天井が迫ってくる塔 第4話

吐しゃ物が床に残り四つん這いでこみ上げ続ける吐き気に何度もえずく・・・

途中でえずくが京都弁で今の学校の人に伝わらなかった事を思い出したりし、なんとか気を紛らわそうと呼吸を落ち着けようとした。


「大丈夫か?」

「ぅぅ・・・は、はい・・・」


背中に大きな手が添えられ、優しく摩られた。

チラリと視線をやると相手は金剛であった。


「気にすんな・・・とは言ってはいられんな」


背中を摩る手が止まり、周囲を見回している金剛。

そして、小さく呟いた。


「19人か・・・俺に突っかかってきた渡辺とか言うヤツも居ないな・・・」


その言葉にヨロヨロと私は立ち上がり周囲を見回す。

何名かがグループになっているのか、数人で集まり震えて無くグループ、助かった事に歓喜するグループ、そして私と同じように嘔吐している数名も居た。


「あれで口を濯ぐか?」


金剛がそう言い指をさしていた。

その方向に視線を向けると再びアレが在った。

長テーブルの上に木で出来た簡易的な祭壇の様な物が置かれた物。

そして、その直ぐ横には幾つかのラベルの無いペットボトルが置かれていた

果たしてあれの中身が本当に水なのか怪しいと感じた私は断ろうと思ったのだが・・・


「な、なんじゃこりゃ?!」


金剛がそれを手に取り驚きの声を上げた。

一体どうしたのかと思い、口の中が苦いままの状態で私も近づく・・・

それを見てか、一人の女生徒が同じように金剛の元へ近付いて行った。


「どうした・・・んですか?」

「おい!見てみろよこの透明な容器!柔らかいのにしっかりしてる?!」

「そのペットボトルがなんか変なのですか?」

「ん?ペット?ボトル?」


その言葉に困惑した表情を見せる金剛、少し前までリーゼントのせいもあり怖いと感じていた彼であったが何時の間にか普通に話せるようになっていた事に驚いた。


「それ、水ですかね?」

「どうでしょうか?あっ?!」


返答に困った時であった、私と同じように嘔吐した女生徒の一人がそれを開けて口に含んだのだ。

そして、口内を濯いで地面に吐き出す。

少し驚いたが、度胸のある娘だと感心しながら何か変化が無いか様子を見る事にした。


「うへ~生ぬるい・・・でも少しスッキリしたかも。あっ挨拶が遅れました、相沢です」


どうやら中身は普通の水の様であった。

安心した私も適当にペットボトルを一つ開けて口の中を濯ぐ。

特に味も無く普通の水だった事に感謝をしながら私は疑問に思う・・・

なんでこんなものが用意されているのか、そしてここは一体どこなのか・・・

疑問が疑問を呼ぶ状況だが何も分からないのが現状なので一つため息を吐いて俯いた。

その時であった。


「しっかし窓の一つも無いから時間の感覚がおかしくなりそうじゃのぅ」


金剛が口にした言葉に私も周囲に視線をやった。

確かに塔の様な円形の建物の中に居るのだが外を見られそうな窓の様な物は何処にも無かった。

そして、ここに来てからどれくらいの時間が過ぎたのかと思いスマホを取り出した時であった。


「金剛さん、今は17時過ぎですね」


その言葉に私は耳を疑った。

何故ならば、私が眠りに付いた時間が午前10時頃、あれからそれほど時間が経過したというのに嘔吐した朝食が殆ど消化されていなかったからである。

そして、私はスマホに出ているそれを見て背筋にゾクリと寒気が走った。


「う・・・そ・・・」


私が唖然と呟く、それと同時に金剛が口を開いた。


「おっ?何かと思えばそれは時計か?!」

「へっ?何言ってるんですか?これは携帯電話ですよ」

「はぁ?電話?」


物珍しい感じで金剛が相沢のガラケーをマジマジと眺めている・・・

そんなにガラケーが珍しいのか?

だが、それよりも大事なのはこっちだ・・・


「ね、ねぇ・・・私のスマホ・・・今・・・11時5分なんだけど・・・」

「おいおい、お前のその時計も狂ってるのか?俺の腹時計によるともう夕方なのは間違いないぞ?」

「っというか・・・そのスマホっていうそれ・・・一体何なんですか?」


時間の感覚があまりにおかしい事実、そして二人とも私の持つスマホに物珍しい視線を向けてくる・・・

同じ学校の制服を着ていたので気にもしていなかったが私の頭の中で奇妙な仮説が浮かび上がる・・・


「あのさ・・・二人ともちょっと変な事聞いても良い?」

「あっ?別に構わんぞ?」

「うん・・・どうしたの?」


不思議そうな表情の二人は私の目を真っすぐに見ながら訪ね返す。

そんなわけない、そんなのはあり得ない・・・

そう考えつつも私は口を開いた。


「今日ってさ、何年の何月何日だっけ?」


二人はポカンっとした表情を浮かべるが、金剛が突然大きく笑いながら言い出した。


「なんじゃなんじゃその冗談は?何を聞かれるのかと思ったら中々面白い事聞いてくるなぁ~」

「そうだよ、一体どうしたっていうの?」

「お願い、大事な事だから教えて?」


そういう私の目が真剣だったからか、最初に答えた金剛の言葉が物議を醸しだす・・・


「あ~今日は昭和49年、6月4日の火曜日じゃろ?」


金剛の返答に笑いながら相沢が携帯の画面を見せながら言ってくる。


「何言ってるんですか?今日は平成15年の9月1日の月曜日じゃないですか!」


そう、彼女が表示した圏外と上に出ている携帯画面には間違いなくその日付が表示されていた。

そして、私の頭の中で一つの仮説が繋がりだす・・・

ペットボトルも携帯電話も知らない金剛、スマホを知らない相沢・・・

確かお父さんから聞いた事があった、お父さんが子供の頃はペットボトルなんて存在していなかった。

そして、スマートフォンが普及したのはここ10年以内・・・


「あのさ・・・二人とも聞いてほしいんだけど・・・」

「あん?」

「あんたもなんか変な事言う気?」

「私さ・・・令和2年、5月の20日水曜日・・・西暦で言うと2021年なんだよね・・・」


そう言って私はスマホを二人に見せた。

ガラケーでは決してあり得ない程の高画質のカメラで撮影した二人の写真。

それを見て目を丸くしたまま固まる金剛と相沢。

そして、相沢が何かを言おうとした時であった・・・


「あんっ?ど、どうしたんじゃ相沢?!」


口だけパクパクと動かす相沢の体が透け始めたのだ。

その口から声は出ておらず自身に何が起こったのか困惑した表情のまま慌てた様子を見せる。

そして、それは相沢だけでは無かった。

離れた場所に居た何人かも同じように声が出せず体が透け始めたのだ。


「おいっ!・・・?!」


その相沢の肩を掴もうと金剛が伸ばした手、だがその手は相沢の肩をすり抜けた。

まさかさっき口に含んだ水が?!

だが水に触れても居ない離れた場所に居た人にも同じような事が起こっている事実・・・

分からない、一体何がどうなっているのか理解できない状況の中、消えていく相沢を見る事しか私には出来なかった・・・

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