ようこそ、サビスレ図書館へ‼

プロローグ


私は版棚珮夏ばんほうはいか咫蔭あたいん大学の一年生で司書になるためにこの大学に入ったのだ。ただ、家の近くには司書の資格をとれる大学がなく一人暮らしを始めた。まあ、今はそんなことどうでもいいのだが。


今私は、町はずれの森の中にいた。桜の花びらが風に流され、ゆらゆらと私から反発するように舞っている。そしてようやく目的地の建物に到着した。なぜここにいるかというと、この建物に来れば悩み事を解決してくれるという噂を耳にしたからだ。


その悩み事は千差万別で、恋愛相談や探し物、時には警察の捜査依頼なんてのもあるらしい。ただ、すごいところはそこじゃない。その悩み事すべてを解決しているということだ。まあ、噂に過ぎないので真偽は定かではないが。


そんなことを思っているのになんでここにいるのかって?それは藁にも縋る想いだからである。答えになっていないかもしれないが、それぐらい切羽詰まってここまできたということだけわかってもらいたい。ただ、目の前に飛び込んできた看板を見て尻込みしてしまう。



「”さびすれ図書館”って。本当にここに来てよかったのかな。」



建物を隈なく見回すと、確かにそのような雰囲気を醸し出しており、本当にここに人がいるのだろうか。



「待って。噂では人がいるなんて一言も出てきてなかった。もしかして⁉やだ、私。その手の話し苦手なのに。何で気付かなかったんだろう。」



ただ、ここまで来て引き返すこともできない。ここまできたら、幽霊でも意を決して私は図書館のなかに足を踏み入れた。




そこにはスーツ姿の若い男性が立っていた。見た感じ30代前半ぐらいだろうか。着ているスーツには皺ひとつなく、スラっとした体形に違和感なくスーツを着こなしている。それに髪の毛は小奇麗に整えられ清潔感溢れる男性だ。


完璧に見える男性にも一点だけおしいところがあった。それは雰囲気で、何か暗いオーラを纏っているのだ。決して私は霊感があるわけではない。それでも、私はこの男性に秘められた何かを感じた。



「入り口に呆然と立たれてどうかなさいましたか?」



じっと見ているのに気が付いたのか男性に声を掛けられた。それにしても”呆然と”って私どんな顔してたのだろう。



「いえ、深い意味はないのですが、ちょっと中の様子を見て驚いてたんです。」



私は嘘をついた。いや、嘘というには語弊がある。正確には半分本当で半分嘘だった。中の様子を見て驚いたのは本当である。あの外見からは想像できないほどの光景だ。不均一に並べられた書架。


それにも関わらずゴチャゴチャしておらず、逆にそれが心地よささえ感じさせた。それに机や椅子もカフェばりのオシャレなものが揃っている。そして、外から入る日差しは疎らに降り注ぎ、幻想的な雰囲気も醸し出させていた。司書を目指す私にとっては心くすぐられるものがあった。




「そうでしたか、多いんですよ。そういう利用者の方は。見たところあなたは初めての方ですよね。わからないことがあったら何でも聞いてくださいね。それでは。」



柔らかい笑顔をこちらに向けたあと、カウンターへと向かっていく。



「あ、あの・・・」



私の声に気付いた男性は足を止め、ゆっくりと振り返る。



「どうかなさいました?」



「私、版棚珮夏って言います。咫蔭大学の一年生です。その、えっと・・・」



この後に及んで尻込みしてしまう。もし、違った場合、笑い飛ばされ馬鹿にされる可能性があったからだ。特にこの男性にはそう思って欲しくなかった。



「ああ、あの大学の学生さんでしたか。」



独り言のように呟かれた言葉と重なるように私は言葉を発していた。本来の目的とは異なる言葉を。



「あ、あの司書さんの名前は何て言うんですか?」



「私の名前ですか?申し遅れました私は司吹亜廉しぶき あれんと申します。咫蔭大学の学生さんであればここに来やすいでしょう。まあ、他のところに比べればの話しですけどね。気に入ったらいつでも来てください。」



質問に訝しげな表情をこちらに向けることなく答えてくれた。何ていい人なんだろう。・・・じゃなかった。



「あの違います。あ、別に名前を聞きたくなかったわけではないんですが・・・」



私はドタバタしてしまう。冷静になりたい自分とは裏腹に言葉がうまく出てこないのだ。そんな私を亜廉さんは何も言わずジェスチャーで伝えてくる。私は亜廉さんの真似をする。それをすることでようやく落ち着くことができた。そして一呼吸置いて私は言った。




「悩み事を解決してくれるって本当ですか?」




「悩み事を解決するなんて滅相もない。私にできることは情報を提供するだけです。」



それが司吹亜廉さんと初めてまともに受け答えした会話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る