人から人へ感染するアウトブレイク 第6話

部屋のドアが勢いよく開かれ、なだれ込むようによろけた人間が部屋に飛び込んできた。

足取りが千鳥足のようにフラフラとしているが、踏ん張ったような姿勢のまま動きを止めてこちらをその人物は睨んできた。

ガンジーは目を疑った、それは折れたと思われた首が元通りになったハイネスである。

その真っ赤に光る眼でこちらに視線をやり、ヒロエを見つけると同時に無我夢中で飛びかかってきた!


「きゃあああ!」


玄関でガンジーが争ったハイネスを初めて見たヒロエは恐怖に悲鳴を上げた。

元の姿を知っているからこそ、その赤く光る目と普段とは大違いのハイネスの様子に母を思い出したのだろう。

そしてハイネスの手がヒロエに届くその時、その間に割り込むように体を滑り込ませた人物が居た!


「ヒロエに触るな!」


飛び出したのはエルミンであった!

ハイネスの体に斜めにタックルを決めてそのまま床を転がる!

不意打ちに加え足取りが不安定だったこともあり、体格で劣るエルミンのタックルでも簡単に押し倒す事に成功したのだ。

そして、エルミンの手には母の首を切断した斧。それを復元した左手で持っており、それを真っ直ぐに・・・


「おばぁああああ!!!」


ハイネスの頭部へ振り下ろした。

噴き出る血、変形した顔面が悲惨さを物語り異形の怪物の様な形になったハイネスは奇声を上げながら仰向けに倒れる。

だがエルミンはその頭部に刺さったままの斧を力任せに引き抜き、再度大きく振り上げた。


「うああああああああああああ!!!!」


斧は真っすぐに振り下ろされ仰向けでピクピクと痙攣するハイネスの首へと叩きつけられる。

何度も、何度も、何度も、何度も・・・

肉が裂け、鮮血が飛び散り、骨が断たれる生々しい音が響き、それでもエルミンの手は止まらない!

しかし、ヒロエとガンジーの目に写るエルミンのその目は既に常軌を逸しており、直ぐに二人はそれを理解した。

目が赤く光っていたのだ。

ハイネスの首は既に切断されており、床に深く打ち込まれた斧が簡単に抜けなくなってエルミンの動きがやっと止まった・・・

その表情は険しく、エルミンは激しい過呼吸の様な呼吸をしながら歯を食いしばって床に刺さった斧を力を入れて両手で引き抜いた。


「と・・・さ・・ん・・・・」


そして、自ら四つん這いになり頭を垂れ、斧を父ガンジーの方へ差し出した。

それを見て、差し出された斧がどういう事なのかガンジーは理解した。

ヒロエをそっと横に手で押し避けその斧を無言で受け取る・・・

これから起こる事を理解したヒロエは手で顔を覆うが、兄エルミンの名誉の為にも父を止める事は無かった。

受け取ったガンジーはそれを振り上げ、目を瞑りそうになるのを我慢し力を込めた。

せめて、1発で楽に逝かせてやりたい・・・

我が妻に続き、息子までその手にかけるという現実・・・

あまりにも非常、あまりにも過酷、あまりにも非日常・・・

だが、それら全てが目の前で起こっている真実・・・

エルミンを助ける術は見つからず、このままであれば我が子にヒロエまでもが襲われるのは間違いないからだ。

ガンジーは雄叫びを上げずに歯を食いしばって受け取った斧を両手で力いっぱい息子の首に振り下ろしたのであった・・・


ズドン! ゴト・・・


床に転がる変わり果てた息子に視線をやらず、ガンジーとヒロエはその横を素通りし、静かに外へ出て行った・・・


「はぁ・・・はぁ・・・」

「ひっひぐっ・・・」


いつも見慣れた地形が全く別物に見えていた。

地面に広がる血の跡、建物などに残る跡・・・

悲惨な光景をそれだけで想像出来るような現状を二人は歩いていた・・・

息子を手にかけたガンジーは必死に声を殺して泣くヒロエを連れ、建物や農具入れ等の物陰に身を隠しながら村の外を目指して進んでいく・・・

幸い、おかしくなっている村人は音や視認でこちらを認識しているのか、気付く様子もなく近くを徘徊しているだけだった。


「ぉ・・・とさ・・・」

「ヒロエ、しっかりしろ!生きてここから出るんだ!」


小声で会話する二人であるが、消沈しているヒロエと村を出て生きながらえるか怪しいのは確かである。

だがこの村に居た所で待っているのは悲惨な末路だけなのは言うまでもない、それを理解しているからヒロエはガンジーに付いて行った。

おかしくなった人の血を浴びてもおかしくならなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

少なくとも皮膚からの感染は無いのだから。

だがその血等が入った水なんかを口にすればどうなるかは分からない。

やはりここに留まるのは得策ではないのだ。

そう考えたガンジーは一歩、また一歩、移動する足音に気付かれるのではないかと集中しながら外を目指す。

道中自身の鼓動の音ですらも気付かれる要因になるのではないかと気が気ではなかったのは言うまでも無いだろう。

しかし、幸いな事に、駆け出すような真似をしなければ村人同士の足音もあり気付かれる事が無かった。


「いやぁああああああああああ!!!!」


その時、何処からか叫び声が聞こえた。

一斉に徘徊していた赤い眼をした村人たちはその方角を見て、駆け出す。

まだ生き残っている人が居たのだ。


「ヒロエ、今のうちに!」

「・・・ぅん・・・」


助けになんて行けるわけがない、一人が相手であってもあれほど苦労したのだ。

しかも一度でも体の何処かを噛まれればそれで終わり、食い千切られなくてもそれだけで奴らの仲間入りになるのだろう。

そんな状態の相手を前に、悲鳴の主を命懸けで助けられる保証なんて有るわけがなかった。

それをヒロエも理解しているのか、ガンジーに続き村の反対側から外へ出ようと移動を開始する。

二人とも返り血が酷く大怪我をしていそうな姿のまま向かった先・・・

そこで、それを見てしまった・・・


ぐちゃ・・・ぐちゃ・・・ぐちゃ・・・

がぶっ・・・がつ・・・がつ・・・


村で飼われていた犬が赤い眼の人と共に飼育されていた豚を水飲み場の近くで喰っていたのだ。

だが、おかしい事にガンジーは直ぐに気がついた。

人だけでなく、犬までもおかしくなって豚を食べているにも関わらず、喰われている豚は変化した様子が無かったのだ。

それでもそんな事を気にしている場合でもなくガンジーはヒロエと共に息を殺して前へ進む・・・

目指す村の南側の出口は直ぐそこなのだから・・・

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