第35話「第1章エピローグ 夜景のすぐそばに」



「——ねぇ、どうしてあそこまで頑張れるの?」


 満天の星が煌く夜空を二人で眺めていると先輩はそんなことを訊いてきた。

 

 今、俺と先輩がいるのは先輩の家からも俺の家からもそこまで遠くない高台の公園だった。


 聞き覚えがあるかもしれないけど、そう――あの場所。俺と先輩が初めて会った公園。


 夜にもなって、誰にもバレないからいいかなと先輩が使っていた自転車を借りて二人乗りをして走ってきた。


 よく、恋愛マンガとか青春漫画、アニメでの一シーンで見るような二人乗りをしたわけだが案外普通だった。


 なんか普通だね、と笑い合ったくらいだ。

 まぁ、先輩が笑顔でいてくれるのが何よりだったし、それはそれでよかった。


 さて、訊ねてきた先輩になんて返そうか。

 

「恩返しですよ」

「でた。またそれ」


 割と真面目に答えたのに先輩はジト目を向けてくる。

 

「またって何も。何度も言ってますけど俺にとってはそのくらい重要なことだったんですよ」

「重要って……別に普通に声掛けただけだし」


 なぜだかムスッとした表情をしてくる先輩に疑問を抱きながらも、俺はいたって冷静で、というかそんな反応が心地よかった。


「じゃあ、俺も言いますけど」

「え?」

「先輩を地下鉄で命からがら助けたのだって別に普通に庇っただけですからね?」


 そう言うと少し驚いたような表情で固まった。しかし、すぐさま顔をブルブルと横に振ってこう言い返した。


「それはちょっと、無理があるでしょうに」

「無理も何も、俺はそう言うことですよって言ってるだけです」

「そう言うこと? どういうことを言ってるの?」

「重みが一緒ってことです。先輩が何て言ったって俺がそれくらいに大事に思っていたことには変わりません。だから、それが先輩に対してなんでもしたいっていうモチベーションになるんです」

「……そ、そこまで言うならまぁ」


 理解を示してくれたが、少しだけ先輩の表情は晴れていなかった。


「でも、そうだね」

「はい?」

「こうやって二人で星空を眺められているし、良かったかもしれないね」

「ははっ、意外と感傷的なんですね……可愛いです」

「かわ、も、もう……毎回毎回そう言うこと言ってきてさぁ。恥ずかしいって」

「事実ですからね~~」

「もぅ、やめてよっ」


 肩をバシッと叩いてくる姿は女の子らしくて本当に可愛かった。

 そんな下らない話をしながら、星空を目にして時間を共にする俺たち。


 懐かしい公園のベンチに座って、落ち着きながら息を吐いて話していく。


「色々言いましたけど、本当に先輩が好きで生徒会メンバー全員好きで、そんな皆で歩んでいくこれからの道に先輩がいないなんて考えられないんですよ」

「——そう、ありがとう」

「それもそうだし、先輩が知らない人にとられるのが嫌だったって言うのもありますけどね……」

「もしかして、嫉妬か何か?」

「そりゃ、先輩の事が好きな男子たちは怒るじゃないですか。いくらなんでもそんな強制的な話。だいたい、先輩は特待生だし、お金の心配だってないはずですし」

「男子たち、か」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。でもまぁ、心配されるのは嬉しいものなんだね」

「はははっ。そんなので嬉しくなれるのは先輩くらいですよ」

「んー、なんか褒められてる気がしないんだけど」

「どっちもですかね?」

「……なにそれ」


 再びジト目を向けてくる。

 ただ、先輩は完璧って言われるだけあって心配はされないし、俺もあまりしたことがない。そんな些細なことすらも嬉しく思えてしまう。


 そういう生きにくさはこれからも纏わり付いてくるだろうから俺がなくして行けたらいいなと思った瞬間だった。


「そう言えば、熱心な人でしたよね」

「お父さんの事?」

「はい。俺がどんなに行っても認めようとしないし、先輩とお母さんなんてずっと圧倒されっぱなしだったじゃないですか」

「あぁ……そりゃ、すごい口論になるから」

「えへへ。あそこで負けてたら男が廃れますよ」

「それはまぁ、おかげでずっと学校に入れることになったし良かったけど————でも、私たちの関係は2人の前ではどうすればいいんだろうね?」


 意地悪に聞いてくる先輩に俺はグぬぬと眉をひそめた。

 正直言うと説得してからの事なんて考えてもいなかった。


「嘘をついて行くしかないですかね……」

「んもぉ。なんかすっごい行き当たりばったりな気がするんだけど」

「だって、そこまで考えてなかったんですもん! 俺は先輩の枷を外すので精一杯でしたし……それに」

「最後帰る時になんか言われたんでしょ?」

「え、まぁ。なんか今どきお前みたいな信念を持つ男は少ないから頼むぞって。別れたら許さんって」

「……はぁ。お父さんってばもう」


 たはは~~と笑みを浮かべていると割と真面目に睨まれる。


「結構笑えないんだけど?」

「……せ、責任は取りますよ! そこは、しっかり」

「どうとるの?」

「え、えと……ご両親がいるときはその、しっかり彼氏になります」

「なんかすっごく都合のいい関係みたいなんだけど?」

「そ、そんなこと言ったって……だって先輩はほら、俺と本気で付き合いたくないでしょう?」


 冗談半分で問いかけるとなぜだか先輩の反応がなくなった。

 あれ、と今まですぐに返してくれたのにな——と不安になっていると隣にいた先輩の頬は少し赤くなっていた。


 んーと。


 どうすればいいんだろう。

 数秒程考えていると先輩が聞き取れないほどに小さな声で呟いた。


「……いいけど」


「え?」


「な、何でもない!!」


 結局、何を言ったのかを聴き取れなくて、なぜか先輩の平手打ちが俺の頬に炸裂したのだった。


「——ちょ、せんぱふげふぁぁっ⁉」









 


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