楽園へのトンネル 第3話
ガリガリガリガリ・・・
慣れた手つきでコンクリートの壁に缶詰を擦り付けるジャック、静かに黙々と缶詰を食べる一向から一人離れて白髪が静かに揺れていた。
やがて擦り付ける事で削れた蓋を器用に開いて、ジャックが中の匂いを嗅ぐ。
「おぉ・・・良い香りだ」
霧のせいで栄えていた時代は終わりを告げ、こういった保存食的な物は数を減らし原始的な食事に切り替わり始めた現代、保存食と調味料がふんだんに使われた食事は久方ぶりであった。
そのせいもあり、一番若いキャシーなんかはこの味に魅了され黙々と食べていた。
バスの中はエアコンで暖かくしているが、如何せん臭いが酷かったのもあり一同は近くで焚火をして食事を取っていた。
「美味しいですね・・・」
マイケルが嬉しそうにそう口にし、食べ終えた缶詰をそっと床に置いた。
もう一つ手に取ろうと考えもしたが、いつ食料が尽きるか分からない上に、ここまで携帯していた干し肉なども少なくなっていたので我慢を彼は選んだ。
すると、手を引っ込めたその缶詰にキャシーが手を伸ばした。
一瞬キャシーとマイケルの目が合い、食べても良いかと目で尋ねたのだろう、何も言わずマイケルは小さく頷く。
まだ量が在るのもあるし、なによりここまで頑張って付いてきた彼女に少しくらい優しくしてやろうと考えたのだ。
だが・・・
「駄目だキャシー、食料は大切にしないと!」
トニーがそれを制した。
彼の言う事ももっともである、いくらまだ沢山あるとはいえ6人で分けて食べればそれほど長持ちするとは考えづらい。
消費期限が大きく切れて危険だと判断した缶詰は持ってきていないが、それはまだあるとは考えない方が良いだろう。
それもあり、トニーはそっと野草に包んだ干し肉を差し出した。
「どうしても食いたいならこれにしろ」
「えー、もうそれヤダ」
生きる為に狩りをして燻して作った燻製肉の様な物、現代を生きる彼らの主食となっているそれをキャシーは拒否した。
そんな我儘にトニーはため息を一つ吐いてそれを片付ける。
ポリポリと顎髭を掻いてからそれ以上何も言わず、トニーは焚火を見詰めていた。
この時代、喧嘩と言うモノは殆どなくなっていた。
怒鳴り声は喉を乾かせ、怪我でも負う事が在れば治療も碌に出来ないので死を待つだけになるのは目に見えているからである。
だからこそ久方ぶりの感情にトニーは少し嬉しかったりもするのだが、そんな事を知りもしないキャシーは少し不貞腐れた様子でジャックの方を見ていた。
少し離れた場所で何かをしているジャック、年の功というべきか色んな知識を持つジャックがやっている事に興味を持っていたのだ。
彼が持って行った缶詰は蓋にタブが付いておらず、缶切りと言う物が無ければ開かないと言われた物だったからもある。
「よし、少し焚火借りるぞ」
小さな器に簡易的に取っ手の様な物が取り付けられたそれを持って戻ってきたジャック、それに目を輝かせてミランダがジャックの横に座った。
彼女の打算的な動きに少しムッとした感じを見せるキャシー、それはきっと彼の持つアレのせいだろうとキャシーも分かっていた。
直ぐに凄く良い香りが漂ってきたからだ。
「ジャック!お前それ・・・」
「ははっ、どうだ懐かしいだろ?」
湯気と共に漂う香りに、ホリーも驚いていた。
それはそうだろう、簡易的に作られた小さな鍋、そしてその中で踊る黄色く細い物。
保存食としての定番とされる乾燥パスタであった。
車の車内と言う閉鎖された空間で直射日光が当たらず、異常気象により下がった気温が15年と言う歳月でも保存状態を良好に保っていたのであろう、外の雪を溶かして作った水の中を踊るパスタの小麦の匂いである。
一本掬って口にチュルンと食べたジャックは、その食感に満足そうに頷きそれを噛みしめる。
カップラーメン何かは幾つかあったが、流石に食べられないのは目に見えていた。
そんな中でジャックが目を付けたそれは当たりであった。
しかも乾燥パスタは結構な量が残っているのだ。
「よし、これなら全然大丈夫だな!ほらっ」
「えっ?いいん・・・ですか?」
「お腹空いてるんだろ?それに年的にキャシーは知らないだろうからな」
茹で上がったパスタを空になった缶詰の中に少し移してやるジャック、缶詰の中の残り汁にパスタの熱が混ざり合い更に良い香りが広がった。
その行為に自分の分の缶詰を食べ終えた他のメンバーもジャックに空の缶詰を差し出す。
「ははっまだ沢山あるから焦らなくても大丈夫だぞ」
そう言って暫くジャックは麺を茹でるのに専念し、一同は久方ぶりの満腹と言う幸せに包まれるのであった・・・
雪を鍋で茹でて飲み水も確保でき、飲み水の確保が出来た事で明るい兆しが見えてきた一同。
バスの中と言う暖かい寝床もあり、安息を手にした一同は知らなかった・・・
この後、意見の対立が起こるなんて・・・
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