【短編】二度寝する白雪姫

夏目くちびる

第1話

 ここは、とある国のとある村の、奥の奥にある深い森。その森の一番奥には、重ねられた木々の隙間から木漏れ日が差す柔らかくて温かい空間。そして、その中心に木を掘ったベッドが置かれている。


 そのベッドに眠るのは、白雪姫。彼女は魔女から受け取った毒リンゴを食べたことで、呪いにかかってしまった哀れな某国のお姫様である。


 ただし、彼女の人格は最悪だった。


「全然王子様来ないんだけど!!」

「ですねぇ」

「ねぇ、小人さん。いつになったら私の王子様は迎えに来てくれるわけ?」

「そうは言いましてもですね、この森には『イケメンで高身長でお金持ちで白馬に乗った、それでいて見るからに優しそうでおまけにすべてを受け入れてくれそうな人』しか入れるなとおっしゃったのは白雪姫ですよ」

「それはそうでしょ?だって、それ以外の人にキスなんてされたくないもん」

「ムチャクチャな。白雪姫、早く迎えに来てもらいたいなら、もう少し理想を抑えるのがいいと思いますよ」

「やだ!呪いかかってんのよ、こっちは。可哀想で仕方ないでしょ?だったらそれくらいの高望みをしたって許されるに決まってるわ!」

「そうでしょうか。小人の僕には分かりかねますねぇ」


 言って、青い帽子を被った小人はベッドをキレイに磨いた。


「あ〜ぁ、退屈だなぁ。そういえば最近、魔女の姿が見えないわね」

「魔女は、どうやら隣の国へ出掛けているようです」

「まったく、勝手な話ね。ついこの前までは『ヒッヒッヒ、毒リンゴの呪いは真実の愛でしか解けないよぉ〜』だなんて意味分かんないこと言ってたのに。もう別の女のところへ行ってしまうだなんて」

「ぷぷ、似てますね」

「バカにしてるの?」

「いえ、すいません」


 あくびをして、枕を抱くと頬杖をついて空を眺める。


「小人さん、紅茶を入れて。リンゴの皮はたっぷりね。すっぱい方がいいかな」

「魔女が来ていないのに、リンゴがある訳ないじゃないですか」

「ウソでしょ!?私、1日に3杯はアップルティーを飲まなきゃ生きていけないのに!」

「無いものは無いです。オレンジならありますけど」

「ヤダヤダヤダ!!リンゴがいい!アップルティーじゃなきゃ絶対飲まないから!」

「じゃあずっとそうやって文句を言っていればいいじゃないですか。僕はそろそろ見張りに行きますよ」

「えぇ〜、お話に付き合ってよ〜」

「僕が入口を見てないと、タイプじゃない男性に変な事をされてしまいますよ。あなた、外では一生目を覚ませないことになってるんですから」

「でも、もしここまで来ちゃっても前みたいに小人さんが追い払ってくれればいいでしょ?」

「その時も言いましたが、本来の僕の役割はここに来た男性に『白雪姫様は真実の愛を受ける事で目を覚ます』と伝えることなんですよ。執事でもネゴシエーターでもないんですからね」


 言って白雪姫の体をゴロンとどかすと、枕とシーツを器用に取り替えてから空間の外へと向かい、戻って来るとプレーンの紅茶のポットと空のカップをベッドのサイドテーブルに乗せた。


「リンゴのハチミツ漬けがあったので、このシロップをお好みで入れてください」

「わぁ!ありがとう!……ん〜、おいひ〜!」


 上品な甘みのシロップは、白雪姫を満足させる代物だったようだ。


「小人さんが人間だったらよかったのにな」

「もし仮に僕が人間でも、あなたのような女性はお断りです」

「ぶぅ〜」


 そして、小人が出て行った空間で白雪姫は空を見上げながら、心ゆくまで紅茶楽しんで再び眠りについた。この生活を始めて、既にに2年が経過している。にも関わらず白雪姫が歳を取っていないのは、魔女の呪いのせいである。ただ、魔女にとって誤算だったのは、彼女が異常なまでに毒の耐性を持っていた事だったのだ。


 × × ×


 数日後。


「あ、魔女。あんた、どこ行ってたのよ〜。リンゴ待ってたのに〜」

「シンデレラという娘のところにな。しかし、まったく酷い目にあったわい」

「なに?」

「下町の不幸な娘だというから手助けをしてやろうかと思ったら、自分の美貌を鼻にかけたとんでもない悪女でな。あれこれ注文させられて、挙げ句『ガラスの靴を脱いできたから、王子様が見つけるまで消さないでくれない?』と言いおった。最後には祝福まで頼まれて、おかげでこっちに戻るのに時間がかかったんじゃよ」

「なにそれ、最悪な女ね〜」

「お主も負けず劣らすじゃがな」


 言いながら、リンゴの入った木のカゴを地面に置いた。


「ありがと、これでアップルパイが作れるわ。食べていくでしょ?」

「それが契約じゃろうて」


 白雪姫がパイを振る舞う代わりに、魔女はリンゴを届ける事になっている。奇妙な話だが、それが二人の仲なのだ。


「この前は、石油王の息子が来たようじゃな。小人が久しぶりにここへ通したと言っておったが」

「ダメよ。だって、あの男はこの前のニュースで6人目の嫁を迎え入れたとか報道されてたもん。相手には私だけを見ていてほしいし」


 そう言って、白雪姫は魔女に新聞を見せた。


「それだけ有能な遺伝子を持つ男が一夫一妻の制度に収まるハズがないじゃろう」

「でもイヤ。あと、あのタイプは絶対に乱暴なエッチするから」

「お主がその男の何を知っとるんじゃ」

「とにかくダメなの!あんまうるさいと魔女のパイだけ毒入れるよ!?」

「ちょ、それはいかんじゃろ。特にお主がやるのだけはいかんじゃろ」

「じゃあそっちでカスタード混ぜといてよ!バニラ入れ過ぎたら怒るからね!?」

「ひぃ、くわばらくわばら」


 そして、白雪姫は焼き上げたパイをテーブルの上に置いて、魔女と舌鼓を打った。この場所にある家具は、全て白雪姫が魔女にオーダーメイドしたモノだ。もちろん、無料で。


「しかし、アップルパイだけは格別じゃな。あいも変わらずおいしいわい」

「まぁね。紅茶も淹れてあげるよ」

「よい、儂が淹れる。お主のはクソマズいからの」

「なによ!人がせっかく気を遣ってあげたのに!」


 白雪姫は、アップルパイ以外の料理が出来ない。厳密に言うと、出来るがダークマターが出来がってしまうのだ。


「それにしても、平和な場所じゃな」

「あ、ねぇ魔女。ガーデニングをやってみたいから一緒に花壇作ろ。その他必要な道具一式。あと肥料と適当に綺麗な花の咲く種をいくつか見繕って持ってきてよ。今すぐに」

「持ってくるのはいいが、お主はどうせ途中で飽きて小人に全て任せるじゃろ。花も生き物なんじゃぞ」

「いいじゃん。なに?あんた、私の言うことが聞けないの?聞いてくれないなら有る事無い事バラすわよ」

「わ、分かったよ。まったく、とんでもない女に呪いをかけてしまった」


 そんなわけで、白雪姫と魔女は夕方まで花壇を作ったのだった。本日の来訪者も、0人だ。


 × × ×


「白雪姫、綺麗な花が咲きましたよ」

「ホントだ、かわいい〜。これなんて花?」

「知りません。少なくとも、この森に咲いてる花ではないですね」

「へぇ〜。あ、魔女からかっぱらったカメラで写真を撮ろう。小人さん、こっちおいでよ」

「それ、すごく貴重なのにって魔女が泣いてましたよ。ちゃんと返してあげてくださいね」

「イヤだ」


 言って、白雪姫は小人を抱きかかえると花の前で自撮りを決めた。


「このドレスも飽きたなぁ。魔女に新しいヤツ出してもらおっと」


 その時、白雪姫の機嫌が良さそうなのを感じて、小人はふとこれまでずっと抱えていた想いを口にしてみることにした。


「あの、白雪姫」

「なに?」

「もしかして、ホントは恋人欲しくないんじゃないですか?」

「いや、そんなことないけど」

「でも、最近どんな人が来ても追い返すじゃないですか。この前なんて、先進国の不動産王ですら追い返してましたし」

「あぁいうタイプはイヤだから」

「なら、ひょっとして白雪姫は『イケメンで高身長でお金持ちで白馬に乗った、それでいて見るからに優しそうでおまけにすべてを受け入れてくれそうな人』がタイプなワケではないのでは?」

「……え、それマジ?私って、『イケメンで高身長でお金持ちで白馬に乗った、それでいて見るからに優しそうでおまけにすべてを受け入れてくれそうな人』がタイプじゃないの?」

「知りませんよ。ただ、実際にやってきた『イケメンで高身長でお金持ちで白馬に乗った、それでいて見るからに優しそうでおまけにすべてを受け入れてくれそうな人』をみんな追い返しているじゃないですか」

「……確かに。私は彼氏ができたことの無い箱入り娘で人々が思い浮かぶ理想こそが幸せだと思ってたから、『イケメンで高身長でお金持ちで白馬に乗った、それでいて見るからに優しそうでおまけにすべてを受け入れてくれそうな人』が好みなんだと思ってたけど、そう考えてみると実際は『イケメンで高身長でお金持ちで白馬に乗った、それでいて見るからに優しそうでおまけにすべてを受け入れてくれそうな人』は好きじゃなかったのかもしれないわ」

「ならいっそのこと、ここに来た男性全員と会ってみる、というのはとうでしょうか」

「え〜、面倒いなぁ」

「しかし、人間は中身を見なければ分からないですよ。白雪姫のように見た目はよくても中身のドス黒いゴミみたいな人もいるわけじゃないですか」

「なんて?」

「おまけにこの2年間、アップルパイを焼くことしかやってこなかってせいで腐った根性が染み付いて、家事も仕事も知らずわがままを言って僕や魔女をこき使うことしか出来なくなってますよね」

「だから何よ!」

「別にどうという事はありませんが。ところで、僕は僕無しじゃ生きられなくなった人間をある日突き放して絶望させるのが生き甲斐なんです」

「……ふぁ?」


 自然と抱きかかえる力を強くする白雪姫。


「え、いや」

「そうは言われましても、そろそろ頃合いかと思って」

「いや、だって二年だよ?二年も一緒にいたら普通は家族じゃん、家族捨てるとかあり得ないよ」

「僕はそもそも精霊なので家族とか分かりませんし、そうは思っていませんでした」

「性格悪すぎない?いや、ホントにイヤ。待ってよ小人さん」

「最初はあなたが幸せになる事を望んでたんですけどね。……まぁ、後は一人で頑張ってくださいね」

「……イヤ。お願い!じゃあ私頑張るから!ちゃんと相手見つけるから!だからそれまでは一緒にいてよ!」

「そんなこと言って、いつも呪いを理由に真面目にやらないじゃないですか」

「今度はちゃんとやるから!お願いだって!見捨てないでよ!」

「見捨てるって、その言い方には語弊がありますよ」

「お願い、お願いします。許して下さい。小人さんの為にちゃんと頑張りますから……。お願いだからここに居てください……」

「……ホントですか?」

「ホント!信じてお願い私が悪かったですから!」

「これでちゃんとやらなかったらマジで次の日には消えますからね」


 いつの間にか、立場はすっかり逆転していた。腹黒い小人は特に笑顔を見せず、白雪姫から離れるといつもの無表情のままで森の入口へ向かう。それを見届けるよりも先に彼女はベッドにもぐりこんで。


「もう、バカ」


 胸の前で手を組んで、静かに目を閉じたのだった。


 × × ×


「白雪姫」

「……何よ」

「今の男性はどうですか?」

「顔がタイプじゃない」

「そうですか。本気でちゃんと考えましたか?」

「考えたわよ。ほら、チェックシートも埋まってるでしょ?適当にやってないって」

「なら、本当に結婚したいと思えない男性だったんですね。次、入れますよ」

「分かった」


 そして、白雪姫は二度寝した。小人に衝撃のカミングアウトをされた後から、白雪姫の婚活は急ピッチで進む事となった。国中の男性に、森の中へは簡単に入れるようになったと噂が流れたからだ。


「ねぇ、小人さん。ホントに小人さんは私と結婚してくれないの?私、子供とか要らないけど」

「ダメです。僕はあなたが好きじゃありません」

「ぶぅ~」


 言って、白雪姫は目を閉じた。最近ではアップルパイを焼く事もせずにせっせと婚活を続けている。そうは言っても、こうして二度寝を繰り返しているだけ。まるで釣り人みたいだと考えると、白雪姫は思わずにやけてしまった。


「……あれ、小人さん。今彼女が笑いませんでしたか?」


 息を呑む白雪姫。どうやら、いつの間にかそこに人が居たようだ。万事休す、もう後には戻れない。


「そのようです。もしかすると、あなたの事を待っていたのかもしれません」


 誤魔化せないと悟った小人は、白雪姫の許可を得ずに真実の愛によって目覚める可能性を示した。


「真実の愛……」


 男は呟いて、ゆっくりと白雪姫の顔に近づく。目は閉じている。それを感じた白雪姫は、薄目を開けて顔を見た。


「……あ、めっちゃタイプ」


 という事で、彼らは結ばれる事となった。呟いた言葉をかき消すために、小人は静かファンファーレを鳴らして、二人を見送ってから森の奥へと消えて行ったのだった。これが白雪姫の本当の物語。語り継がれる事の無い、の物語だ。


 その後、小人の姿を見た者はいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】二度寝する白雪姫 夏目くちびる @kuchiviru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ