第014話 ダークエルフのほうこく
僕は再び異世界――スノリエッダの地にやってきた。
検証の結果、帰り道は確保できた。
ならば、もうこれは行くしかない。
「りゅうのすけの服、かっこいいの!」
「やっぱり学生には学生服だな!」
ということで、僕は制服姿になっている。詰め襟タイプの、いわゆる学ランだ。
さすがにTシャツとハーフパンツで異世界をぶらつくのは問題があったし、かといって時期的に部屋には夏服しかない。
どうしようか悩んでいたところ、スノリエッダが気温こそあるが日本の夏ほど湿度はないのを思い出し、制服に白羽の矢が立った。学生服は丈夫なので、まぁ悪い選択肢ではないと思う。
靴はローファーではなく、ダクタが作ってくれた根のブーツを履いている。
「さて、どうしようか」
現在僕たちは、ダクタの家の前にいる。
「りゅうのすけの行きたいところがあれば、どこにだって案内する――が、その前に余の用事に付き合ってほしい」
「用事……そうだ、用事! ごめんダクタ、すっかり忘れてた」
元々、その〝用事〟のためにダクタは、こちらに戻ることになっていたのだ。
しかし本当にいろいろあったので後回しというか、忘れていた。
「いや、ええ。それにおぬしがおるなら、そっちの方が喜ぶじゃろう」
「……誰が?」
「ばーば、じゃ」
いやだっておばあさんは……。
僕は困惑しながら、ダクタの後に付いていく。ダクタが向かったのは家の裏手。
そこは裏庭になっていたのだが、まず僕の目に飛び込んで来たものは、
「……すごいな」
壮大な景色。緑が生い茂るなだらかな丘、その先には広大な森、そして、街だ。
ここからだとミニチュアのように小さいが、間違いなく街だ。様々な構造物が見え、最奥には大きな城が、これまた巨大な湖を背に建っている。
その様は、まるでどこかの美術館にでもあるような壁画だ。
「いい眺めじゃろ。ばーばはここによく座って、街を見とった」
目を奪われていた僕は我に返り、ダクタの方を見た。
そこには、お墓があった。
おそらくダクタが作ったであろう墓。
なぜそう思ったのかというと、墓石の裏に巨大な大剣が刺さっていたからだ。
僕はなんとなくそれが、ダクタのセンスな気がした。
言語の違いで僕は墓石の名を読めないが、それでもわかる。
「おばあさんの」
「毎日、いろいろ報告しとっての」
それが〝用事〟だったのか。たしかに、なによりも大事な用事だ。
それにしても、あの大剣はまさかおばあさんの物なんだろうか。
ダクタは様々なことを、おばあさんに教わったと言っていた。
……もしかしてダクタのおばあさんって、凄まじい人なのでは……。
「よかったら、おぬしも顔を見せてやってくれ」
僕はダクタの横に並んだ。
ダクタは右手で自分の心臓のあたりに触れ、目を伏せる。スノリエッダ式の祈りなんだろうか。
それを真似するか悩んだが、僕は僕のやり方で黙祷することにした。
僕は両手を合わせ、頭を下げる。
「…………」
ダクタのおばあさん。
混血ということで疎まれたダクタと、ずっと一緒にいた人。
「…………」
手を合わせるまで、僕の中には様々な想いがあった。しかし、いざこうして立つとそれらは全部消えて、伝えたい想いはただひとつに絞られた。
この想いが届くかなんてわからない。
ただの自己満足かもしれない。
でも、それでも、僕は名も顔も知らぬダクタの大切な人に、誓いたかった。
――ダクタに寂しい想いはさせません。もう、二度と。
ふと、視線に気づいて隣を見ると、ダクタが僕を凝視していた。
「……真剣な顔じゃった」
「……まぁ、ね」
「……ばーばになにを言ったんじゃ?」
「気になる?」
「……気になる」
「……ダクタに、」
「余に?」
「……ダクタって、よく泣きますよねって」
「なんじゃと!?」
のどまで出掛かったのだが、実際に口から出たのは冗談だった。恥ずかしかったのもあるが、なんとなくそれは、おばあさんにだけ伝えておきたかったのだ。
「ダクタこそ、なにを報告したの?」
「待てい、まずは余を泣き虫呼ばわりしたことをばーばに訂正せい。……余はな、余は……」
が、ぽんっと、ダクタの顔が赤くなった。
「な、内緒じゃ!」
「僕のこと?」
「な、内緒じゃ!」
「僕のことではないんだ」
「お、おぬし、その言い方は卑怯じゃぞ!」
からかうように笑うと、ダクタが両手を上げて威嚇してきたので、僕は逃げた。
するとダクタがニヒルな表情で追いかけてくる。
「ちょ、おばあさんのお墓の前でどたばたは――」
「ばーばは賑やかなのが好きじゃ! それよりも泣き虫呼ばわりを訂正せい!」
それからしばらく、僕とダクタはお墓の周りを走り回っていた。なんとも罰当たりな。おばあさん、騒がしくして本当ごめんなさい。
数分後、僕らは疲れ果てて、脇にあった木製ベンチで休憩することにした。
「……ばーばも、たぶん喜んでおる。余が誰かを連れてくるのは、初めてじゃったからな」
「……また、おばあさんに挨拶してもいいかな」
「変なことをばーばに吹き込まんならな!」
まだ根に持っているようだ。
僕らは笑い合い、そして、
「では行くかの。あそこじゃろ? おぬしが気になっているのは」
ベンチに座りながら、ダクタは裏庭の遙か彼方――お城の方を顎で指した。
「超、行ってみたい」
ダクタにはお見通しだったようだ。
文字通りファンタジー溢れる街並みに心が躍ってしょうがない。
しかし、気になる点があった。
「……でもさ、遠くない?」
街はここからだと、それこそミニチュアのように小さい。多くの建造物があるのも相まって、特撮のジオラマ模型にすら見えるくらいだ。
たぶん距離にしたら数キロメートルは確実にあると思う。
さらに途中には、これまた大きな森もある。
仮に徒歩で向かうなら、かなりの時間が掛かりそうだ。
「安心せい。飛んでいけばすぐじゃ」
「……え? どこを?」
「空を」
あっけらかんと言った。まるで当然とばかりに。
「……ダクタ、空、飛べるの?」
「あたり前じゃろ、魔法使いなんじゃから」
魔法使いは、あたり前に空を飛べるらしい。
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