第14話 ヴァンパイア

カナン領南部。

他領との境にある人里離れた山奥深くの森の中には、大きな屋敷が立っている。

その館の主は、人ならざる者だった。


月明かりだけの暗い森を抜け、そこに黒いローブを身に纏った一団が入っていく。


「お久しぶりでございます。ロード」


玉座を最奥に設置された謁見の間。

屋敷へとやって来たローブの男達が、屋敷の主の前で跪いた。


「何用だ?」


玉座に座るのは、黒の燕尾服を身に纏った美しい顔の壮年だった。

男からは、この世ならざる者の気配が醸し出されている。


玉座に座る者の名はガーグ・スイスイマー。

ヴァンパイアと呼ばれる存在だ。


ヴァンパイアは高い知能と能力を有し、魔物の中ではドラゴンに次ぐ力を持っていると言われている。

彼ら種族から見れば、人間などは只の食糧でしかない。


だが――


「我ら闇の牙に歯向かう愚か者がおります。既に高弟2名が葬られており、ここで手を引けば我らの名は地に落ちましょう。それでどうか、ガーグ様のお力をお借りしたいと参りました」


「ふむ……いいだろう」


ガーグは闇の牙の頼みをあっさりと引き受ける。

本来相容れぬ存在であるはずの両者ではあるが、彼らには一つの共通点があった。


――それは同じ邪神を奉じているという事だ。


闇の牙は邪神の復活に奔走しており、それはヴァンパイアであるガーグにとっても有益な事だった。

神が蘇れば自身の力が増し、日の光すらも彼は恐れる必要がなくなるからだ。


「生贄はちゃんと用意してあるのだろうな?」


とは言え、プライドの高いガーグが無償で人間に手を貸す事はない。

それ相応の、ヴァンパイアを動かすだけの対価は求められる。


「勿論です。成人している処女を12名用意しました」


「くくく、いいだろう」


男の言葉に、ガーグは満足そうに目元を緩めた。

だがそれとは対照的に、彼の傍に控える女性が険しく顔をしかめる。


「一つ宜しいでしょうか?」


「なんだ?」


「そのエルフの女――」


ローブの男は、先ほどから気になっていた事を尋ねる。

それはガーグの傍に控える金髪の女性――エルフの事だった。


「見た所、眷属化されていない様に見えるのですが」


ヴァンパイアは、血を吸った相手を眷属に出来る事で有名だ。

力を分け与えるため無尽蔵に増やす事は出来ないが、大抵の場合、自身の直ぐ傍に置く者を眷属化しているのが普通である。


しかしガーグの横にいる女からは、死者特有の負の力が発せられていなかった。


「大丈夫なので?」


エルフは自然と生きる種族だ。

それ故、彼らは世界の法則から外れる不死者を毛嫌いしている。

もはや憎んでいると言ってもいいレベルだ。


そんな者を眷属化もせず、近くに置く事は危険極まりない行為でしかない。


「ああ、問題ない。このエルフは私には逆らえんよ。呪いの契約を結んでいるかならな」


呪いの契約とは、特殊な呪術による契約だ。

一度結べば絶対の主従関係を強要する強力な物であった。


但しそれを強要する事は出来ず、お互いの同意の元でのみ交わす事の出来る契約となっている。


「エルフが……ですか?」


「ふ。なに、こいつの妹を上手く人質にとれたのでな。それで脅して契約したのだ」


「成程。それで」


「面白いぞ?眷属させると心まで完全に服従してつまらんが、呪いの契約は意志がハッキリしたままだからな。丁度いい。ローズ、お前の初仕事だ。人を殺させてやろう」


楽し気なヴァンパイアを、ローズと呼ばれたエルフは怒りの籠った眼差しで睨みつける。

それすらも愉快だと言わんばかりに、ガーグは楽しそうに目を細めた。


「話がそれてしまったな。それで、ターゲットは?」


「カナン家に滞在するペイレス家の関係者でございます」


「貴族の屋敷か。結界対策は出来ているのだろうな?」


貴族の屋敷には、外敵対策の結界が張ってあるのが常だ。

それを何とかしなければ、如何に強力な力を持つヴァンパイアと言えど手出しは出来ない。


「もちろんでございます。我らが盟主殿が生み出した呪具ならば、下位貴族の屋敷に張ってある結界など物の数ではございません」


ローブの男はそう言うと、黒い玉を懐から取り出した。

まるで光を拒絶するかの様な漆黒のそれからは、おぞましい力が溢れ出している事が一目でわかる。


「ほう……奴め、随分と面白い物を用意したな」


それを見てガーグがニヤリと笑う。


「手筈が整い次第贄を送りますので、我々はこれにて失礼させて頂きます」


そう告げると、男達は屋敷から去っていく。

カナン邸襲撃の準備を進めるために。

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