第022話 ダークエルフのおしおき
「ま、まぁ、向こうで調べたら、もっと違うことがわかるかもしれんしの!」
「…………」
「それに便利じゃろ! 両手が塞がってても、ふすまを開けられるんじゃぞ!」
「……そうだね」
ダクタが僕を慰めてくれる。
「それにじゃ! 力はどんどん強くなっておる! ならば、これから先、もっと強力に進化する可能性は大いにあるんじゃぞ!」
「……たしかに」
言われてみればそうだ。現に、昨日の朝の段階ではこんなことはできなかった。
それに、しょっぱく見えても超常的能力であることに変わりないのだ。
「…………」
僕はもう一度念じて、ふすまの開け閉めをする。
しょっぱい。間違いなくしょっぱい。しかし、魔法であることに違いない。
「……ちょっと元気でたよ」
「そうか! それでこそりゅうのすけじゃ!」
「ありがとう、ダクタ」
「えへへ――じゃあ、アリカーやってくれるか?」
「それはそれ、これはこれ」
「えーーーケチ~~」
詳しい検証は明日やると決めているのだ。
今日は宿題を少しでも片付ける。それが最優先。
僕は脇に移動させたテーブルを部屋の中央に戻し、ペンを持つ。
「うぅ~~~」
背後でダクタが唸っているが、僕は課題プリントに集中する。
「アリカー、アリカー、アリカー」
そして始まる、ダクタのスタンプ攻勢。僕の背中でぺたぺたと足踏みを開始。
「アリカー、アリカー、アリカー」
ぺたぺたぺた。
「アリカー、アリカー、アリカー」
ぺたぺたペた。
「アリカー、アリカー、アリカー」
正直に言って微笑ましい。
そう思っていた。
しかし、
「アリカー、アリカー、アリカーーー」
ぺた、ぺた、どす。
「……ッ」
次第に変化してくるスタンプの重み。
「アリカーー! アリカーー! アリカーー!」
どす、どす、どす、と、こちらの防御力を貫通する威力になってきた。
少量だが確実に蓄積していくダメージ。
「だ、ダクタ、ちょっと痛――」
言いかけた時、僕の両肩に衝撃が走った。
視界の両端にもなにかが映り込む。
すらっと伸びている、褐色のそれ。
足だ。ダクタの足が、僕の肩に乗っかっている。
ダクタはふくらはぎの辺りを僕の肩に乗せ、そのままぱたぱたと足を振る。
「アリカーやろうぞー、りゅうのすけー」
ずんずんと、重みが肩に響く。
「……ふぅ」
僕は溜め息を吐き、
「りゅうのすけー、アリ――うぬ?」
ダクタの両足を掴んだ。手の平で踵を包むように持ち、
「お、やる気になったか? なら、さっそく対戦――うひゃっ!?」
思いっきり足裏を、指でくすぐった。
「あひゃひゃははは、りゅ、りゅうのあはははああ、ちょっあはひゃはは」
ダクタは暴れるが、両足を僕が押さえているために逃げられない。
「くっはひゃはあはははははは、やめ――」
そこで僕は両足をぱっと離した。ダクタは逃げようと必死だったため、当然そうなると、勢い余って後ろにすっ転ぶことになる。
「ぜぇーはぁはぁ、お、おぬし、よくも……」
ダクタが恨めしそうに見てくる。
「検証は明日。今日は勉強」
僕はそれだけ言って、プリントに向き直る。
ダクタと遊ぶのは楽しいが、今日はダメなんだ。
僕だって残念なんだから、わかってほしい。
「…………」
するとダクタはシュンと大人しくなった。
どうやらわかってくれたようだ。
「…………」
まぁ僕もちょっと強く言いすぎたかもしれないし、3時になったらなにか甘い物でも買ってきてあげよう。
「…………」
と、そんなことを考えていた。
考えていたので、気が緩んだ。
ダクタはそこを見逃さなかった。
「――隙アリじゃああああああっ!」
ドンという強い衝撃が背に走る。
「なっ、ちょ、ダクタ!」
「わははははははははは!」
ダクタは後ろから僕にしがみついていた。腕はもちろん、足まで使って僕を完全にホールドしている。
そして、
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょ」
「ダク、ふふ、あははっ、ダク、ちょっ、あはははははははは」
身体全てを使って僕をくすぐるというか、まさぐってきた。
「さっきのお返しじゃああ! こちょこちょこちょこちょ」
「あははははははは、やめ、ははははは、やめてあははははは」
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょ」
ダクタは止まらない。
「あはは、待った! ま、待った! た、タイム! タイム!!」
「余は耐性持ちじゃあああああ! こちょこちょこちょこちょ」
そういえば時間停止耐性あるとか……やばい。
「な、なら、あはは、ば、バリア! バリア!!」
「余の攻撃は貫通属性持ちじゃああああ! こちょこちょこちょこちょ」
そ、そんなのありか。や、やばい、本当に。
引き剥がそうにも、僕にがっしりしがみついているので、容易ではない。
まずい、このままでは息が……笑い死ぬ。
僕は咄嗟に後ろに倒れる。
こうなるとダクタは押しつぶされる形になるのだが、
「味な真似を……するでないわ! こちょこちょこちょこちょ」
むしろさらに、猛攻は勢いを増していく。
僕はこの危機的状況を打破するため、〝最後の切り札〟を使うことにした。
この手の戦局を一瞬でひっくり返す、最強の技を。
そのために僕は笑いに耐えながら、なんとか身体を仰向けから横向きにする。
これで準備は整った。
いざ、
「――痛ッッッ!」
「こちょこちょこちょこちょ……こちょ?」
「ッッッッ」
「……りゅうのすけ?」
ダクタの動きが止まる。
よし、こうなればこっちのもの。仕上げた。
「……目に、入った」
「……え?」
これぞ必殺奥義〝目に入った〟だ。
どんなおふざげやじゃれあいも、この一言で強制終了させることができる。
「……ダクタの、指が……目に……」
「え? いや、それは、すまん……すまん、りゅうのすけ……」
ダクタのホールドが弱まる。
好機到来!
「――かかったなァァ!」
僕は緩まった拘束から一瞬で抜け、そのまま高速で畳を這って逃げ出した。
「……え? りゅうのすけ?」
「素直すぎるぞ、ダクタァァ!」
たぶん10年ぶりくらいに使った必殺奥義に、僕はテンション激上げだった。
「ふはははは――がはっ!?」
唐突に僕は腹を思いっきり畳に強打した。そして、なぜかそれ以上前に進めないというか、足が動かない。引っ張られている。
「……りゅうのすけ」
その声はとても冷たかった。
荒げてこそいないが、僕は直感した。
ダクタは怒っていると。それもガチで。
「……そういう嘘はのぉ、余は嫌いじゃのぉ……」
「いや、その、ダクタさん……?」
ずずずずと、僕は引っ張られていく。まるでホラー映画のワンシーンだ。
「心配するじゃろぉ? そういう嘘はのぉ?」
やばい。これはやばい。やばいとしか言えない。
「のぉ? りゅうのすけぇ?」
「……ご、ごめん」
謝る。が、ダクタは解放してくれない。それどころか、掴んでいる僕の両足を開き、股に自身の右足を突っ込んできた。
「……ダクタ?」
悪寒。僕は、
「……おしおき、必要じゃとは思わんか? ん?」
「…………」
僕は一瞬で冷や汗を掻いた。
ダクタがやろうとしている、
〝目に入った〟と対をなすとも言ってもいい、もうひとつの必殺奥義。
「……だ、ダクタ、待て、落ち着こう、な? 話せばわかるから……!」
〝目に入った〟が最強の盾なら、
「悪かった、僕が悪かった、だから、だから……」
懇願すると、
「……ふふ」
ダクタは微笑んだ。僕もそれに釣られるが、
「ダ、メ、じゃ」
笑顔のまま、ダクタは宣言した。
「……ぐっ!」
僕は畳を這い、逃げ出そうとするが、やはりダクタは離してくれない。
「だ、ダクタ! 頼む、それだけは! それだけは!!」
〝目に入った〟に匹敵する秘技――〝電気あんま〟。
それは特に男に対して特攻効果を持ち、一度発動されれば為す術はない。
「ダクターーー! ダクターーー!」
ぐぐっと、ダクタが自身の突き伸ばす右足に力を入れる。
「ダクタアアアアアア!」
僕は叫んだ。そこに一筋の希望を乗せて。
「
そんな儚い想いは、
「――執行じゃ」
冷徹なる一言で打ち砕かれた。
そして僕の部屋に響き渡る。
およそ人の声とは思えない、絶叫が。
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