歌ってくれないか?

 冷たい床。毛布が一枚。私はその毛布を身体に巻き付けていた。ここは季節があるかわからないけれど、私が着ているこの服だと肌寒く感じる。


「食事だ」


 男の人が、持ってきてくれるご飯を口に運ぶ。

 ここから見える唯一の外との繋がりの小窓から見える明るさで、ここにきて二回目の夜だとわかる。

 一度目の夜、フェレリーフがここにきて、私に言ったのは、もとの場所へ帰ることを諦めること。それと、もし、聖女の力が宿った場合、この国に忠誠を誓い、全て捧げること。二つが約束出来るなら外に出してあげると言われた。

 もちろん、首を横にふった。わけがわからないのに、帰ることを諦めろ? 忠誠を誓え? 出来るわけがない。


「ゆあちゃん……」


 二人はどうなったんだろう。ここに二人はいない。きっと二人は聖女の力というのがあって、あの人達のところにいるんだろう。あの赤い炎のような、男の人。テトのところに――。

 アイドルという立場だった私達は、恋をしてはいけないと自分に言い聞かせていた。だけど、そんな事を忘れてしまうくらいに、彼にかれた。

 一目れって、本当にあるんだ。

 だけど、彼は私を見る事はなかった。もう一度会いたい。けれど、それどころではない。だって、私はこんなところにとらわれている。


「帰りたいよ…………」


 ご飯は出てくるから、死ぬことはないかもしれない。けれど、ただの女の子の私は、ここから逃げるすべなんて持っていない。

 小さな窓から見える夜空に、助けを求めるように私は歌を口ずさむ。

 旋律を聞き付けたのか、窓の外にリスのような小動物が顔を覗かせていた。


「おい」


 声をかけられ、びくりとする。壁の向こう。男の人の声だ。


「お前も帰りたいのか?」

「え、あ……、あなたも?」


 帰りたいって、隣にいる男の人も私みたいに何処どこからか連れてこられた人なのかな?


「あぁ、帰りたい。……帰りたい」

「そっか、私も……」


 男の人のよく響く低い声は、かすれている。それにすごく疲れた声だ。


「帰れる。だから、諦めるな」


 まるで、自分にでも言い聞かせているように言う彼の声は、力がない。


「あの、大丈夫ですか?」

「あぁ、少し疲れているんだ。……だけど、お前の歌を聞いて、少し元気がでた気がする」


 ドクンと心臓がはねる。私の歌で、元気が出た?

 足元にポツンポツンと牢の中なのに二粒の雨が降った。


「もう一度、歌ってくれないか?」


 私はぎゅっと、手を握りしめ、彼に聞こえるように、彼の為だけに歌った。元気になりますように、そう願いながら。『SAY』の歌を――。


『泣かないで、私達がいつだって一緒にいるよ。大丈夫、お日様はいつだって輝いてる。その涙、すぐに乾くよ。一緒に笑おう~』


 歌いたい。私だって、歌いたかった。メインで。だからいっぱい練習した。勝てないのはわかってた。だから、邪魔にならないように、でも足を引っ張らないように、麻美や結愛を引き立てられるようにと、私はサブに徹してきた。

 ポタポタと雨が降り続ける。私は彼に気がつかれないようにと、声が震えないようにして歌い続ける。

 歌い終わると、シンと静な時間が流れた。


「ごめんな」

「え……?」


 急に彼に謝られてしまった。いったい何を謝られたのだろう?


「拍手してやりたいのに、手が使えないんだ」


 そう言われて、私は部屋の奥にある、手錠に目をやる。もしかして、彼の手はこれで繋がれているのかもしれない。


「……ありがとうございます。そう言ってくれるだけですごく嬉しいです」


 ポタポタと流れる雨のせいで、声が震える。

 歌いたい。私は歌が好き。歌うことが好き。たとえ麻美に否定されたって――。それに私は――歌ってとお願いされた。そう、誰かと約束した。


「泣いてるのか?」

「……大丈夫です!」

「……そうか」


 そうだ、私より、つらい人が隣にいるんだ。そう思い、流れ落ちる雫を手で拭う。

 次の涙はじわりと滲むだけで流れ落ちる事はなかった。


「あの……」

「…………」


 隣に声をかけるけれど、返事が返ってこない。どうしたんだろう。寝てしまったのだろうか。


「あの……」


 もう一度話しかけるが、やはり返事がない。さっきまでの声の調子から、心配になる。


「大丈夫ですか?」


 壁の向こうの様子を見る事が出来ない。それが、とてももどかしい。ただ寝ているだけならいい。だけど、違ったら?

 私は鍵のかかる場所に手を掛ける。もちろん開かないし、ここから部屋の奥にある手錠の場所なんてどう頑張っても見えない。

 誰か呼ぶ?

 だけど、呼んだところで、他人から何でもないと言われて、納得できる? この目で確かめないと、納得出来るわけない。


 キッ


 足元を小さな影が走る。見ると、その影はさっきのリスだった。

 リスはするりと間を抜けて行き、鍵のようなものを咥えて持ってきた。これって、まさか――。

 考えている暇なんてない。そう思い、私は鍵穴にその鍵を差し込む。カチッとハマる感触のあと、鍵はクルリと回った。

 開いた!

 急いで、私は隣の牢を覗く。

 青ざめた男の人が、ぐったりとしている。両の手は、部屋の奥にある手錠にがっしりと繋がれていた。

 鍵を! 先程の鍵を差し込むがかちっとハマる感触はなく、開くことが出来ない。


 キッ


 再び、リスが鳴くと、その口には別の鍵が咥えられていた。

 私はリスから、鍵をもらい鍵穴に差し込んだ。今度はカチッとハマった。そんなことがあるだろうか。でも、開いたのだ。私は先程話していたであろう男の人のもとへと駆け寄った。

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