵にパンを浸す。それをフライパンの上に置いて焼くと、こんがりとした黄金色のパンになった。

「うまい! これが黄金のトーストか!」

「ぬし。今日も元気よく行こう」

「ああ」


 二人は朝食を食べ終えると、家を出て畑に向かった。畑では、牛がゆっくりとした歩調で歩いている。有輪鋤の小さな車輪が転がると垂直に立てた板が荒れ地を掘り進める。どうやら、草が生えた荒れ地を耕しているようだ。


 ターナーが前から牛を引っ張り、子供たちが牛のお尻を追いかけている。カインが草が絡まった鋤を掃除して、アベルが有輪鋤を押していた。

「おーい、みんなー」


 セレナが声をかけると、畑の中からニ人の子供たちが駆け寄ってきた。

「おはようございます、セレナさん」

「おっす。セレナ姉ちゃん」

「元気してたか。2人とも」

「はい」2人の声が重なった。


 セレナは子供たちの頭をでてやった。

「リヨンさん。昨日はセレナさんを見なかったが?」

「ターナーさん。最近、妻はちょっと体調が悪くて。家で休ませていたんだ」

「そうなんですか。心配しました」

「でも、もう大丈夫です。休ませたので」

「そうですか。それは良かった」


 ターナーがほっとした顔を見せた。安堵あんどの表情がありありと見える。

「ひよっとしてセレナさんは…… 」

「みんなには内緒にしてくれ。お腹を見ればわかるだろうが」


 ターナーに促されて、子どもたちは畑作業に戻っていった。

「子どもは純粋でいいよ」

「ああ、ほんとに」とセレナが微笑む。

「本当にかわいい。でも、私たちに産まれる子どもはもっとかわいいんだ」


 リヨンはセレナの手を取って歩き出した。

「ぬし、どこに連れて行く気じゃ?」

「ついてくればわかる」

「どうせ、例の場所だろっ」



 二人は川岸にある橋に渡った。

土塁と木柵で囲まれたダークエルフの集落がある。七軒しかなかった平屋は十五軒まで増えていた。集落も立派になったものだとリヨンは感心した。

「今日はアーテルの所に行く。すぐそこにあるから」

「報告か。生まれてからでも良いのに」


 2人は警備のクルーデリスに行く手を阻まれた。銀髪のクルーデリスは剣の鞘に手をかけている。

「警備かな? 毎日、大変だねぇ」

「私たちは警備兵だ。村を守るのが仕事だからな」

「仕事が必要なら斡旋あっせんしてやろうか。辺境伯に話は通せる」

「ちょっと家に来てくれ。話がある」


 二人はクルーデリスの家に案内された。他の家と何も変わらない平屋だ。家財道具はほとんどなく、机があるだけだった。

 壁の隙間から冷たい風が吹きこんでくる。粗末な作りで寒さが見にみる程だ。

「若いやつは何もせずに村にいて情けない。働き場所があれば教えてくれ」

「シュタルクのローランド辺境伯が兵士を募集している。10人程度なら受け入れてくれるだろう」

「なら、私が直接出向くとしよう。銀貨が手に入れば生活も楽だ」

「では、後日話し合ってから出発しましょうか」


 アーテルの家は立派に改装されていた。土壁には白い漆喰が塗られ、厚みを増したわら葺きの屋根には煙突がある。まるで細長いうなぎの寝床みたいだ。

「アーテル、久しぶり」

「おぉ、リヨンさん? どうしました 」

「今日は岩塩と炭を持ってきた」

「塩漬け肉と燻製肉が作れます。助かりました。良ければ、これから昼食でも」


 リヨンとセレナは机に岩塩を置いて、料理を待つことにした。

「この岩塩はどこから? 」

「村の近くで岩塩が見つかってね。村人を集めて掘り出しているんだ。村の良い特産物になるよ」

「そうですか」


 あれこれと話しているうちに料理が来た。キジ肉の串焼きだ。肉は脂が乗っていてバリバリの皮は食感が良い。

「最近は、村に肉や毛皮を売って小麦や銀貨を手に入れています」

「最近、ダークエルフが村に来る理由は交易だったのか」

「毛皮は高く売れるそうですね」

「アーテル、イチイの木で弓を作るといい。木を売っても安く買い叩かれるだけだ」


 本題を切り出したのはリヨンの方だった。

「実はセレナが妊娠したんだ」

「それはめでたい。祝いの品を送らなければいけませんね」

「まだ時間はたっぷりあるから」


 アーテルはリヨンに礼を述べた。

「ありがとうございます。そうそう、この前捕ったキジ肉が残っていました。あれを持って行ってください」

「いいのか?」

「もちろんです。それより、セレナさんはお腹に赤ちゃんがいるんですよね。無理させないように」

「わかった。セレナは俺が守る」

「頼もしいですね」

「あぁ。任せてくれ」



 その日の夕食後、セレナは寝室に入ると、服を脱いでベッドの上に座った。隣に座っていたリヨンが不思議そうな顔をしている。その表情を見てセレナは吹き出してしまった。

「わっちの腹も大きくなった」

「早くみたいよ。あと何ヵ月待てばいいのかな? 」

「冬が終わるまでには産まれそう」

「ああ、 待ちきれない」

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