第33話「俺の彼女になってください」



 堪える涙を抑えながら、時より俺の手を強く握って、悔しくも苦しくも悲しくもあるような滲んだ表情で先輩は何があったのかを話してくれた。


 もちろん、あまりにも辛そうだったから俺も無理にとは――と話を止めようとしたが先輩はそれを望んではいなかった。


 重要なことだから。


 そう付け加えて心情なんてぐちゃぐちゃだろうに話し続けてくれた。


 まず、簡単に事を説明すると先輩が今まで俺や美鈴にも説明してくれた「高校生の間に誰か将来を約束できる異性を探しなさい。それでないとお見合いをさせる」という条件が帳消しにされたとのことだった。


 帳消し、というよりかはニュアンスの違いなのかもしれない。

 先輩のお父さんにとっては軽く言ったことが先輩にとっては大きなものとしてとらえられてしまってそこに齟齬が生じる。


 それが起きてしまった。


 もちろん、そんなお父さんの身勝手さに反抗するように言ったじゃないかと話しても取り合ってもらえず。これは家業を継ぐ上での重要な話なんだ。子供の一時の戯言に付き合えない。


 そう言われて跳ね返されたらしい。

 正直、そこまでしてやることなのかと部外者ながら思ってしまったがきっと伊丹家では重要なことなのだろう。


 しかし、俺は認められるはずがなかった。


「でも、だからって――先輩の気持ちはっ」

「えへへ……なんかごめんね。多分だけど、私はその……来年には学校にはいないと思う」

「いや、でも——」

「ううん。これでも頑張って交渉したんだよ? ほら、生徒会だって次の世代の子たちを育ててからじゃないと無責任だし。先輩たちの願いを踏みにじるわけにもいかないって何とか言って、許してもらったの」

「それじゃあ意味がないじゃないですか!!! だ、だってそんなんじゃタイムリミットが馬鹿みたいで――」

「やれることはやった。だからいいの。あとはみんなで過ごして、私はあっちの高校で勉強して、継ぐだけ」


 先輩の表情は何とも言えなかった。

 もう変わらない。理解してもらえない。


 だから、これでいい。


 そんな諦めの言葉が出てきそうな表情をしていた。


「先輩がだって、嫌だって」

「いいの」


 俺がどんなに否定しても先輩は意見を変えなかった。

 あれだけ泣いていたのにと思ってもそう言うわけにもいかず、いいからと笑顔を見せる姿にどうすることも出来なかった。


 情けなさすぎる。

 泣いている女の子一人助けられないなんて。


 誓ったはずだ。介入したからには最後までやるって。第三者が関わるべきではない話にも関わっていくって。


 そう決めたはずの自分に腹が立った。


 先輩が折れてしまったら、俺が何をできようか。


 結局、その日は何もできるわけなくて——情けない自分をどうすることも出来なくて——。


 ただ、笑顔にふるまおうとする先輩と亀裂が生まれたかのように一緒に帰ることしかできなかった。





☆☆☆




 そして、その日。

 何もできずに情けなくなって家に帰った俺に対してララは腰抜けと罵倒してきた。無理もないだろう。あれだけやるとか言ってふんぞり返っていたのに。いざ先輩に諦められたら言い返すことなんてできない。


 ずるいどころの話じゃない。先輩目線から考えたら余計なことをしないで――ってことなんだろうけど。


「はぁ、どうしよう」


 ほんとに路頭に迷った。

 どうしたらいいんだろうか。


 まぁ、答えは分かっている。

 何もしない方がいい。


 先輩がもうそれで納得した以上。俺が介入する未来はない。


 だいたい、俺がやろうと思ったのは先輩がしっかりと自分の考えを口にしてくれたからだった。


 だからこそ、道理として先輩が納得しているのなら何もできない。

 何もやれない。俺は納得してはいないけど、そうするしかない。


 もう、よく分からないよ。

 こんなとんとん拍子でいろんなことが起きたら。


 考えても出てこないことに挑戦するって言う方がおかしな話かもしれないけど。


 何やってんだ、俺は。

 あんなに意気込んでたって言うのに。

 先輩と服まで一緒に選びに行って、恋人の予習までしたんだぞ?


 ララだって協力してくれたんだし。美鈴の理解だって得られた。

 俺は美鈴よりも先輩を選んだんだ。


 あれ、じゃああの選択に何の意味があったんだ?


 意味なんて――ない。

 ただ、それだけか。


 今の俺を見て美鈴はなんていうだろうか。ララでさえも「兄さんダサすぎ、きもいんだけど」「まじでウザい。情けない」「男としてどうかしてるんじゃないの?」「ちんちんついてる?」って貶してきたんだ。


 美鈴ならもう――――「は? 氏ね」


 くらいまで言ってきてもおかしくない。


「でも、先輩がそう思ってたんだしなぁ……俺がじゃあ何をやれって言うんだよ」


 こんなのもう、無理じゃん。

 









 『ねぇ、大丈夫?』









 え?








「だ、だって……誰かが泣いてると悲しいじゃん!!!」








 先輩の声が聴こえた。

 あの日、あの時、あの絶望の淵から救い出してくれた言葉の始まりと終わり。

 

 あの日の俺の心情はどうだったろうか。


 どうせ、他人なんて信用できないと思っていた。親を見限って、そして親からも見限られた。結局生きる意味なんてなくて、どうすることもできなくて、でもそんな事実に納得はしていて、それでも体は動かない。


 無気力さに納得していて、行動を起こしていなかった俺に声を掛けてきたのは何にも知らない先輩だった。


 お前に俺の何が分かるんだ?


 そんな言葉が飛び出そうだったくらいに最初はウザかった。でもあの涙を見たから俺はやり直せた。思いだした。


 先輩はそんな風に無意識にも周りを巻き込んで、何かを作り出すことができるほどに優しい人なんだ。


 あの時から生徒会の手伝いをしていただろうに何にも知らない中学生の勉強の世話からその妹との仲まで、全部をやりこなした人だぞ?


 それこそ、完璧と言われてもおかしくないことを当たり前のようにしてきた。あの時の俺には気づけなかったけど今なら気付ける。


 先輩は超がつくほどの


 どんなに自分に芯があろうとも他人を優先できる。

 自分に忙しいことがあっても他人を優先する。


 他人が悲しいときは一緒に分かち合ってくれて、自分が悲しいときは納得できていると他人さえも納得させてしまう。

 

 そのくらい他の人へ向ける愛情が深いんだ。先輩は。


 じゃあ、俺は。

 一度決めたよな。

 やってやるって。報いてやるって。

 先輩のためになることをしたいって。


 じゃあ、何でやらないんだ?

 先輩がどういうかは問題じゃない。だって先輩はそう言う人間なんだから。俺が言って、しっかりと本音を出さないとそれで俺を納得させてくれないとダメなんじゃないのか?


 それが本音なら無理を言わない。

 それが本当なら文句なんてない。


 その本物を引き出すまで、引きさがりたくない。


 じゃあ一度やるって言った俺の役目を全うしようじゃないか。

 もしも、自分の彼女が嫌がっていることがあるのなら全力で守ってやるのが彼氏なんじゃないのか?


 よく言うだろう。私だけはあなたの見方だって。

 それと一緒だ。先輩の見方をできるのは仮にも彼氏な俺しかいない。


 それなら――やることはたった一つだ。




 思い立ってすぐにスマホを持ち出して電話を掛ける。


『もしもし、どうしたの翔琉君?』

「先輩、約束覚えていますよね?」

『え、何急に!? 約束?』

「ほら、この間の一つ何か叶えてあげるって言ってたやつですよ」

『え、あぁ――でもそれは今じゃ』

「そうです。今です」

『え、今? 今使うの⁉ でもほら、私今家に二人いるし……』

「だからです。なので今日だけ本気で彼氏にさせてくださいっ」

『か、彼氏――いやでもそれはもう意味ないからもういいって』

「俺がやりたいからなんです。そして約束したはずですよね? だから、先輩は俺の彼女になってください」


『っ——ん』


 返事は聞こえなかった。

 返事を聞く前にスマホを閉じたから。


 服装は制服でいいか。着飾るのもやめよう、俺の等身大でかかってやる。

 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る