第3話 往日〈おうじつ〉(3)

 午前の授業、受験生であるにも関わらず政幸まさゆきは全く授業に集中できなかった。

 元々勉強嫌いでありこれ以上の学力低下は心配無用の状況にも陥っていた。

 いつもは頭には入ってはいないが授業を受けるだけは行ってはいた。


 しかし今日に限っては授業を受けるもままならない心境であった。

 無論、花桜梨の事ばかり考えてしまい思考はそれに支配されていた。


 彼女は登校しているだろうか?


 好奇な目に晒されていないか?


 それにより政幸まさゆきの事を恨んでいないだろうか?


 考えを巡らせている内午前の授業の終了のチャイムが鳴る。


 政幸は真司しんじに今朝話した様に花桜梨かおりの事を依頼する。

 授業に集中したも出来ないくらい花桜梨かおりの事が気になり真司しんじにからかわれるくらいは既にどうでも良くなっていた。


真司しんじ、悪いけど朝の話頼めるかな? どうしても彼女に謝りたいんだ。」


「わかった。」


 真司しんじにからかわれると思いきや意外な程素直で朝の悪ふざけた行動は全く感じられない。

政幸まさゆきは警戒していた自分が馬鹿馬鹿しくなっていた。


 真面目な顔つきで政幸まさゆきに問いかける真司しんじ


「で、その子のクラスと名前は?」


「名前はカオリちゃん。」


「クラスは何組よ?」


「名前しか解らねぇ・・・。」


 少しの沈黙の後僅かな情報に呆れられるかと思いきや意外な答え。


「解った、何とかしてやる。」


 真司しんじは何か心当たりがあるのか何かを考えだしている様だった。

 真司しんじなりに真剣になってくれているのが見てとれた。


 真司しんじが思考中、一人の女子生徒が政幸まさゆきに話しかけて来た。


矢野やの君。」


 クラスメイトの女子が政幸まさゆきに話しかけた。


たちばな、何?」


 たちばなと呼ばれた少女は続けた。


「一年の子が矢野やの君を訪ねてきてるわよ。」


 教室の入り口にどこかで見かけた少女の姿。

 真司しんじも視線を少女に向けていた。


政幸まさゆきよ、あのポニーテールの子カオリちゃんか?!」

「結構かわいいじゃねぇかよ!」


 先程までの真剣な真司しんじが一気にからかいモードに変化した。


「いや、あれは俺を張り倒した方だ。」


 真司しんじの表情が少し硬くなっていた。


政幸まさゆき、行くのか?」


「ああ、いってくるわ。」


 政幸まさゆきの両肩に両手をかけ、け顔で、


「大丈夫だ、骨は拾ってやんよ!」



 政幸まさゆき花桜梨かおりの友人でもある政幸まさゆきを訪ねてきた少女に聞きたいことがあった。

 つまり真司しんじに依頼しなくとも向こうからチャンスは転がり込んできた形になった。


 訪ねてきた少女の前に立つ政幸まさゆき

 聞きたいことはいくつかあるが口を先に開いたのは少女の方だった。


「こんにちはセンパイ。ご機嫌いかが?」


 昨日とは打って変わり、愛想のよい少女。

 真司しんじが言ってたようにとてもかわいらしい。

 だが昨日受けた仕打ちに政幸まさゆきは少し警戒していた。


「最悪だよ・・。」


「でしょうね。」

「ちょっとさ、センパイに話あんだけど付き合ってくれます?」


「いや、僕他に好きな人いるんで・・・。」


 政幸まさゆきのちょっとした冗談に少女の反応は意外程の良い回答が返ってきた。


「いやいや、それはよく知ってますから!センパイ面白い人ですね!」

「とても花桜梨にした事を反省しているようには見えないですね!」


 愛想笑いをした彼女の表情が何だか怖い。


「スミマセン、付き合います・・・。」


 少女に連れられて行ったのは体育館脇、ここの中学校には人気のない定番の屋上はない。

 昼休憩の時間人気のない場所といえば体育館付近が適切だった。


「まずは自己紹介、1年2組、木原蛍子きはら けいこといいます。」


「これはご丁寧に、3年1組、矢野政幸やの まさゆきといいます。」


「あはは、センパイやっぱ面白い人だね。」

「とても花桜梨かおりにした事を反省・・・


「わかった、わかった!」

「反省してるって!」


「解ればよろしい!」


 愛想よく笑顔を見せる蛍子けいこ、逆にその笑顔が恐ろしい。


木原きはらさん、カオリちゃんの事だけどちゃんと学校来ているかな?」


 蛍子けいこは右手を前に差し出し、左手を胸に置き、頭を上げ、目をつぶり語り始めた。


「昨日は大衆の前でこっぱずかしい告白、今朝は登校時から噂の的、ああっ、花桜梨かおりの繊細な硝子の心は耐えきれるのか?!」


 突っ込みどころは多くあったが反省ネタで話が進まないのは生産性がないとあえて沈黙を保つ政幸まさゆき

 突っ込まれたかったのか、少し残念そうな表情の蛍子けいこ


「オホン!」


 わざとらしい咳でごまかし話を続ける蛍子、少々芝居じみている。


「ちゃんと来ているわよ。」

「朝は大変だったけどもう大丈夫、クラスにいる限り変な目には合わないと思うわ。」


 そう話す蛍子けいこの表情をみていると、それが確信に変わる自信が感じ取れた。

 活発そうな彼女の事だ、何か行動を起こしてくれたのだろうと根拠はないがなぜか信用できるものがあった。


「でさ、もう一度聞くけど何であんなことしたのよ?」


 昨日話した内容を更に問いただされる。


「昨日話した通りさ。」

「カオリちゃんを見かけた瞬間、居ても立っても居られなくなってさ、気付いたら告ってた。」

「でもさ、冷静になってみるとすげぇ迷惑かけてしまったって思っちまって、何やってるんだって、今日はこればかり考えてた。」


 蛍子けいこは呆れた表情と、わざとらしく頭を抱えていた。


「センパイさー。あたしら1年だよ、中学1年生。」

「今年の3月まで小学生だったんだよ?」

「つまりセンパイは小学校7年生に対して、大衆の前で恥ずかしげもなく愛の告白をしてしまったって訳だよ。」


 小学校7年生、その言葉に冷静になる政幸まさゆき

 かつて椿先輩に受けた境遇が思い出される。

 政幸まさゆき自身もそうではあるが、恋愛経験なんて皆無だった。

 ましてや春まで小学生だった花桜梨かおり、そんな免疫なんてあろうはずもなかった。


花桜梨かおりってさ、モテるんだよね。」

「かわいいし、やさしいし、気がきくし。」

「まさに清楚で可憐、高嶺の花って感じ。」

「ぶっちゃけ告白された事はあるとは思うけどセンパイのあの告白はないわー。」

「告白というより内容はプロポーズだもんね、笑ったわ。」


 政幸まさゆきは真剣な顔つきで蛍子けいこに釈明した。


「今は後悔している。カオリちゃんの気持ちを考えるととても苦しくなる。」


 チラ見をする蛍子けいこ


「まあいいや。」

「センパイも反省している様だし、これ以上はこの話題には触れないよ。」

「でもさ、実際のところ花桜梨かおりの事はどう思っているの?」


「答えは変わらない。」


「はいはい、生涯愛し続けるのね?」

「もっとお互いの事を知って行ってもらいたいセリフだね。」


 政幸まさゆきは更に真剣な顔つきとなり蛍子けいこに話しかけた。


木原きはらさん、悪いんだけど、カオリちゃんにこの事謝ってくれないかな?」

「直接謝りたいけど、今の状態では逆に迷惑かけてしまうから。」


「はいはい、ロミオとジュリエット、織姫と彦星ですか?!」

「愛してるけど会えない虚しさ・・・。」

「もっとも織姫は彦星の事は大嫌いかもしれないけどねーっ。」


 意地の悪そうな表情をする蛍子けいこ

 しかし政幸まさゆきの真剣な表情を確認すると最初の笑顔を浮かべていた。


花桜梨かおりには伝えておきますね。」

「だけど花桜梨かおりには時間が必要と思うから、しばらく花桜梨かおりにちょっかい出さない条件です。」


「解った・・・。」


「では私、お昼ご飯まだなんで行きますね。」


 そう言って校舎に向かう蛍子けいこの後姿を眺めている政幸まさゆき


 蛍子けいこの歳不相応な態度に躊躇するも、取り合えず蛍子けいこから気になっていた花桜梨かおりの現状を知ることができ少し安堵した。

花桜梨かおりの為に上級生の教室に乗り込み、殆ど知ることのない上級生政幸に対して堂々と会話する友人思いの彼女蛍子の事を考えていた。

花桜梨かおりの事を任せて良いのは彼女花桜梨の親友である蛍子けいこが適切なのかもしれないと政幸まさゆきは強く感じた。

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