第32話「未完全美少女生徒会長」


「……先輩っ!」


 扉を開け、そこに立っていたのは今にも倒れそうに涙を流す先輩だった。


 小さな肩を震わせて、片手にはさっきまで連絡してたであろうスマホ。そして、頬に滴る涙に、何度も擦ったのだろう、真っ赤になった目元がすべてを物語っていて俺は慌てて駆け寄った。


 この選択があっていたかなんて分からない。

 ただ、あの日。

 先輩を通り魔から助けた日も同じだったような気がする。


 よく分からない状況に頭がパンクしそうになって、頭よりも先に、考えがまとまるよりも先に身体が咄嗟に動いたって言うやつ。


 まぁ、今ならその原動力は分かる。


「ど、どうして泣いて……っあぁ、こ、これ、これで拭いて、ほらっ」

「うんっ……」


 急いでワイシャツのポケットからハンカチを取り出して先輩に持たせる。今日は全く使う場面がなかったから良かったと思い安心しつつも、状況が状況で考えはやっぱりまとまっていなかった。


 手に取ると涙を拭きとり、その後はぼーっとした顔でズビビと鼻をかむ先輩にいつもなら可愛いなとかハンカチで鼻は噛まないでください打とか思ったり行ったりするのかもしれないけど、今日は違った。


 そんなことはもう全部後回しで、それどこではなかった。


「あ、あの……何がっ」

「っん……ぅ」

「えっ——」


 すると、フラフラになりながら寄りかかってくる。

 その勢いで俺も止めきれず、その場に腰を落した。


 そのまま俺のシャツの胸元を掴み、ぎししと擦れる音が鳴る。


「だ、だいじょう――」


 ぶ? そんなこと聞くまでもなくて、俺は言いかけて口を閉じる。


 掴んだ先輩の手の力が徐々に強くなっていき、どんどんとシャツがねじれていく。先輩の表情は俯いていて全く見えなかったけど、その口元は歪んで見えた。


 じりじりと強くな先輩の手に俺は両手で包み込んだ。


「先輩っ」


 その声に、俺の手に。

 先輩は息を止めたように固まって喉元に引っ掛かった声を絞り出す。


「っ—―――く」


 苦しそうな声に胸がズキッと痛む。

 別に、俺に何かがあったわけでもないのに、体は正直に反応を返していた。

 

「っん――くぅ……ぅぅ」


 のどに詰まった声が音になって次々と出てくる。

 ことばにもならない音が重なり合って、俺の胸にぶつかっては消えていく。


 ずっと手を握っていたが返す力も徐々に強くなっていく気がして、それでも俺は何をしてあげればいいか分からず。ただ淡々とその光景を見つめていることしかできなかった。


「な、んでっ……ぅっ……あぁぁぁっ!!!!!」


 叫び声とうめき声が混じったかのような苦痛の音が生徒会に鳴り響いて、ただ見つめることしかできない自分に怒りすら覚える。


 こんなにもつらそうな顔をしている先輩なんて、今まで見たことがあるだろうか。

 俺に勉強を教えてくれた時だって、初めて会った時だって、生徒会に入ってからだって、それから何度も行った本屋でだって、一緒に映画に行った時だって、それ以外にも色々な場面を一緒に歩んできたこの1年間。


 その一つ一つを切り取っても苦しむ姿は見たことがなかった。


 それが異常で、おかしかったのかもしれないけど。

 このとき、俺は先輩が完璧な人間ではないことを悟ったのだった。





☆☆☆





「あのこれ。お茶飲んでください」

「うん。ありがとう」


 なんとか先輩を落ち着かせて、来客用のソファーに座らせると買ってきたお茶を手渡しした。


 すると、先輩は弱々しい笑みを浮かべながら感謝を伝えてきた。なんとも言えない、悲しみさえ感じなくなってしまったかのような無気力感が伝わる表情に俺はなんて返したらいいか言葉を探していた。


「ごめんね、キャップがっ」

「あぁ、それは大丈夫ですよ。っはい」

「ありがとう――んっんっ」


 弱り切った表情でキャップを捻れず、俺がすぐさま開けて先輩に渡すといつもよりも多めにお茶を流し込んでいた。


 俺はそんな先輩の真ん前でずっと見つめていることしか出来ていなかった。


「あ、あの——聞いてもいいですか?」


 正直なところ、今それを聞くべきなのか。それとも蓋をしてこのまま一緒に帰った方がいいのか。悩みに悩んだが、後者を選べば絶対に公開することは分かっていた。


 先輩にまた泣かれてしまう――そんなことを片隅で考えながら口にすると先輩は「そうだよね……」と苦笑いの表情を浮かべる。


「なんで泣いてるのか、だよね?」

「い、いや——そのっ、無理にとは言っていないので言わなくても」

「そこまで聞いて言わなくてもいいって言うの?」

「え、いや……その言っては欲しいですけど……」

「うん。知ってる。顔がそう言ってるもん。気になってるーって顔してる」


 そう言いながら、先輩はにははと笑って俺の頬を触ってきた。

 いつもの俺なら顔を真っ赤にさせて、おどおどしていたのかもしれないけど。なぜだかこのときはまっすぐと先輩の顔を見ることが出来ていた。


「気になってます」

「うん。そうだね」


 ゴクリとお茶を飲み込んで、ふぅと一息つくと先輩はなんで泣いていたのか――その理由を話してくれた。



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