赤い髪と黒い角

「大丈夫ですか!?」


 声をかけるけれど、やっぱり彼の反応はない。彼の頬に手で触れる。小さくだけど息はしてる。だけど、すごく弱々しい。

 腕を外してあげたくて、鍵穴に鍵を入れる。さっきと同じ鍵が使えるみたいで、カチリと合った。

 一本外すと身体に重さを感じた。彼が私にもたれ掛かる。もう一本の腕を外すと、倒れるかもしれない。しっかりとその事を考えながら彼の身体を支え、私は両腕を自由にしてあげた。


「お、重いぃぃ」


 倒れ込んでくる身体をなんとか支えてあげて、頭をぶつけないようにゆっくりとおろしてあげる。

 テトと同じ赤い髪。その隙間から二つの黒い尖った石が突き出ている。黒曜石のようなそれに触れる。


「これって……角?」


 飾り等ではなく、そこから生えている。

 怪我が、ひどい。力を見せろと言われた時の男達よりもたくさんの怪我があった。

 彼を治してあげたい。私の歌で元気が出たと言ってくれたこの人を治してあげたい。

 私に麻美や結愛のような力がないのはわかっているけれど――。黒曜石の角に触れながら、私は歌う。ぎゅっと、目をつぶりながら。


「……綺麗きれいだな」


 頬に何かが触れる。聞こえてきたのはさっきまで話していた声だ。恐る恐る目を開けると、彼と目があった。角と同じ、黒曜石のように黒い瞳。

 頬に触れたのは、さっきまで繋がれていた彼の手だった。


「あっ……」


 私はお風呂に入れていない事を思い出す。それに涙を流して、きっと赤い目で……。

 恥ずかしくなり、彼から離れようとすると、手をぎゅと掴まれた。


「帰るぞ」


 言うが早いか、彼は立ち上がり私の手を引く。


「えっと……待って……」


 結愛と……麻美がここにいるし、帰り道がわからない。私、どうやって帰ったらいいの?


「ごめん、待てないんだ。これを逃したら……」


 そうだ。捕まっていたんだから、逃げないと。鍵が開いて自由で……。なら、逃げない手はないよね。でも、私は――。

 黙っていると、手をぐいっと引かれた。


「一緒に行こう」


 すぐそこに熱を感じる身体がある。彼の身体からさっきまであった怪我がなくなっていた。どうして――。


黒陽炎ダークミラージュ


 彼が何か言葉を呟く。


「行くぞ」

「え、え?」


 私は、走り出した。名前も知らない、赤い髪の男の人に手を引かれて――。


 キッ


 鳴き声がしてそちらを見ると、あのリスが彼の肩に乗っていた。

 走り出してすぐに、ここに入れられた時に通った男の人達がいる場所を通る。彼らは私達の事に全然気がついていない。

 何事もなく、通りすぎていく。大きな壁の出入り口みたいなところも、人々が行き交う街並みのような場所も――。誰も私達を気に止めない。


「はぁ、はぁ、はぁ――。もう、駄目……です」


 走って走って、走り続けて、途中、私はをあげた。

 街並みを抜け、平野に出たけれど、これ以上は無理だ。

 誰も通らない、夜の道。彼は、後ろを振り返り、少し考えるようにしてから足を止めてくれた。

 置いていかれても、文句なんて言えないのだけど、彼は私を待ってくれる。


「もう少しだけ、頑張れないか?」


 ふるふると私は首を横にふる。お腹の横が痛い。息もあがってる。これ以上は私には無理だと感じる。

 そんな様子を見てとったのか、彼は私を抱き上げた。


「なっ、あの……」

「もう少しだけ、人の目のつかないところまで……。しっかり捕まってろ」


 おずおずと首に手を回ししがみつく。それを確かめた彼は、歩きだす。さっきまで、あんな怪我をしていた人に無理させちゃ駄目だ。そう思い、私は彼に言った。


「置いていって。あなた一人なら走っていけるでしょう?」


 だけど、彼は私の言葉を聞かないフリをした。


「あの、――」

「静かにしていろ。あそこまでだから……」


 彼の目が見ているのは、木立。切り開かれた場所との境目のように立つ木々の場所。


「あの中に入れば、追っ手もなかなか見つけられないだろう」


 彼は息をあげながら、進み続けている。

 私は口を閉じて、彼に従った。あそこについたら、おろしてもらって、自分の足で走ろう。

 それまでに、……大きく息を吸って、はいて、もう一度走れるようにと息を整えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る