第015話 ダークエルフとそらをとぶ
「……やっぱり、箒に跨がったりするの?」
「うーん、まぁそうやって飛ぶ者もいるが、余はその手の補助は使わんな」
箒は使わないらしい。というか、あれって補助なんだ。
「じゃあ、単品というか、そのまま飛ぶの?」
「うむ、こんなふうにな」
パチンとダクタが指を鳴らす。すると、彼女の身体が音もなく浮かび上がった。
ダクタは地上3メートルほどのところで静止。体幹にブレもなく、完全に静止している。なのでふわふわ浮遊というよりは、空中に固定されているという感じだ。
「すごいなぁ……」
僕は感嘆の声を漏らした。
「そ、そうか? ふ、ふふふ」
満悦そうに、ダクタはすっと着地した。
「……ちなみに僕って、飛べないよね?」
「りゅうのすけは飛べたのか?」
「いや、飛べないと思う」
僕には異世界に来たことにより発現するような、隠された力はないようだ。
「飛べるようにもならないよね?」
僕、ちょっと悪あがきをする。
諦め半分だったが、
「なるぞ」
「……まじ?」
「じゃ!」
『じゃ』、ってなんだ。肯定に取っていい……んだよな、ダクタ。
「余の〝魔法の飛行〟は範囲を調整できる。じゃからおぬしも一緒に飛ばすことは可能じゃ」
なるほど、そういうことか。
「それって、ダクタから離れていても大丈夫?」
「まぁ目の届く範囲におればいけると思うぞ」
それはまたかなりの広範囲だ。
「それならかなり汎用性も高そうだ」
複数の物を浮かせられるなら、移動にも便利だろう。
「もしもこう、ダクタに直接触れていないとダメとかだったら、けっこう大変だったろうし。やっぱりダクタはすごいな」
僕は感心と尊敬の念を強くする。
一方でダクタは、
「…………」
なぜか黙ってしまった。
「…………」
そして、
「……その手があったかッッ!」
まるで雷光が走ったかのように、目を見開いた。
「……ダクタ?」
「さっきのは嘘じゃ」
「……ん?」
「さっきのは嘘じゃ」
「……は?」
「本当は余に触れてないと、空を飛ばせられん」
めちゃくちゃ真面目な顔で言っている。
「じゃから、ちょっとそこで腰を落としてくれ」
いろいろと突っ込みたかったが、とりあえずダクタに従ってみる。
言われたとおりに僕が中腰になると、
「えへへ」
ダクタが僕の背に跳び乗ってきた。
「――っと」
ぐっと体重が掛かるのを僕は踏ん張り、そのまま持ち上げる。
「……つまり、おんぶ、して欲しかった?」
「りゅうのすけの背中、ぬっくいのぉ」
溜め息こそ吐くが、もちろん僕も嫌ではない。
「これが飛行形態?」
「うむ! これが余たちのフライングフォームじゃ!」
背中ではしゃぐダクタ。その様はすごく微笑ましいのだが、元々身長もあるダクタを落ちないように支えるのが、けっこうつらい。男の意地に賭けて、おくびにも出さないが。
「……ぐっ――あれ?」
と、いきなりダクタが軽くなった。軽くなったどころか、重さを感じなくなった。感触はあるので、消えてはいない。声も聞こえる。ただ重さだけが消えたのだ。
そして気づけば、僕の足は地に着いていなかった。
「と、飛んでる……!?」
僕は飛んでいた。
「よし、ではいくぞ! りゅうのすけ!」
ダクタが背中越しに遙か遠くのお城を指差した。既に僕は地上から50メートルほど飛び上がっている。正直、けっこう怖い。
なにせ飛行していると言っても、その制御は完全に人任せなのだ。
身体こそ動かせるが、まるで無重力空間にいるような無力さがある。
「わはははは!」
ダクタの上機嫌ぷりに呼応するように、僕はお城に向かって空中を進み出した。しかもけっこう速い。か、風が顔に当たって冷たい……。
いったいこれはなんなんだろう。
ダークエルフをおんぶして空を突き進む高校男児――たぶん端から見たら出来の悪い合成映像みたいになっていると思う。
ダクタをおんぶした僕はそのままブーーーンと飛んでいき、平原を越え、森を越え、あっと言う間に目的地まで着いてしまった。
「到着じゃ!」
ダクタをおんぶした僕は、街を入ってすぐのところに着地した。
「良い乗り心地じゃったぞ!」
ダクタが僕の背から降りる。
もしかして、これからも飛ぶ時はこうなんだろうか。ダクタが楽しいのならそれでいいのだが、やはり絵面的に、これでいいのだろうか。
せめて僕がウルトラなマンみたいに、うつ伏せで手を伸ばして、その上にダクタが乗るとかさ……。
「りゅうのすけはすぐに王城が見たかったか? どうせならと思うて、まずはこっちに降りたが」
「いや、街並みも見てみたかった。ありがとう」
「ここから歩きじゃと城までは遠いからの。ちょいと見たら飛んでいくぞ」
飛行形態〝おんぶ〟、再びか。
それでも進行方向としては、王城に向かって歩いていく。
周りの構造物は基本的には石造りの物が多く、2階建ての住居も多い。たまに背の高い物もある。塔だ。時計台か、それともなにかのシンボルなのか。
歩道も石造りで整備されており、街灯も道にそって並んでいる。電気式ではなさそうだ。ガス灯、いや、ダクタの家にあったような魔力式か。
と、そこで僕はある違和感を覚えた。
「……綺麗だ」
だった。
世界から人がいつ消えたのかはわからない。少なくとも、ダクタが300年の眠りにつき、起きたときにはいなかった。そしてそこから200年、ダクタは独りだった。なので最低でも200年間は、この街は放置されているのだ。
「……綺麗すぎる」
だというのに、建築物に目立った劣化が見られないのは、どう考えてもおかしい。
「ダクタ、なんでこんな綺麗なんだ……?」
「へっ!? お、おぬし、さっきからなにを……」
なぜかダクタは赤面し、自分の髪を指で
「……?」
「そ、そんなことをこんな昼間っから――」
「街のこと、なんだけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ダクタも綺麗だよ」
「――――!!」
にへら顔というのだろうか。なんとも溶けたような笑顔のダクタ。
ダクタが綺麗というのも心からの本音なので、喜んでくれるなら嬉しいけど。
「ふへへ」
両手で頬を押え、喜びを噛みしめているようだった。その姿がまた微笑ましいのでずっと見ていたい気分なのだが、今はまずは確認が先だ。
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